第10話 神座へのいざない
「……じゃあ、呪いかどうかわからない以上、手早く終わらせましょう。少し荒っぽい手段を使うわ。アルルカ、マリーさんと下がっていて。あと二人とも耳塞いで」
「わかったけど、何を──」
「オルカの
短く唱えた瞬間、チセの左手中指を飾っていた指輪が眩い光を放ち、その手に青白い弓を握らせた。空の弓弦を引き絞り、解き放つ、刹那、チセは魔法を起動する。
「
バチンと弦が弾かれた音が、何倍、何十倍の爆音となって、地下室内を幾重にも反響した。すぐに、眠りから叩き起こされた魔物たちがのっそりと姿を現し、チセに向かって殺到する。
「思ったより少なかったわね」
弓を引く。いま、そこには魔法で形作られた光の矢が
チセの手から放たれた瞬間、光矢は分裂し複数の光跡を描きながら、すべての魔物の正中を貫通。一撃にして葬り去る。
見るものが見れば腰を抜かすだろう絶技を放ちながら、チセの思考は、魔石へと還っていく魔物たちではなく、別のところにあった。
「……何か、いま、反響が妙だったような……」
「わかるか! 耳を塞いだ程度でどうにかなる音量じゃなかったぞ! うう、まだキーンとする……」
「さ、流石ですね……確かに、幾分荒っぽい手段でしたが……」
「でもこれで、ただちに危険なものは片付いたはずよ」
チセが軽く手を払うと、弓は光の粒となって消えていった。
アルルカが倒したものも含め、魔物へと転化していた魔道具は十個ほど。しかし、地下室の中にはまだ無数の魔道具が残されているようだ。
「では一度、中のものを全部外に出してしまいましょうか。野外であれば、閉所に置いておくほど危険ではないはずです」
「そうね」
「そうなのか。この鬱屈した地下室から出られるなら何でもいいけど」
「私が運ぶから、二人は上で整理をお願い。念のため、あなたたちはここにはいないほうがいいわ」
「頼まれた。無理に残る理由もないからね!」
「チセさんは大丈夫なのですか?」
「大丈夫じゃなくなったら、私も上がって休むわ。これでも冒険者を長くやっているもの。そのあたりは弁えているつもりよ」
「そうですか。では、お言葉に甘えさせてもらいますね。行きましょうか、アルルカさ……」
「もう行ったわ」
「そのようですね」
苦笑もそこそこに、マリーは手近にあった木箱を抱えて、階段を上った。
暗い地下を抜けて聖堂に戻ると、眩い光がマリーの目を射抜く。日はほとんど天上に登っているようで、天窓から降りしきる陽光が、聖堂の中をまんべんなく照らしている。
「……アルルカさん?」
その姿を求めて周囲を見渡して、マリーは思わず息を呑んだ。
祭壇の向こう、至聖所に、小柄な少女はあった。無辺の陽光を受けて輝く銀色の髪を風に揺らして、大窓越しの青空をそっと見上げている。
まるで、と思わずにはいられないほどの
愚かな考えだ。けれど気持ちに嘘はつけない。はじめに教えを啓いたヒトというのは、きっと、このような光景を目にしていたのだろう。
「……どうしたの?」
息をするのも忘れて立ち尽くしていると、気づけばその紅色の瞳がこちらを見つめている。マリーは抱きかけた畏敬を忘れるよう努めて、ただ、よき隣人のもとへと歩み寄った。
「アルルカさん。そちらは神座です」
「うん、そうなのだろう。ここだけ神聖の気が桁違いだ。というよりは、この聖堂に満ちている神聖の出所が、ここなのかもしれないね。どうあれ、気分がとてもいい」
「もう……おいそれと入ってはいけない、ということです」
祭壇の前で立ち止まり、アルルカの姿を改めて見やる。
「……アルルカさん、吸血精霊、なのですよね。神聖の気を浴びて大丈夫なのですか」
「あれ、話したっけ?」
「すみません。はしたないことですが、実は昨日、エリカさんとお話しされていたのを耳にしてしまいまして」
「なるほど。確かに、結構な声量で驚いてたものな、あのエルフ」
アルルカはやおらに両手を天に向けて、浴びるように光を受ける。
「むしろ心地いいよ。生まれたときからそうだった。……ずっと、こうして太陽の光を浴びたいと思っていた」
「……というと?」
「あ、いや、ほら……生まれは地の底だからね。ワタシからもひとつ聞いてもいいか? 聞きそびれていたやつだ」
寂しげな郷愁の情をかき消して、アルルカはひとつ咳払いする。
「何なりと」
「人は死ぬ生き物で、信仰も衰弱からは逃れられず、神すら姿を保てない。人が生み出すものは、ことごとく必滅の定めにある」
「……そうですね」
「それに対して、ワタシたち精霊は、自然だとか、巨大な概念だとかの具象だ。人よりずっと強いし、ずっと長く生きる。……普通に考えたら、人より精霊のほうが強いよね?」
「それは──」
「でも負けた。どうして、この世界を束ねたのは、自然ではなく人間なのだろう」
マリーは、たっぷりと時間をかけてその問いかけを咀嚼し、ひとつひとつ積み上げるように、丁寧に答えた。
「わたくしには、答えづらい質問ですね。魔石のような『源流の力』と不変性を求めた、わたくしには。それでも、あえて答えるのなら──そうして、求めるから、ではないでしょうか。持たざるがゆえに進み続けざるを得ないのです。人というのは」
「……むう。求めるくらい、ワタシだってしていたのだけどなぁ……」
「すみません。ご満足いただけませんでしたか。まだ途上の身ゆえ、ご容赦ください。なにぶん、わたくしには及びもつかない話ですから」
「いや。答えは満足だし、たぶんそれで合っていると思うよ。ワタシの知る限り最強の人間も、ほとんど同じことを言っていたからね」
たん、とアルルカは至聖所からステップを降り、マリーの隣に並び立つ。
「それは……チセさんですか?」
「いや。もっと意地悪なやつだ。さて、休憩終わり! 働くとするか」
祭壇を離れ、地下室への扉のほうへ向かうと、すでにそこにはいくつかの荷物が積み上げられている。チセだろう。仕事が早い。というか、声をかけるくらいしろ。
床に胡坐を組んで座り、荷物のうちから手近にあった小箱を手に取って、ふとアルルカは思いつきを口にした。
「なあマリー。やっぱりワタシ、キミが欲しい」
「はいっ!?」
「求めるのが強さ、なんだろう。教会を閉じて、この先行く当てがないなら、ワタシと一緒に行かないか?」
「……どこへです?」
「最強の冒険者への道! いやさ、最強の冒険者パーティーへの道さ!」
「あはは。それは、素敵ですね。ええ……本当に。けれど、わたくしにも目標がありますから」
マリーはアルルカの近くにスカートを膝の裏に折ってしゃがみ込むと、微笑みと毅然とした目つきの両方を併せて、答えた。
「わたくしは、生まれ育ったこの街を、昔日の姿にまで蘇らせたい。そのために、この命を使います」
「……そうか。そんなに立派な目標じゃあ、投げ出させるわけにもいかないな」
「でも、いつかまた、お会いしたいです。転送門が閉じないように、頑張りますから」
「うん」
頷いて、アルルカは手元の小箱を開ける。
途端、小箱の内縁に鋭い牙が生え、アルルカに噛みついてきた。
「うわわわえあ!? なんだよこれ痛、痛い痛い痛い!」
「み、ミミックですか!?」
ぎゃあぎゃあと騒いでいると、新たな荷物を置きに来たチセが、通りすがりにミミックを氷漬けにしていった……。
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