第3話 ワタシが小さいわけじゃないが??

 王都のメインストリートは、大陸中から集まったあらゆる文化の粋が惜しげもなく並べられた世界の縮図だ。誰しも初めてここに来る者は目を点にしたまま言葉を失って立ち尽くす。

 それは当然、アルルカも例外ではなかった。


「わあ……王都というのは凄いなあ! ワタシのいた田舎とは大違いだ!」


 店先のショーウインドウに張り付く勢いであちらこちらへ惹かれていくアルルカは、まるきり上京したての未熟な少女そのものだ。この手の来客にはすっかり慣れ切っている王都の住人は、どうせ買わないだろうとでも言いたげな冷めた視線でアルルカの挙動を薄く見つめている。


「目立ちすぎ。はしゃぐにしてももう少し落ち着いてちょうだい」

「むう。キミは少し冷めすぎなのでは? こんなにもキラキラ輝いているものを前に、どうしてそこまで冷静でいられるのか。はなはだ疑問だ」

「そうね。そうかも。人間って、慣れちゃうものなのよ。さ、ここよ」


 チセが一度足を止めて示したそこは、これまで並んでいた店とは少しだけ毛色が違う。どの店舗も正面はガラス張りになっているのがほとんどで、菓子なり武具なりその店何たるかが一目でわかったが、ここはどうもそういう雰囲気ではない。


「……ここは?」

「貸し倉庫。ちゃんとついてきてね。空間魔法が何重にもかけられてるから、はぐれるときは一瞬よ」

「う、うん……うっかりすると腕が飛ぶとか、そういう類い?」


 きゅっと身をしぼめてチセを見上げる。


「馬鹿言わないで。普通の『転送門』と同じ仕組みよ」

「普通と言われてもな」

「知らないの? 門の内側を、遠隔地にある別の門の内側に接続して、行来できるようにしてるやつよ。中央区に転移広場があるでしょ。あそこにあるアレのこと」

「うん?」

「まさか、使ったこと自体ないっていうの? あなたいったいどこから来たのよ」

「パテル神穴だよ」

「……バロ・ウリエに転移門あるわよね? というか、それを使わずにどうやってここまで来たの?」


 バロ・ウリエはパテル神穴にほど近い中規模の街である。そこに転移門が……遠方と遠方を繋ぐ空間魔法の産物があるということは、つまるところ。


「あれ。もしかして、ワタシが三週間歩き通したのは、完全に無意味だった……?」

「呆れた。人間社会に疎い精霊にしても、限度ってものがあるわよ」

「やめて。いまワタシは深く傷ついてるんだ。あんなに大変だったのに、うう……」

「……まあ、いちおう、通行料は多少浮いたんじゃない?」


 安いフォローだった。


「けど、あなた本当にパテル神穴から来たの? つい先日『英雄』バルガトリオに踏破されるまでは、歴代最難関の未踏破ダンジョンだったはずでしょ。とてもじゃないけど、その能天気さで生き残れるとは思えないんだけど」

「大層な二つ名を貰ってるな、あの男……」

「は?」

「いや。神穴にいたときは普通に吸血を使っていたから。たいていの魔物には苦戦しなかったよ」

「だったらなんでいまは使ってないわけ?」

「ちょっとした勝負の一環だよ。それ以上のことは言えないな……ワタシは謎多き美少女吸血鬼だからね!」

「そう」

「……もうちょっと踏み込んで訊くくらいしてもいいんだぞ?」

「そういうことなら、詳しく教えてほしい気持ち自体はあるけど」

「ハーハッハ! 高貴なるワタシの秘密が気になるのは当然至極だ、けれど! やはりまだ教えてやるわけにはいかないったあ!?」


 思い切り弾かれた額はそれなりに痛かった。


「ちょっと! あのエルフもキミも、根本的にワタシを敬う気持ちが足りてない! ヴァンパイアの力を抜きにしても、この可憐にして荘厳たる完全の美を前にして、なにゆえそのように粗暴に扱おうというのか!」

「むしろ、その幼すぎる見た目のせいじゃないかしら?」

「ぬーー!! ワタシが小さいんじゃない、キミらが不必要に肥大なの!」

「はいはい、行くわよ」

「だーかーらー!」


 威勢よくチセの後ろでまくし立てていたアルルカだったが、転送扉を潜り抜けるたび、その活発さはみるみるうちに失われていき、チセが自分の倉庫の前で立ち止まったころにもなると、アルルカは青い顔で目を回しているところだった。


