第12話 No Pancakes No Life

 処理するなり、魔石関連業者に引き渡すなりする区分に魔道具を選別していく作業は、おおよそ順調に進められていた。とはいえ。


「何というか……進んでるって実感、わかないよな」

「あはは。そうですねえ」


 ひとつ魔道具を選別する間にふたつ以上の新たな荷物が運び出されてくるので、未処理の山は減るどころか増える一方だった。


「もしかして空間異常でも起きてるんじゃないか……? いやさ、場合によってはワタシたちが時間に謀られているのでは」

「さて、どうでしょうか。ひとまず、そろそろお昼にしましょう」

「そうね。いい時間だわ」


 どすん、とまた運んできた荷物を置いて、チセが軽く身体を伸ばす。


「下にはあとどれくらい残ってるんだ?」

「半分は越えたってところね」

「まだ半分なの!?」

「すみません。わたくしも、まさかこれほど多いとは知らず。大変な仕事になってしまいましたね」

「いいわよ。今日中には終わらせるから」

「終わるか。ワタシの魔力が切れたら鑑定役はマリーひとりだぞ」

「それもそうね。じゃあ、はい」


 チセは腰のポーチから鮮やかな青色の液体の入った小瓶を取り出し、アルルカへと手渡した。


「なんだこれは」

「魔力ポーション。向精神成分配合。二十四時間戦えますか?」

「…………悪魔的だね」

「今日中に終わらせる必要はありませんから! ちゃんと睡眠で回復してください!」


 マリーは荒らげた声を一拍置いて整える。


「まずは腹ごしらえをいたしましょう。懇意のお店が近くにありますので」

「ほう。何の店だ。鳥か?」

「残念ながら、鳥ではないのですが……」



 教会からやや歩いて、マリーは閉業中の札がかけられた扉をノックした。

 建物は周囲の例に漏れずこじんまりとした佇まいで、いまいち存在感がない。

 が、次の瞬間玄関扉から出てきた、サングラスにオイルで撫でつけたオールバック、ついでにピンクのチェックがかわいらしいエプロンという出で立ちの巨漢を前に、アルルカはびくんと肩を震わせる。


「イェア、リトルレディ。パンケーーーキ!! 食べてるかい?」

「食べてない、です……」


 声もその身体と同じくすさまじく大きい。

 萎縮しきったアルルカが敬語にまでなっていると、男はずいとそのひげ面をアルルカの鼻先にまで近づけてきた。


「バァァァッド!」

「ひぃっ!?」

「ノーパンケーキ、ノー。ラァァァイフ」


 地獄の底から余命の取り立てにきた悪魔のような、底冷えする低音。

 アルルカはチセの傍まで後ずさり、ぎゅっとその袖をつまむ。

 苦笑いしつつ、マリーが間に入って会話を取り持つ。


「パンケーキおじさん。あまり怖がらせてあげないでください」

「パンケーキおじさんとは?」

「イッツミー。イェア。パンケーキおじさん」

「なん……え? パンケーキおじさんとは!?」


 結局アルルカの問いに答える者はなく、チセすらも驚愕の顔でパンケーキおじさん(?)を見つめている。


「……凄まじいわね。深淵語をここまで流暢に話せるなんて……!」

「えぇ……?」


 深淵語って何?


「パンケーキおじさん。こちらはアルルカさんと、チセさん。教会の片付けのお手伝いに王都から来てくださった、冒険者さんです」


 マリーが順番に手で示すと、パンケーキおじさんはどこからか金属製のへらを両手に取り出して回転させはじめる。


「オゥ、遠路はるばるナイストゥミートゥー。プリステスマリーのために、ありがとう。ウェイトァミニット! ウェルカムパンケーーーキ!! カミング、スゥン」


 つかつかと店の中に戻っていったパンケーキおじさんは、そのまま鉄板の前に立つと、魔道具で火を起こした。次いで鮮やかな手つきで鉄板にオイルを塗布、またどこからともなくパンケーキ生地が並々と入ったボウルを取り出し、十分に熱された鉄板へと流し入れていく。

 流れのまま、三人はそれをカウンターに座って見つめていた。


「なんて手際の良さ……! 王都のパンケーキ職人にも、ここまでの巧者はなかなかいないわ……!」

「チセ、ちょっとおかしくなってない?」


 アルルカが隣のチセに気を取られた一瞬の間に、きつね色に焼きあがったパンケーキが三枚、アルルカの前に用意されていた皿の上に踊る。さらにおじさんは、サングラス越しにもありありと見て取れる恍惚とした表情でメープルシロップとバターを頭上高くから注ぎ、咆哮した。


「ヒィア! イズ、パンケーーーーーキ!!」


 シロップとバターの照りはパンケーキの絶妙な焼き色を黄金色にまで召し上げ、天上の神々しさまで放ち始める。


「わぁ……! すごい、燦然と輝いている! 太陽のように!」

「ホットなうちに食べなさい。出来立てのバニラの香り高さ、ベストパンケーキにはエッセンシャル、イェア」


 皿の隣に備えられていたナイフとフォークを手に取り、欲望の赴くままパンケーキを切り分け、食する。

 生命力が濃縮されたメープルシロップの荘厳さ、後にすっと消えていく、木漏れ日のようなバニラの香りと甘み。それらはふわふわと夢見心地でアルルカの舌の上を駆け、喉奥へと溶けていった。


「これは……なんという美味……! これが、パンケーキ……!」


 既にチセの分を作り終え、マリーの皿にパンケーキをよそっていたおじさんが、フッと小さく微笑んでアルルカに視線を送る。


「リトルレディ。これでユーも、パンケーーーキ!!」

「うむ! パンケーーキ!」

「グゥゥゥッド! シャウトユアソウル、トゥゲザー」


 アルルカもにっと口角を上げ、おじさんと二人、天高く手を突き上げる。


「「ノーパンケーキ、ノゥラァァイフ!!」」

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