番外編 魔法少女アルルカ☆ドルス

 第二章のプロット作成が間に合わなかったので、今日の更新は番外編です。

 本編とは一切関わりがありません。


◇ ◇ ◇


 ○○市。文明の発展から取り残されつつある、穏やかな地方都市。

 そこにいま、境界から来たりし怪物、エリカ星人の魔の手が迫っていた。

 飛翔するドラゴンとしか呼べない生物に跨り、街を破壊し始めるエリカ星人!

 火炎と轟音と瓦礫が降る中を、二人の少女が必死に走っている。

 片や日本人離れした白髪赤目の小柄な少女。片や対照的な黒髪長身の少女。

 アルルカ・ドルスと上坂知世チセ・ウエサカ。ここからほど近い中学校に通う、セーラー服が特別似合うこと以外はごくごくフツーの、一般女子中学生だ。


「エリリリリ! エリエーリィ!」

「お、おいチセ! なんだあのバケモノはぁ!」

「私が知るわけないでしょ! とにかく、逃げるのよ!」

「逃げるったって……きゃっ……!?」


 コンクリートの破片に躓いて派手にすっ転んだアルルカ。すぐさま擦りむいた膝を抑えつつ立ち上がろうとするが、ふとアルルカは自分の周囲にやたら大きな影が差しているのに気が付いた。


「アルルカっ!?」


 チセの切迫した声。アルルカの頭上には、巨大なコンクリートの塊が落下しつつある。伸ばしたチセの手は当たり前に届かずに、無残にもコンクリ塊はアルルカを押しつぶし、もうもうと白煙を立てた。

 しかし直後、チセは驚くべきものを目にする。

 アルルカは無事だ。傷一つなかった。そればかりではない。

 アルルカの頭上に浮かんでいる、シスターを模したぬいぐるみ。それはふよふよと空中を動き回りはじめ、ついにはしゃべり出した。


「ご無事ですか? お二方」

「喋った! チセ、ぬいぐるみが喋ってる!」

「ぬいぐるみではありません。命の恩人に向かって失礼な。わたくしはセイセキ星からやってきたスタープリステス、マリー。この星を、あのエリカ星人の手から救いに参りました」

「……もう何が何だかわからないけど、救ってくれるならぜひ救ってほしいわ」

「いえ、残念ながら、わたくしにできるのは手助けだけ。このマジカル☆ステッキは、我々セイセキ星の技術の結晶。清らかなる心の力を、魔法に変換するアイテムです」


 ポップな破裂音とパステルピンクの煙がマリーの手元に起こり、その後には何やら少女趣味な杖が現れた。ハートと翼をモチーフにちりばめた、いかにもな意匠だ。


「ただ、我々にはこれを扱うことができず……」

「なんで自分の星の技術を使えないのよ」

「セイセキ星人はもれなく金属アレルギーなので」

「なんで金属で作ったのよ!?」


 ツッコミに忙しいチセに代わって、起き上がったアルルカがマジカル☆ステッキに手を伸ばす。


「フフフ。ハーハッハ! つまり! このマジカル☆ステッキを清らかなるワタシが用い、世界のヒーローとなる! そういうわけだな!」

「名声欲が透けてるけど、これは清らかでいいの?」

「ええ、まあ、たぶん?」

「たぶんって」

「オホン。ああ、清らかなる心を持つ少女よ。わたくしと契約して、魔法少女になってください!」

「心得た!」


 ステッキを握り、しゅばっ、とカッコイイポーズ(主観)を決めるアルルカ。

 もうノリノリだった。チセは頭痛を揉み解すようにこめかみを押さえる。


「それでは、参ります。マジカルスター、ドレスアップ!」

「へ?」


 マリーが声を張り上げた瞬間、マジカル☆ステッキから飛び出てきた光のリボンが、アルルカの身体を幾重にも包み、縛り上げる。そしてそれが光の粒となって弾け飛んでいくたび、マジカル☆ステッキがもたらしたコスチュームが姿を現していく。

 下襟にコウモリのシルエットが施された、フォーマルかつキュートな白いスーツ。

 中に着込んだ桃色のシャツの首元には、中心に黄色の宝石がはめ込まれた、巨大な深紅のリボン。首元から袖の先までしっかりと覆われた上体とは対照的に、下半身では、レオタード風の謎のボトムスとリアスカート、ごてごてと飾りのついたロングブーツを装いとし、大胆に大腿部を曝け出している。

