第二章
第三夜 世界を知れ。
第19話 朝の知らせ
パーティー結成から一夜明けて。
特に用事もなく早起きしてしまったアルルカは、窓枠の上に頬杖をつき、朝もやのかかる街をぼうっと眺めていた。目の前に広がる世界は、あの騒がしい王都とは思えないほど、とても静かだ。住宅地という部分もあるだろうが。
整然と並べられた石材の舗装も、どこか物寂しそうにしている。
先日九時頃にここを出たときは既に相当の人出があったのだが、王都の人々はいったいいつ頃起きてくるのが自然なのだろう?
くぁ、と喉元から生まれた欠伸を隠さずに表に出す。
とりあえず、日の出とともに起きるのでは早すぎることは明らかだった。
チセたちもまだ寝てるしな……。
僅かに浮かんだ涙を指先で擦って、暇を潰すためだけの観察を再開する。
「……ん? あれはエリカ星人……じゃなくて、エルフ嬢か」
人通りは皆無、動性といえば小鳥くらいのものなので、近づいてくるその人影はよく目についた。アルルカは憮然とした態度で、軒先にやってきたエルフに声をかける。既に冒険者協会職員の制服に身を包んでいるのが空恐ろしい。
「何の用だ、エルフ嬢」
「何の用だ、じゃなくて。昨日逃げたでしょう」
「え? ……あー……」
半ば本気で忘れていたが、アルルカは昨日エリカを適当にあしらったままだった。
「パンケーキはどうだった?」
「美味しかったですけど! ……まあ、もういいです。今日、冒険者協会に来てください。特例措置の手順を済ませますので」
「なんだ、その特例措置というのは」
「……あの、この距離感でお話続けます?」
アルルカは窓の前に構えたまま特に歩み寄っていないので、エリカは当たり前に玄関の前に立たされており、きっちり家屋一階分の高さが二人の間にはある。
「ハハ! 高貴なるワタシはキミとは違うのだ! ……それに、近づいたらまた絞め技かけられそうじゃないか」
「いや、だからあれは必要に駆られてですね」
必要に駆られたら人を絞めるのもどうかと思うが。
「……はあ、わかったわかった。降りるよ。よっと」
アルルカは窓枠を飛び越え、外壁の張り出している部分を一度足掛かりにしつつ、地面に降り立った。そしてそれらしい拳法の構えを取る。
エリカはそれには特に触れず、そのまま話を再開した。
「アルルカさんは監察中の身分ですから、本来は冒険者としての階級はまだ変動しません。ですが、先日の腐竜は、それで済ませるには大きすぎる成果です。なので! こういう場合のマニュアルに従って、あなたには正規冒険者認定を繰り上げで行う機会が与えられます」
「それはいいな。……何が変わるのかいまいちわからないけど」
「そうですねえ。チセさんなしでの単独行動が認められるのが主ですが、おまけとして、一週間以内に試験に合格すれば、腐竜討伐の功績がそのまま反映されますから、そうですね……四級冒険者あたりから始められると思います」
結局四級冒険者でなにができるようになるのかは不明なままだったが、それ以上に聞き捨てならない文言が、アルルカの耳に残っていた。
「待て。試験? 試験があるの?」
「ええ。要するに、人間社会に今すぐ放り出して本当に大丈夫なのか、という部分を、座学で問うことになります」
「……座学!?」
「簡単な問題ばかりですよ。ふふふ」
「その顔で信じろというのは無理があるぞ」
それはもう、目の前で仇敵が溺れ死ぬのを見ているかのような、あくどい笑みだった。まず最初にキミが人格テストを受けたほうがいいと思う。
「それでは、後ほどお越しくださいね。あ、九時ぐらいに来てくれるとベストです! 忙しい時間に受付サボれるので!」
「……ということを伝えられた」
小一時間後、起きてきた二人とテーブルを囲んだアルルカは、切り分けられたパンをかじりながら伝達を済ませた。
「出世……なんでしょうか?」
「まあ、出世は出世よね。でも、確かその試験、本当に難しいらしいわ。精霊にとってはだけど」
「内容、知ってるの?」
「いいえ。ミラからそう聞いただけ」
「そうか……」
「まあ、駄目だったところで、腐竜の討伐成績が消滅するだけでしょう。一月待てば自動的に監査は終わるんだから」
「いいや、これもまたワタシの人生に与えられた試練。完璧に踏破してみせる。それこそが、高貴なるワタシのふるまいというものだ!」
「さすが、アルルカさん。気合十分ですね。わたくしも応援しております」
「……合格してくれるなら、してくれるに越したことはないわ。頑張りなさい」
「うむ!」
焼いたベーコンを載せて最後のパン一切れをぺろりと飲み込み、アルルカは強く頷いた。
「そういえば、マリー。あなた冒険者登録は済ませているの?」
「いえ。冒険に出る機会などなかったもので」
「それじゃ、アルルカが向こうに行っている間に済ませたら、ちょうどいいわね」
「そうですね。アルルカさん、お互い頑張りましょう!」
「フフ、マリーは血判をつくだけだぞ?」
「えっ、そうなのですか? これはお恥ずかしいところを……」
「……どうかしらね。もしかしたら大変かも。あなた、【神眼の加護】があるでしょう。便利そうだし、職員側に勧誘されるかもしれないわよ?」
「な、駄目だぞ! マリーはワタシのパーティーメンバーなのだから」
「あはは。心得ております。丁重にお断りいたしますので」
「気をつけろ。協会の職員には絞め技を繰り出してくるやつもいるからな」
「えっ? あ、冗談……ですよね?」
アルルカとチセは無言を通した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます