第8話 廃れた街

「おお、これが転送門か……なんというか、奇妙だ!」


 石畳と低木で構成された広場に、何列にも渡ってずらりと並ぶ転送門。そのうちのひとつ、パルメ行きの門の前に、アルルカたちは立っていた。

 ぬらりとした鈍い輝きをたたえる黒曜の門枠の中には、のどか、というよりは少し閑散とし過ぎている、いかにも廃れた街の風景がはめ込まれている。

 アルルカがそれを眺めていると、門の傍らに立っていた衛兵が声をかけてきた。


「通るのか? 通行料はひとり4ソルだ」

「転送門というのは、中々高いんだね。昨日の夕食が六回食べられるじゃないか」

「門には管理費が発生するから、通行者が少ない僻地行きの門ほど高くなるのよ」

「そうだな。それで、通るのか、通らんのか」

「あっ、通行料は、わたくしがお支払いしますので!」


 するとマリーは止める間もなく、衛兵の手に金貨を握らせてしまった。衛兵は掌の上で広がった複数の金貨をじっと眺めてから、それらを腰の巾着袋の中へと滑らせる。


「12ソル、確かに受け取った。通っていいぞ」

「……行きましょうか」

「む……」


 転送門をくぐり抜けると、空気の色が変わるのを肌で感じた。

 王都の空気は特に言うべきこともない湿度温度だったが、ここの──パルメの街の空気は、王都に比べてかなり乾いている。

 それでいて、どこかどんよりと重苦しいような……。

 まあ、気のせいか。あのチセが何も言わないし。

 アルルカは頭を振って先に歩き出していた二人を追い、とりあえず目先の疑問を解消しにかかった。


「なあ、本当に払わせてよかったの? あまり余裕があるようには見えなかったが……」

「もともと、こちらから依頼を出している身です。通行料くらいはお支払いしなければなりません。……ただ、ご憂慮もその通りで。謝礼としてお支払いできるものは、ほとんどないのです」

「そうみたいね。さすがに内容のわりに薄給すぎて、誰も寄り付いてなかったわよ」


 チセは辛辣な口調と共にくすりと笑う。


「お恥ずかしい限りです。チセさんたちが受けてくれなかったら、ずっとあのまま待つことになったかもしれません」

「ふうん。チセはなかなか世話焼きだよね。ワタシも……まあ、本来であれば、この高貴なワタシを使うとなれば当然高くつくだろう。が、無理やり絞り取るのは、高貴とはほど遠い行いだからな。それに、ほかならぬマリーのためだ!」

「新米冒険者なんて二束三文よ」

「違わい! この総身から溢れ出る気品気迫を感じないというのか!」

「まあ……特別かわいらしくは、ありますよね?」

「さあ。そうかもしれないわね」

「そうだが! かもしれないじゃなく、ワタシは可憐だが! 他にもあるだろ!」


 アルルカの声は空しく静寂の中に響き渡り、返す者はいなかった。

 他にもある……はずだ。


「しかし、あまりに人気がないな。店もほとんどやっていないし。教会が駄目というより、街そのものが限界なんじゃないか?」


 なにせ先ほどからそれなりに騒いでいるというのに、少しの視線も感じない。

 道を歩く人がほとんどいないどころか、立ち並ぶ家々すらただそこに佇んでいるだけで、生活の匂いがどこまでも希薄だった。


「……そうですね。悲しいことですが。この地にいると体調を崩しやすいという話が、昔からありまして。その悪評を拭いきれず……転送門もそのうち廃止されるでしょう」


 と、そこでチセがわずかに顔を曇らせてマリーのほうを見た。


「ねえ……それ、あなた自身は感じたことある?」

「いえ、心身共に健康な毎日でした。強いて言えば、最近は疲れがたまっていると感じますが。これは単純に、教会閉鎖の手続きが立て込んでいるからだと思います」

「そう、ならいいんだけど」


 言葉ではそう答えつつ、チセはまだ浮かない表情をしている。


「ただのうわさじゃないの?」

「本当にそういう現象が起こっている可能性もなくはないでしょ。土地に呪いがかけられてるとか……強力なゴーストが発生しているとか」

「怖いことを言うな! マリー、なにかこう、呪霊を払う術などはないのか? なるたけ神聖な感じの!」

「す、すみません。簡単なものしか。聖石教はそういった類には疎くて……」

「教会に入れば多少の防護にはなるわよ。まず間違いなく神聖属性の領域になっているでしょうから」

「よし、行こうすぐ行こう! マリー!」

「はい。もうすぐそこですよ」


 アルルカはマリーの手を取って、先を急がせる。

 小走りで進んでいくと、やがて無味乾燥な街の中で、わずかに色づいた雰囲気を保っている教会が見えてきた。王都の建物と比べれば矮小だが、周りと比べれば遥かに立派な建物だ。豪奢でこそないが、神秘の威容を讃えるための荘厳さは確かに担保されている。建てられたという二百年前には、さぞ信仰を集めていたのだろう。


 木で作られた柵の切れ目から敷地の中に入ると、教会の裏手の空き地の土が掘り返されたままになっているのが目についた。墓地だった場所か。かつて存在していたのだろう墓石やら何やらは影も形もなく、いまは本当にただの空き地でしかない。


「なんというか……寂しいな。ヒトの終わりの場所にすら終わりが来るのか」

「そうですね。万事は移ろいゆく……なんて、教会を潰してしまったわたくしが言うのでは、言い訳に過ぎますね」

「なあ、マリー。キミは……いや。ごめん。なんでもない」

「遠慮なさらないでください。わたくしはいつでもお聞きしますから、アルルカさんの準備ができましたら、いつでもお話しくださいね」

「うん。ありがとう」

「さて」


 マリーが懐から小さな魔石を取り出し、玄関扉に押し当てる。わずかにそれが光を発したかと思うと、ぎぃ、と軋みを上げながら、両開きの扉が自ずから左右へと開いていく。


「ようこそ。聖石教会へ」


 マリーは深く礼をして、二人の客を迎え入れた。

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