 仕上げに髪をアップスタイルに束ね、軽くお化粧。ほのかにラメ入りのチークが、その少女感を際立たせる一方、突き出た八重歯が妖艶に全体を引き締める。


「流した涙は勝利のきざはし……吸血令嬢、スター☆アルルカ!」


 決めゼリフと共に、アルルカは再びカッコイイポーズ(強制)を取ったところで、マジカル☆ステッキがぎらつく光を発し、変身の完了を祝福する。


「トゥウィンクル・スター、オンステージ、でございます! よくお似合いです!」

「ちょ、これ……足の露出多すぎないか?」

「あなた普段からスカート詰めまくってるじゃない」

「レオタードとスカートは違うだろぉ!?」

「恥ずかしがっている場合ではありません! エリカ星人の暴挙を止めるのです!」

「うぅ、わかったよ……でも、具体的にどうすればいいんだ」

「マジカル☆ステッキはあなたの願いを魔法で叶えてくれます。飛びたいと願えばそのように、ガトリング砲をぶっ放したいと思えばそのように!」

「物騒な魔法少女ね……」

「こうか!」


 アルルカがマジカル☆ステッキを振ると、チセの着ていたセーラー服が、なぜかバニースーツになっていた。つけ袖とうさみみまで完備している。


「……は?」

「クハハハハ! ワタシが戻ってくるまで、チセもその格好でいるんだな!」


 ひとしきりケラケラ笑ったのちに、アルルカは色付きガラスに似た翼を背中に生やして、空高くへと舞い上がっていく。わずかに赤い光の粒が、バニーチセとマリーの前に残された。


「ねえ、本当にあの子にステッキ持たせてよかったの?」

「た、たぶん……少なくとも、ステッキの扱いには才能がありそうですから」


 二人が見上げた空の奥で、アルルカはさっそくエリカ星人が駆るドラゴンに向けて魔法砲を連射していた。しかしどうしたことか、アルルカが放つ魔法の弾丸は、ドラゴンのうろこに弾かれ、一向にダメージになる気配がない。


「くそ……どういうことだ、本当に第一話の相手か?」

「エリリリリ! そんな豆鉄砲効かないでエリ!」

「何をぅ! キミ、ずるいぞ! ドラゴンなんか使わず、自分の力で勝負しろ!」

「エリはこれが専門なのでエリ! 行け、エリエリ光線!」


 エリカ星人はびしりとアルルカを指差すが、ドラゴンは疑問符を浮かべている。


「あの……あれエリ。ドラゴンブレス」


 閃いたドラゴンが即座にそのあぎとをがばりと開き、煌めく熱線を放射。


「うわっ!?」


 アルルカは咄嗟に魔法障壁を展開するが、わずかに耐えきれず、被弾。

 翼を失い、黒煙を上げながらビルの屋上に墜落する。


「いったぁ……、あんなすっとぼけた攻撃でこんなに強いの、ズルだろう……」


 ところどころ焼き焦げたコスチュームを軽く払い、膝に手を当てながら立ち上がる。まだ気力は十分。とはいえ、先はいまいち塞がっている。

 こちらの攻撃は通じず、向こうの攻撃は防御しきれない。

 いったいどうしたものか……。


「お困りかい、リトルレディ」


 思い悩むアルルカの前に、ひとりの巨大な人影が現れる。

 アルルカと同じような少女趣味なコスチュームに身を包んだ……オイリーに艶めくオールバックにサングラスの、巨漢男性。


「世界のすべては、パンケーーーキ!! 伝道天使、スター☆パンケーキ、見参」


「ウワァァアアァ!!」


 アルルカは跳ね起きた。ばくばくと鳴る心臓を抑えつつ、周囲を二度三度と確かめる。そこは紛れもなくチセの部屋であり、アルルカの身体はベッドの上。カーテンの隙間からは黎明の薄明りが覗いている。


「……夢か……」

「どうしたのよ、こんな朝から……」


 目を擦りながら、ソファに寝ていたチセが身体を起こす。


「……聞きたい?」

「……。遠慮しようかしら。なぜか寒気がしたから」


 賢明な判断だ。そう言わざるを得ない。


「顔、洗ってきたら?」

「そうする……」


 アルルカは階下に降り、水場で顔を洗う。

 揺れる水面には、まだ夢の中の自分の姿が残っている気がした。

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