「頭の中がぐるぐるしている……空間認識が実態と合わない……」

「空間魔法酔いね。……吐かないでよ」

「馬鹿を言うな。このワタシが嘔吐するだなんて……うぷ」

「もう。仕方ないわね」


 チセは自分の親指を噛み切って倉庫の扉に押し付ける。瞬く間にその血が扉全体に根を張ったかと思うと、ガチャンと錠が開く音が大きく響いた。

 アルルカを廊下に置いたまま倉庫の中へと入っていったチセは、数分とたたずその手に鮮緑色の液体を封じた試験管を携えて戻ってくると、その中身をアルルカの顔面にぶちまけた。


「んぐっ!? おい、なんだこれは! ほんのりミントとレモンの香りがする!」

「精神異常ポーション。具合はどう?」

「へ? あ、気持ち悪くない。ありがとう」

「どういたしまして。さて、本題ね。何かあなたに合うものがあるといいんだけど」


 身を翻したチセを追って、アルルカも倉庫の中へと歩みを進める。

 そこは、倉庫というよりは、ちょっとした雑貨店という風貌の空間だった。

 石造りの広い室内に所狭しと並ぶ棚の数々には、ポーション類、書物、魔物素材に武器や防具まで、様々な品々がみなお行儀よく整理整頓されている。

 一直線に武器の棚へと向かったチセから視線を外し、アルルカは興味の赴くままそれらの物品を眺めていく。


「おお、これはスケイルドラゴンのうろこじゃないか。キミが倒したの?」

結集戦レイドでだけどね」

「防具にでもすればいいのに。防御力では唯一無双だろう」

「なまじ唯一無双だからこそ、加工しようとすると恐ろしく高くつくのよ。私、中距離型だから、そこまでの防御性能も必要ないし」

「ふうん。そういうものか」


「そういえば、あなたはどういう戦闘スタイルなの?」

「元々は遠くから魔法撃ってるだけで事足りたんだけど。血を抜いたいまはそうはいかないだろうね」

「ふうん? それじゃあ、どうする気?」

「特にこだわりはない。いや、槍は駄目だ。ちょっと怖い。それ以外なら、このワタシに似合う優美な武器であればなんでも構わないさ」

「ふうん」


 とはいったものの、次の瞬間チセが取り出してきた武器を前に、アルルカはちょっと引いていた。打撃部分だけでアルルカの胴体よりもずっと大きい巨大なハンマーだ。いやどっから出てきたこれ?


「じゃあこれ、ハンマー。雷の魔法がかかってるから、火力は十分よ」

「優美じゃなくないか?」

「ハンマーは優美よ。圧倒的な質量、究極的な一撃。最強の武器と言っても過言ではないわ。私も幼いころから弓を専門にしていなかったなら、いまごろはハンマー使いになっていたでしょう」

「そ、そっか」


 その瞳の中に絶対に話の通じない狂気を感じ、アルルカは適当に話を流して、形だけハンマーの手持ち部分を握ってみた。


「……重っ! 全然持ち上がらないぞ!?」

「そう。これならどうかしら」

「また超デカい剣だな。結果見えてるんじゃないか? あと優美じゃなくないか?」

「大剣はロマンよ。斬撃武器でありながらもはやただの鈍器と化した倒錯さが、戦場に立ち起こった狂気の具現のようで、とても美しいと思わない?」

「……うん、そうだね。持ち上げられなくてごめん」


 狂ってるのはキミだよ。

 その言葉を胸の内にしまい込んで、アルルカは自分で武器の棚を確認することにした。壁際に立てかけられている大型の武器の数々に反して、手軽そうな武器は恐ろしく少なく、あってもほとんどが弓矢か短剣だ。チセの専門なのだろう。

 まあ、短剣も優美といえば優美だけれど……と、なおも眺めていると、そこでアルルカの瞳に一筋の光が飛び込んできた。


「お。これがいい! 純白の剣など、ワタシの髪に合ってよく映えるだろう!」

「待ちなさい、それは──」


 迷いなくそれを掴み取り、鞘を払う。純白の拵をも霞ませようかという眩い白銀の輝きに包まれた剣身は、まさしく優美そのものだった。


「うん。これなら重さも問題ない。……まだちょっと重いけど」

「……なんともないの? それ、思いっきり神聖属性の魔剣なんだけど……」

「神聖属性だと何かまずいの?」

「アンデッドって、神聖属性に触れると著しく弱体化するじゃない。ヴァンパイアって違うの? たしか不死者よね?」

「ああ、そういえばそうだ。すっかり忘れていたよ。ワタシは神聖属性で困ったことなどないから。……フフン。つまりワタシは、生まれ持った格からして俗物とは違うというわけだよ!」

「まあ、あなたが問題ないならそれでいいわ。それじゃ、あとは防具ね。一応、試すだけ試してみる?」

「含みのある言い方だな……」


 間。


「まあ、こうなるわね。防具は新しく買いましょう」

「おい、これこそやる前からわかってたろ!」


 板金鎧の中に封印されたヴァンパイアは、くぐもった声で憤慨をあらわにした。

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