第20話 正規冒険者認定試験・序

 それから適当に時間を潰して、三人は冒険者協会に向かった。エリカが指定した時間は九時だったが、アルルカとてその時間の混み具合は身に染みるほどわかっていたので、実際に赴いたのは八時半だ。

 それでも協会の中はかなり混み出しているところで、受付にも少し並んだ。

 ようやくエリカの目前までたどり着くと、何を言うよりも先にエリカがぱっと身を翻し、奥のほうの机で何やら書き物をしていた眼鏡の女性を引っ張ってくる。


「来ましたね、アルルカさん。それじゃリアン後輩、ここはよろしく!」

「えぇっ……私、情報部なんですけど……」

「まあまあちょっとの間だから!」


 あらゆる意味で横暴な手順で後輩を受付カウンターの中に押し込んで、エリカはうーんと肩を大きく伸ばしながら外に出てくる。


「さ。休憩……じゃなくて、アルルカさんの試験、やっちゃいましょうか」

「キミ、それで後輩に嫌われてないのか?」

「嫌われてるくらいでちょうどいいんですよ」

「は?」

「ほら、こっちに来てください。試験会場は別室です」


 アルルカの歩幅など考えることもなく、エリカはスタスタと先に進んでいく。広間の端のほうにひっそりと生えていた通路をしばらく歩き、やがてアルルカは、だだっ広い空間の中に机と椅子が一列ずつ並べられた部屋に案内された。


「はい、じゃーさっそく試験を始めまーす」

「説明も何もないのか!?」

「だってありのまま答えてもらうだけですし。はいそこ座って!」


 エリカはアルルカを椅子に座らせ、自分はその一列前にある机に腰掛けると、机上に置いてあった本を取り上げ、パラパラとめくっていく。


「それじゃ、まず第一問。なんか人間どもが精霊だ精霊だと珍しがってくる。ムカつくから街を滅ぼしていい。マルかバツか」

「…………ふざけてるのか? それとも馬鹿にしてるのか?」

「答えは?」

「……バツ」

「天才!」

「殴っていいか?」

「バツ!」

「うるさいわ!」


 そこで、エリカはようやく「ああ、ここだ」などと呟きながら本をめくる手を止め、紙面に目を通し始める。さっきの問題はどこから? 問うまでもないが。


「えー、では続きまして第二問。ヒトの種族スキル【信仰】の具体例を五つ挙げなさい。いや、宗教五つ答えてくれればいいってことにしましょうか」

「聖石教。あと、パンケーキ教」

「お、いいですね、あと三つ」


 いいんだ……。


「……チキンの火竜焼き教?」

「なんですかそれ、そんなのあるわけないでしょ」

「あっ、ハイ」


 アルルカはすぐに意見を引っ込め、思索に耽る。

 だが、いくら思い悩んだところで、一度も耳にしたことがないものを知っているはずがない。いや、そうも言えないのが精霊の生得知識だが、人間の宗教などというものは精霊の知る『自然』の範疇になかった。


「……出ませんか? 出てきませんか? ざんねーん不正解!」

「正解は?」


 神経を絶妙な具合に逆撫でしていく調子のいい声を制するべく、アルルカは短く口にする。


「【聖石信仰】【パンケーキ信仰】のほかに、【自然信仰】【拝火信仰】【水霊信仰】【麒麟信仰】などなど」

「ほー……」


 普通に勉強になったかもしれない。

 実のところ、アルルカは人間の血を吸ったことはこれまでになかったので、そのようなスキルに触れる機会もなかったのだった。考えると不思議ではある。

 かつてのアルルカにしても、遠い地上の光に向けては千切れんばかりに手を伸ばしたが、知識によれば美味らしいヒトの血を吸いたいという欲はそれほどなかった。

 論理的に考えるなら、強くなることが吸血行為の第一義だったアルルカにとって、人間より魔物の血を吸ったほうが効率的だった、というあたりだろうか。

 なんにせよ、アルルカはこれからもヒトの血を吸うことはないし、したがって、【信仰】スキルを獲得することもないだろう。


「じゃ、次ですね。食事をしたら代金は二ソル十六ルナでした。王国金貨三枚で支払ったとき、いくらお釣りが来ますか?」

「八十四ルナ。正銀貨三枚と、分銀貨九枚」

「意外にも完璧ですね」

「意外にもは余計だ」


 とはいえ、作問の意図は明白だ。これを知らなければ、人間社会ではやっていけないだろう。とくれば、次は──。


「では次。次のうち王国司法で裁罰の対象となるものは?」

「さい……?」

「王国で生きていく上で、やっちゃいけないことは? えー、一、殺人。二、貨幣の鋳造及び金銀の錬成。三、王国騎士の指示に従わない、どれだ!」

「え。っと。全部だめじゃないの?」

「それが答えでいいですか?」

「……一番?」

「残念、全部ダメ! 一番二番は確実に死刑、三番も場合によっては死刑です!」

「納得いかない……!」


 ……その後も問題はかなりの数続いたが、やがて一時間と少し経ったあたりで問題も尽き、エリカが厳然とした声で結果を言い渡す。


「えー、正解必須問題の完答のほか、七割以上の正解で合格ですが……正答率五割、必須問題ひとつ不正解。残念、失格!」

「問題に悪意を感じる部分も多かったけどね!」

「一日一回まで受験できるので、めげずに明日以降も頑張ってくださいね。そして私の休憩時間を捻出してください!」

「まさか、そのために変な問題入れてるんじゃないだろうな?」

「まっさかー。さあて、そろそろ戻りましょうかね。リアンさんもそろそろ限界でしょうし」

「初めから無茶させてやるなよ……」


 廊下を反対に辿って広間に戻ると、そこは先日以上の混雑に見舞われている冒険者協会の惨状があった。原因は言わずもがな、やたらと受付業務の回転が遅いことだ。

 より正確には、受付は三人設置されているのだが、そのうちのひとつの仕事が明らかにたどたどしく、混雑の元となっている。


「うっうっ……どうして私がこんな目にぃ……」


 というか、もう普通に泣いていた。かわいそうに。

 ……まあ、平素これを毎日捌いているエリカもエリカだが。

 もしかして、冒険者協会って、人、足りてないの?

 アルルカが訝しい目で受付カウンターを眺めていると、人がいない隅のほうで待機していたと思しきチセとマリーが声をかけてくる。


「お疲れ様。試験はどうだったの?」

「ん、ああ。そうさな、明日以降が本番というところだ! マリーのほうは?」

「あはは……それが……」

「大騒ぎだったわよ。私も驚いたわ。マリーが加護を三つも持っているだなんて」

「あー……」


 まるで主人公みたいなイベントをこなしている。


「とはいえ、【神眼の加護】は戦闘向きではありませんし、残る二つも身体能力強化ですから。みなさまのご期待ほど大それたことはできないのですが……」

「そんなことはないわ。【巨人の加護】による筋力強化、【拍車の加護】による循環系強化……この二つを併せ持つあなたには、ぴったりの武器がある」

「それは、なんでしょう?」


 チセの柄にもない弾んだ声。

 既に大方を察したアルルカは、思い切りため息をついた。


 

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