吸血鬼令嬢は縛りプレイで世界を攻略することにした

郡冷蔵

第一章 パーティー結成編

第一夜 王都に行け。

第1話 ワタシは新米冒険者

「オホン。いいかな。冒険者になりたいのだけど」

「……ええと。あなたがですか?」


 冒険者の強さを測るに際して、見た目ほどあてにならないものはない。

 筋骨隆々の戦士が当たり前に強いこともあれば、ただの町娘にしか見えない魔法使いがその上を行くこともある。

 長年冒険者協会のカウンター担当として働いてきたエルフ、エリカ・フィエリカは、そのことを誰よりもよくわかっているはずだった。

 ただ、それにしても。それにしてもだ。

 コホンとひとつ咳払い、エリカは目線を下げて問う。


「あの、失礼ですが、保護者の方とかは?」

「本当に失礼だな! いるわけないだろそんなもの! というかキミだってエルフだろ。その見た目で二百年三百年生きて」

「失礼はお互い様ということで。私はまだ百五十歳です」

「たいして変わんない……」

「あ?」

「ヒッ。と、とにかく! ワタシは冒険者になりたいんだ。ついては手続きをよろしく頼むよ」


 エリカは耳に出かけていた感情をぐっと抑えて、カウンター越しに対面している冒険者志望の少女を改めて観察した。

 身長は、成人女性として平均的な体格のエリカよりも頭ひとつぶん低いくらい。純人間として考えればどう頑張っても十代中盤といったところだ。ドワーフの血が濃いということもあるだろうが、やっぱり印象としては頼りないものがある。

 身にまとう騎士然とした落ち着いた雰囲気の略式礼装も、大人びたというよりは、背伸びしたという言葉を付け足したくなるほどには、似合っていない。

 それに、種族というのなら、色素の薄い髪、すらりと切り抜いたような顎のラインと細い手足、少し尖った耳と、ドワーフ的な特徴は薄く、どちらかといえば自分のようなエルフか、あるいはそれ以外の精霊種に近しいはずだ。

 だとすると、やはり単純に低身長なのだろう。

 年齢なのか個人差なのかはともかくとして。


「……まあ、いいでしょう。こちらに血判を捺してください。名前と種族、それに保有スキルを名簿に登録しますから」

「ふーん。便利なものだね」


 エリカが慣れた手つきで机上に取り出した一枚の紙を、少女はいかにも珍しそうにためつすがめつ眺めている。実のところ、そんなに珍しいものでもないのだが。

 とはいえそれも数秒の話。やがて彼女は己の親指の先を噛み切って、四角く枠取られた中に血判をついた。契約書の効力によって、じんわりと滲み出るように紙面に文字が記載されていく。


「初めてなんですか?」

「うん。なにしろ田舎者なので。これでいいの?」


 血裁書くらい、どんな田舎でも見たことくらいあるだろうけど……。

 かすかな怪訝を抱きながら、エリカは変化が落ち着いた文章を目で追ってみて、その種族を確かめたところで戦慄した。

 アルルカ・ドルス。種族、吸血精霊ヴァンパイア/100%。


「ハイ・ヴァンパイア……!?」


 その種族スキル【吸血】は、摂取した血を魔力へと変換し、さらには血の持ち主が有するスキルを一部継承するという、あまりにも強い力を有している。

 血を吸えば吸うだけ無際限に強化されていく、理論上この世界で最強の存在。

 それこそが、ヴァンパイアという精霊だ。

 その稀少さがためにあまり問題視されていないが、ヴァンパイアが五人もいれば、国のひとつやふたつ簡単に制圧できるとすら言われている。

 しかも、その純血だなんて……。

 信じられない思いで目の前の少女を見るエリカに、アルルカは居心地が悪そうに頬をかいた。


「んー、まあ、そうなんだけど。ヴァンパイアとしての力を使うつもりはないよ。ホラ、見ればわかるじゃないか」

「え、あ……?」


 アルルカのスキル欄はとてもシンプルなもので、【吸血】【不死者】【聖輝】のみっつだけ。あらゆるスキルを取り込むことができるはずのヴァンパイアだが、これではただの、冒険者でもなんでもない人間とそう変わらない数だ。

 さすがに何かの不具合ではないか。眉をひそめて文字をじっと睨みつけるエリカに対し、アルルカは胸元に手を当て、歌い上げるように告げる。


「そう。この通り、余分な血は抜いてきたのさ」

「抜いたって、またどうして?」

「なに、ちょっと人間の規格で最強を目指そうかと思ってね? ワタシにはそれくらいでちょうどいいハンデになるだろう」

「……はぁ。それは、なんとも……」

「それで、手続きはこれでいいの?」

「……ふう」


 一呼吸置いて、自らの困惑を最大限抑え込んでから、エリカは改めて定型句を口にする。


「はい。手続き自体はこれで終わりです。ようこそ、冒険者協会へ」

「うん、ありがとう。じゃあ、とりあえず今日はこれで」

「ですが」

「ぐえっ!? 首を掴むな!」


 アルルカは身を翻したところで突然後ろ襟を掴まれ、首を押さえながら振り返った。エリカは何食わぬ顔で言葉を続ける。


「精霊に対する安全措置として、当面の間は監督官と行動を共にしてもらいます」

「……まあ、妥当ではある。首輪ということだね。で、誰とかな。キミか? だから首根っこ掴んでみせてるっていうのか?」

「いえ、私は事務専門ですから。荒事はちょっと」

「さっさと離せってことだよ! 説得力ないぞ!」

「そうですね……ああ、ちょうどそこに都合の……腕のいい冒険者がいますね」

「都合……」


 エリカの視線の先を追ってみると、ロビーの真正面あたり、巨大な掲示板らしきものが設けられているところに幾人かの人影がある。その中の誰が話題に上っているのかはアルルカにはわからないが、できることなら美人がいい。その点でいくと、右端の金髪の娘は後ろ姿でも明らかに美人──。


「行ってみましょう」

「げほっ、まず、手を! 離せ!」


 そこでようやく首回りの締まりから解放された。思わず涙目になりながら、エリカを睨み上げつつ、その歩みを追う。なんなんだいったい。


 まあ、しかし。

 これで自分も冒険者と思うと、少々感慨深いものがある。

 パテル神穴からこの王都まで、本当に遠かったからな……。

 ともあれ、これでワタシも新米冒険者。そしていずれ最強の冒険者に至り、あの英雄を超える者。

 やってやろうじゃないか。

 ワタシの冒険は、これから始まるのだ!

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