第24話 緊急依頼
二日後──朝。
「フフフ……もはやワタシに死角はない! 満点合格待ったなしだな!」
一日前倒しに三冊の本を読破したアルルカは、乗りに乗っていた。
喜び勇んで冒険者協会に向かっていたが、しかし協会のある通りまで出てきたところで、チセが怪訝な声を上げる。
「待って。何か……変じゃない? 空気が張り詰めてるわ」
「何か、あったんでしょうか?」
「ん? んー……」
目を凝らしてみると、確かに冒険者たちがごたごたとしている、ような。
残りわずかな行路を急ぐと、アルルカが協会の入り口に差しかかったところで、冒険者が束になって入り口から飛び出してくる。勢いに跳ね飛ばされたアルルカは、目を回しながらマリーに抱き留められた。
「大丈夫ですか?」
「うう……なんなんだ、いったい」
「中で聞いてみましょう。……なんだか、いつにもまして忙しそうだけど」
受付内部と掲示板とをせわしなく行き来している職員の中に見知ったエルフの顔を見つけ、チセは「何かあったの?」と端的に問う。
エリカは眉間を揉みほぐしながらこちらに近づいてきて、まずひとつ大きくあくびをする。やや手入れの行き届いていない肌は、いつもよりも少しかさついて見えた。
「チセさんたちですか。実は、今朝早くからウエストエデン周辺に魔物が異常発生していまして……皆さんも手伝ってくださいよ。転送門はいま避難・救援のために無償で開放されてますので」
「ウエストエデン?」
「王国西部における中心的都市ですね」
マリーがそっとアルルカの疑問に答えてくれる。
「異常発生って、規模は?」
「現地の守衛や冒険者の手で、既に二百体ほどが討伐されてますが、まだ終わりが見えてないみたいです。上でも中級クラスの魔物なので抑え込めてますが、これ以上強力な魔物が出てきたら、
「……相当ね。アルルカ、試験はまた今度にしましょう」
「私もサボってる暇ないので、そうしてください。すみません」
「そういうことなら、仕方ないな」
明確にサボりだと認めたのには、ちょっと引っかかる部分があるが。
「最新の情報は現地の協会支部で確認できます。よろしくお願いします」
軽く会釈を済ませたエリカは、覇気のない様子で仕事に戻っていく。
なんだか可哀そうになってきたな、あいつも。
「しかし、なんで急に異常発生なんて起こってるんだ?」
「考えられるのは、未発見のダンジョンから溢れ出てきたとか……いえ、とりあえず、動きながらにしましょう。二人とも、戦闘準備は?」
「はい。いつでも大丈夫です!」
「ああ。ワタシはこの魔剣くらいだし」
アルルカは腰に差している剣の柄を撫でて、ふと思い出す。
「……そういえば、チセ。この魔剣の銘って、聞いてないよな? キミの弓みたいに『魔剣解放』を行うためには必要だろう?」
「申し訳ないけど、それ、名前がわからないのよ。鑑定魔法も通らなくて」
「えぇ?」
「マリー、一応鑑定してみてくれる?」
アルルカは剣を吊っているベルトを緩め、鑑定魔法を発動させたマリーの前に剣を差し出す。少しの間マリーは剣を眺めていたが、やがてふるふると首を振った。
「駄目ですね。魔法的隠蔽だとすると、相当に高位の概念魔法か……もしくは、何らかの理由で、すでに名前を失っているのではないかと」
「鑑定屋に見せたときも、そう言ってたわ」
「むう。抜け殻なのか。せめて、高貴なるワタシが新しく名前を付けてやろう」
「好きにして。準備がいいなら、行くわよ。ウエストエデンなんて大きな街、万一潰れたら悲惨だわ」
「はい!」
一行は急ぎ足で転送門広場に向かった。その中で、アルルカはぶつぶつと名前の案を呟いている。
「ブライト……シャイン……スター……、スター☆アルルカソード……!?」
「何それ?」
「何でもない。案外難しいものだね」
アルルカは軽く首を振って、未だに尾を引いている悪夢をかき消した。
「物に名前を付ける機会なんて、そうそうないですからね。思ったままでいいのではないでしょうか? そうですね。例えば純白の聖剣など、いかがでしょうか」
「思ったままっていうか、見たままじゃないか。もっと華々しいのがいい」
「そうですか……。華々しく……」
「うーん」
「……こだわるのはいいけど。もうすぐ転送門よ。集中して」
「あっ、すみません、つい。……避難されてきた方々もいらっしゃいますね」
通りの奥のほうに見えてきた転送門広場の傍らには、子供連れの女性を主とした、避難民と思しき人々が集団を形成している。そこまで深刻な悲壮感こそないが、先行きの見えない不安に悩まされているらしき人もいくらかいるようだ。
救援に向かう人流に沿って、三人は転送門の通行を待つ列に並ぶ。
「少しかかりそうね。出てくる人が優先でしょうし」
「ふうん。ならチセ、チセはどう思う? この剣に名前を付けるとしたら」
「だから、集中しなさいって。向こうに出たらすぐ戦闘になるかもしれないのよ」
「な、なんだよ。それくらいわかってるが、いまはまだじゃないか」
チセはしばらく押し黙ってから、さらりと告げる。
「……。じゃあ、氷雪の思い出」
「へえ。独特だが、悪くないね」
「メインストリートで売ってる焼き菓子の名前よ」
「盗用してくるな!」
「そこは
「うまくないが!?」
「何よ、美味しいわよ」
「聞いてないし!」
「あの、お二人とも、前……」
順番が来ていた。チセはひとつ咳払いをして、転送門の中に進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます