第2話 一級冒険者、チセ・ウェスタ
掲示板の近くまで歩いてきたところで、エリカは夜色の髪を長く腰まで下ろした人影に声をかけた。振り返る動作ひとつをして、滑らかさと芯の入った体重移動が見て取れる。
「あ、エリカさん。何か?」
「はい、実はチセさんに、折り入ってお願いしたいことが」
顔も声もなかなかに美しい。冷えた氷のような透明感とでも言おうか。
が、それを認めると同時、アルルカにはまた認めがたい部分もあった。
エリカの肩を指で叩いてから、アルルカは、黒い少女の隣で掲示板を見上げている、癖の強い金髪を幾重にも編み上げた女性を指さした。
「なあ、その娘も悪くはないんだけど。実はワタシは黒が苦手なんだ。むしろ燃えるような金を好む。ちょうどそこにいるような!」
「……えっ!?」
一瞬遅れて自分が話題の対象にされていることに気づいた彼女は、びくんと肩を震わせてこちらに振り向く。
「うん、顔もキレイ系よりこういうカワイイ系のほうが好みだ。とてもいい。高貴なワタシの侍従ともなればこうでなくては。さあ、ワタシと共に冒険の旅にぐえっ」
「監督者にも条件があるので」
「いちいち、首を! 引っ張るな!」
「あ、あの……えっと……」
「行って大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃない。キミはワタシと共に、ちょっ、だめー! 行かないで!」
溺れ喘ぎながら救いを求めて伸ばされるその手を前に、金髪の少女は少々の逡巡を抱えていたが、結局あいまいな作り笑顔を残してその場を離れていってしまった。
「ああ……ワタシのパーティーメンバーが……」
「……それで? 頼みって、この失礼な子の話なのかしら?」
がっくしと肩を落とすアルルカを視線の端に見下ろしつつ、チトセは感情の薄い平坦な声音でもって、話の続きを促した。
「ええ、まあ。彼女、純血精霊でして。監督役をお願いできないかと。幸いというか、少なくとも、ちょっと雑に扱われた程度では手は出さないくらいには、我慢もできるほうだと思います」
「そうみたいね」
頷き合う二人を見上げ、はたと思い至る。
「ワタシ、さっきからそんなことのために首を絞められてたの!?」
「だって手っ取り早いじゃないですか」
「いろいろ危険だぞその考え!」
宙ぶらりんのままぎゃあぎゃあと騒ぎ喚いていると、突然首の後ろを支えていた力が掻き消え、アルルカはべしゃりとオーク材の床の上につぶれ伏した。
いや、コイツ、確認とかなんとかじゃなく、ただ単純にワタシの扱いが雑なんじゃないか?
「一応、協会からの依頼ってことなら受けるつもりではあるけど。さっきのを見ると、私じゃないほうがいいんじゃない?」
「あと、ほかにお願いするとなると、お手すきなのはガロンゾさんになりますかね」
「誰だ。金髪の美少女っぽくはない名前に聞こえるな」
服についた埃を払いながら立ち上がったアルルカに、容赦のない追撃が浴びせられる。
「筋骨隆々の偉丈夫です。なかなか人気なんですよ、彼。よかったじゃないですか」
「よしわかった。先ほどの非礼を詫びよう、えっと……そういえば名前も聞いてなかったな。ワタシはアルルカ・ドルス。新米冒険者だ。キミは?」
「……チセ。チセ・ウェスタ。一級冒険者よ。お手柔らかにお願いするわ」
二人が軽く握手を交わすと、エリカはその上から手を重ねてぶんぶんと上下に振った。
「はい、ではこれにて無事ペア締結ということで。それでは私は他に業務がありますので、このあたりで失礼しますね。報酬はきっちり相当の額を用意しておきますので、悪しからず!」
「え、あ、ちょっ」
チセが何事か言いかけるが、次の瞬間にはエリカは受付カウンターの中に戻っていた。転移魔法?
「まだ、何の精霊かも聞いてないんだけど」
「ヴァンパイアだよ」
「…………聞き違いかしら?」
「ヴァンパイア。一応ね。血は吸わないことにしているので、安心していいとも」
アルルカが無い胸を張っているのをたっぷり数秒は眺めてから、チセは冥府の底から届いたような深く長い溜め息を吐き出した。
「あの人、とんでもない厄介事を押し付けていってくれたわね……」
「失敬な。光栄に思うところだぞ」
「光栄かはともかく。なし崩しとはいえ、一度受けた仕事は全うするわ」
人間社会に疎いアルルカですら、きっとそのような性情がために「都合がいい」と評されていたのだろうな、と薄っすら思った。
「しばらくの間、一緒に過ごすことになるけど……とりあえず、黒色が苦手なの、早めに治るといいわね」
「金髪に染めるというのは?」
「却下。さ、行くわよ。まずは装備品の調達ね。行きましょ」
「……うん。ワタシの高貴さに耐えうる装飾品があるといいなあ!」
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