第21話 力は力

「えいっ!」


 マリーはふわふわとした溜めの声とともに、明らかに自分の身の丈以上の巨大なハンマーを持ち上げた。

 これからマリーが冒険者として活動していくにあたって、まずは得物を定めよう、という流れから、一行はチセの倉庫を訪れていたのだが。

 そこでチセがあいさつ代わりに渡した巨大な武具の数々を、マリーは軽々と持ち上げていき、ついにはこんな光景に至ってしまった。

 冷めているアルルカの隣で、チセは目を輝かせて拍手を贈っている。


「素晴らしいわ。感服の一言よ。あなたはハンマーに愛されているのね」

「あ、愛……でしょうか? でも、この木槌なら、わたくしでもお手入れできそうですね」


 マリーは司教でこそなくなったが、聖石教の信徒であることには変わりない。したがって、彼女は金属に手を触れないという戒律を遵守するべき身にある。

 が、問題はそこではない。


「待て待て。マリーは明らかに後衛じゃないか。治癒やら鑑定やら防護やら」

「そうでもないわよ。防護魔法は術者を中心に発動するほうが威力が高いから、前線で戦う聖職者もそこまで珍しくはないわ」


 ……そういえば、マリーの防護も術者基点だった。


「しかし、その言い方からしても、後衛のほうが基本なのだろう? そもそもの話、ワタシは前衛、チセは中衛。とくれば次は、後衛を追加するのが筋ではないのか」


 アルルカが身振り手振りを交えながら問いかけると、チセはしばし硬直してから、伏し目がちに呟いた。


「でも……だって。ハンマーのほうが素敵じゃない」

「おい! 冒険者稼業に関してはキミが何枚も上手じゃないのか!?」

「あ、そうだ。そうよ、あなたすぐバテるじゃない。前衛がもうひとりいたほうが安心だわ。そもそも、私、厳密に分類すれば確かに中衛だけれど、後衛と捉えることだってできるじゃない?」

「ぐぬぬ……」


 明らかにいま思いついた言い訳だったが、絶妙に真実なので言い返せない。

 アルルカは視線をマリーのほうへ、巨大な木槌を担いだままのマリーのほうへ戻す。圧迫感が……いや、感というか、物理的に空間を圧迫している。


「そ、そうだ。破壊力があるのは結構だが、そうも巨大では、普段の取り回しは望むべくも──」


 アルルカが言いかけたところで、チセが木槌を持つマリーの手に手を重ね、魔力を通す。すると突然、木槌が手のひら大に収まるサイズにまで縮小した。柄の先についていた飾り紐は変動しておらず、ネックレスのようになっている。


「わっ。これ、縮むんですか!? 空間魔法を内蔵している魔剣とは、なんて珍しいのでしょう」

「なぜだ!?」


 アルルカは嘆き、地に崩れ落ちた。


「マリーにはゆるふわ~な優しい金色お姉さんでいてほしいのに!」

「あなたの主張も大概じゃない?」

「あはは。大丈夫ですよ、アルルカさん。わたくしの魂まで変わってしまうわけではありませんから。ゆるふわ~かどうかは判断しかねますが……優しいお姉さんであることは、わたくしも意識しているところですから」

「うう……マリー……」

「はい、アルルカさん。よしよし」


 マリーに抱き留められているアルルカに平坦な視線を送りつつ、チセは棚から魔力ポーションを三つ、少しだけ考えてから、もう二つ取り出して、腰のポシェットへと収納する。


「……さて。マリーさんも素晴らしい武器を手に入れたことだし。次は、アルルカの用事ね」

「うん? ワタシの?」

「試験勉強」

「え”っ」


 死にかけのゴブリンのような声を発して挙動不審になるアルルカに、チセは思い切りため息をつく。


「高貴なるあなたが乗り越えるべき試練、なのでしょう」

「それはそうだけど、勉強なんてやったことないし……」

「ご安心ください。わたくしもお手伝いいたしますので!」

「いえ。適任……かどうかはわからないけど、ものすごく物知りな人に心当たりがあるの。多分、今回の試験についてもご存じのはず」

「物知りか。堅苦しそうだなぁ」

「多分、思っている十倍くらいは堅苦しいわね。いや、堅苦しいというか……古めかしい? でも、とても優しい人でもあるから」


 堅苦しくて、どちらかといえば古めかしくて、優しい。


「うん?」

「ちょっと、想像がつきませんね?」


 アルルカは頭の中でそのような顔を思い描いてみたが、うまくいかなかった。マリーも同様らしい。


「会えばわかるわ。行きましょう。王立図書館で司書をされているから」


 言って、チセは二人を倉庫から出るよう促し、血の魔法錠をかけた。

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