第4話 前途多難な縛りプレイ

 チトセに連れられていくつかの装備品店を巡ったアルルカは、すっかり装いを新たにしていた。軍団に埋没する一兵卒かのような略式礼装を脱ぎ捨て、いまは赤地に金の刺繍が施されたシャツに、身軽さと通気性に優れた薄手のジャケットを羽織り、カーキ色のホットパンツに存在感のある背高のブーツを履いている。

 一見するとただのおしゃれ着だが、そこは冒険者御用達の店の為せる技、縫製の際に魔法を「織り込む」ことで、下手な鎧よりもずっと高い防御性能を発揮するように作られている。らしい。アルルカにとっては聞いた話で、まだ実感はない。

 しかし現時点でも満足感は十分だった。服それ自体を気に入っているというのもそうだが、それ以上に、商売上手な店員たちによって乗せられおだてられ、アルルカは非常にご機嫌なのだった。


「フフ……ファッションリーダーとして生きていくのも悪くないな……」

「冒険者はどうするのよ」

「べ、別に兼ねたっていいだろ、そこは。忘れてるわけじゃないさ。それで? 次はここかい? いったいどんなお店なんだろう。見たところ……ちょっと、物々しい感じだけど。さては貴金属店だね?」


 立ち止まった二人の視線の先では、無骨な鈍黒の金属の門の両側に騎士がひとりずつ立っており、アルルカの言の通り並々ならぬ雰囲気を漂わせている。

 とはいえ、それはこれまで巡ってきた店に比べればという話であり、アルルカのように人間の機微に疎い存在でもなければ、騎士たちの弛緩した姿勢から、本質的な警備の重要性は低いこともうかがい知れるだろう。


「ダンジョンよ」

「えっ?」


 チセはすたすたと長い脚をって騎士に近づき、軽く会釈、次いで身分を簡単に告げると、騎士たちも略礼を返して門を開けた。

 アルルカも急いでその後につけると、騎士たちは柔和な笑顔をたたえながら、アルルカに必要以上に厳かな敬礼をする。

 それにどう対応したものかわからず戸惑っていたアルルカは、結局、騎士たちの鏡写しのように敬礼をして、門の中に消えていこうとするチセを追った。

 門の中は、ずっと深くまで土壁の洞窟が続いていた。しかし、粗雑ではあるがしっかりと石畳が敷かれてもいる。壁や天井にも木の柱と魔法で補修が入っているし、明かりもまた魔法で用意されている。自然物を利用した人工物という風情だった。

 さしたる感情もなくダンジョンの深くへと足を進めていくチセに対し、アルルカはどこか不安げだった。


「待ってよ。ここって、王様が住んでるんだろ。その足元に魔物の巣があるの?」

「ダンジョンの危険度もピンキリでしょ。数も質もあんまり強くなかったから、残すメリットのほうが大きかったらしいわよ。いまでは冒険者なら誰でも入れるわ」

「ふうん。そんなものか。そして、いまからワタシたちはそのダンジョンに眠る秘蔵のお宝を……」


 キラキラと瞳を輝かせるアルルカに対し、チセはあくまで平坦な声音で返した。


「そんなものとっくに掘りつくされてるわよ。それにしたって、大したものは出てこなかったでしょうし」

「えー……それじゃあなんのために?」

「あなたが戦闘の練習をするため。……いちおう、どうしてもトレジャーハント要素が欲しいなら、ゴブリンシャーマンから、運がよければ【儀式魔法強化】のスキルフラグメントがドロップするけど」

「スキルフラグメント……人間が後天的にスキルを獲得する手段のひとつだね?」

「そうね。あなたの【吸血】の下位互換だけど」


 スキルフラグメントは入手性が著しく低いうえに、たいていの場合、その内容は、汎用スキルと呼ばれる比較的希少度の低いスキルになる。

 血を飲むだけ飲めばどんなスキルでも継承できる【吸血】とは比べるべくもない。


 アルルカは、まあね、と薄く笑う。その口元に、鋭い犬歯がちらりと覗く。


「でも、ワタシは吸血はしない。そんなものがなくとも、ワタシの貴さ強かさは揺るぎようがないのだからね!」

「……そう。それじゃあ、まずはお手並み拝見といこうかしら」

「うん?」

「前を見なさい」

「ゲブゲブバァ!」

「きゃああああ!!」


 促されるまま前を見て、突如目の前に現れた緑色の悪魔。アルルカは奇声を上げながら、驚くべき俊敏さで後ろへ後ろへと距離を取る。


「もっと早く言って! 心の準備ってものがあるだろ!」

「本当、それでどうやって生き残ってたの?」

「昔は【反響探査エコーマッピング】とか【先の先】とか持ってたんだよぉ!」


 半泣きになりながら、アルルカは腰に携えていた剣を抜く。アルルカの魔力に反応して魔剣に内包された神秘が励起され、きらきらと星空のような瞬きが剣を覆った。


「……私は手を出さないから、あなたができる限りのことをやってみて」

「ふん、やってやるさ! ワタシの優美さに見とれるなよ!」


 アルルカがゆらりと剣を身体の横へと流し、左足を軽く前に出す。

 瞬間、アルルカから立ち込める魔力が変質するのをチセは感じ取った。


 魔力とは元来意識に宿るもの。戦闘を前に緊張や高揚から魔力が変質すること自体は、そう珍しいことでもない。そして、それがここまでの属性を帯びるのは、精霊であるが故の特質だ。そこもいい。

 しかし、何が故か、その神聖属性の魔力は、ゆっくりと空気を辿ってチセの身体の中へと息づき、胸の深くに粗熱を灯している。鼓舞系統パーティーバフのスキルを持っているのか。


 そこまでは考えたが、同時にそこまでにした。アルルカが仕掛けたからだ。

 地を蹴り壁を蹴り、さながら蝙蝠こうもりが舞うような不確かな軌道で、空を切り裂いて飛んでいく。携える聖剣はその足跡に滑らかな白光を曳いてゆき、その疾走感のまま、アルルカはすれ違いざまにゴブリンの腹を一閃した。

 接触からわずかに遅れて、つうと開いた傷口から眩い光が溢れ出し、直後、ゴブリンの前進は紫黒の煙となって散逸。コトン、と小さな魔石だけがその場に転がった。


 アルルカは大仰に剣をくるくると回しながら鞘へと収め、チセの方を振り返る。 


「フフン、どうだ!」

「すごいわね」

「称賛の言葉が足りないなぁ!」

「本当にすごいと思ってる。けど、とりあえず前を見なさい」

「へ?」

「ガブゲブァ!」


 振り返った先で、鷲鼻が目立つ醜顔が、唾を飛ばしてアルルカを罵っていた。


「ひぃいいっ! なんで!? 危なっ、ねぇなんか炎の玉も飛んできたんだけど!」

「あの奥にいるのがゴブリンシャーマンよ。とりあえずそいつらも倒してみて」

「無理! もう魔力がない!」

「は?」

「昔の感覚のまま強化魔法を乗せていたら、ものの数秒ですっかり底をついてしまった! キミはずっと立ったまんまで退屈じゃないかな!? ワタシ、キミの素敵なところをもうひとつくらい知りたい気分なんだけど!」

「はぁ。仕方ないわね……」


 頭を抱えるのもそこそこに、チセは足元に落ちていた石ころをふたつ拾い上げ、まずアルルカに迫るゴブリンへ、次にその更に向こうにいるゴブリンシャーマンへと、それぞれ投擲とうてきした。

 風を切って進む小石はいつしか青白い輝きを帯び、ゴブリンたちの大きな鼻の先に命中。直後、二体の魔物の全身が凍り付き、やがて魔石を残して消え失せる。


「……オホン。助けなんていらなかったけどね? 結果的に助けてくれたことに関しては、素直にお礼をいっておこう。ありがとう。ほんとに」

「その調子でいられるならもう少し様子を見てもよかったかしらね」

「う……あの卑怯者どもが悪いんだ! このワタシでも多勢には無勢なんだぞ!」

「群れない魔物のほうが珍しいでしょう」

「むう」


 あるいは、パテル神穴のような超高位のダンジョンでは、量より質な傾向があったのかもしれないが。


「でも、まあ、本当によくやってたと思うわ。今日冒険者になったことを考えたら、十分以上よ」

「釈然としない……ワタシはもっと高貴で偉大な存在でだな……」

「ほら、魔石を拾って。今日はこのあたりで帰りましょう。さっきの一戦を見ていた感じ、最低限のラインは守れそうだから、明日からは協会で依頼を受けるわ」

「……本当にそう思う?」


 魔石を拾おうと屈みこんだところから、アルルカはチセを見上げて訊ねる。


「思ってなかったらやらせないわよ。命に係わるんだから」

「ふ、ふーん。キミもどうやら、それなりの審美眼を持っているようだね、チセ?」

「あと、あなたの場合アンデッドだから、自業自得で済む範囲の被害なら特に問題ないでしょ」

「おい! おい!! 物理的に死なないってだけで、痛いものは痛いんだからな! それに……あ、いや、そう、痛いんだから!」

「二回言わなくてもわかるから。行きましょう」

「本当にわかってる?」


 頬を膨れさせながら、アルルカは残りふたつの魔石を拾い上げ、チセの隣へと駆け戻った。

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