第二夜 冒険者になれ。

第7話 おお、美しきその御髪は太陽の如く!

 朝の冒険者協会は、昨日アルルカが経験したのとは比にならないほどの混雑に見舞われていた。ただでさえ鎧だの剣だので常人よりもかさばる冒険者たちがごった返しているものだから、通行するのすら一苦労という有様だ。


「な、なんだこれは。さてはよほど割のいい依頼でも出されたか?」

「この時間は毎日こんなものよ。もう少し早起きしてくれたらよかったんだけど」


 言葉の通りの慣れた様子で、チセは人混みの中のわずかな隙間を縫ってするすると抜けていく。が、当然アルルカではそうはいかない。

 最初のうちこそ、アルルカはチセがかき分けた空白についていけてはいた。しかし、うっかり誰かが担いでいた盾に頭を打ち付けてしまい、思わずふらついた瞬間、進むべき道を見失ってしまった。


「……はぐれたわね。アルルカ! 外で待ってて。適当な依頼を受けてくるから。絶対、勝手にどこかに行ったりしないで」

「子供か!」


 人垣の向こうから飛んできたチセの声に叫び返しはしたが、くるりと振り返った先にもアルルカの進むべき道はなかった。すっかり人の波の中に閉じ込められている。


「外で待てと言われても、これじゃあな……。仕方ない、一旦あちらで機を窺おう」


 混雑はほとんどが総合受付か掲示板かに向かうものであり、魔石換金所のあたりはわりかし空いていた。それでもかなり苦心する羽目にはなったが、アルルカはなんとか人混みから抜け出し、魔石換金所の前の木製ベンチに重い腰を下ろす。


「はぁ……どっと疲れた。まだ始まってもいないはずなんだけど」


 先が思いやられる。少なくとも、明日からはもう少し早く起きよう。

 ふるふると頭を振って陰気を追い払い、まず目先の人混みをどうするかを考える。

 チセがそのまま外に出て行ってしまうと非常に面倒だ。欲をいえばここにワタシがいることに気づいてほしいものだが、さすがにこの様子では高望みだろう。

 かといって……出入口までの道行きは塞がれたままだしな。


「うーん」

「あの。何か、お困りですか?」

「ああ、ちょっとね……、ん!?」

「おはようございます。昨日も、お会いしましたね」


 アルルカの隣に座っていたのは、昨日掲示板の前で見かけた、美しい金の髪の少女だった。

 ゆったりとした白いワンピース型の衣服に身を包み、その上から柔らかな半透明の肩掛けを羽織っている。それがまた全体の印象を清純潔白に寄せていて、好ましい。


「ああ、そうだね! ワタシはアルルカ・ドルス。いずれ最強に至る冒険者だ。キミの名前を聞いても?」

「マリー・アーシャ・オルチェスカです。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「フフフ、マリー。一度ならず二度までも出会うとは、これはまさしく運命だ。おお、美しきはその御髪おぐし、流れる金糸の輝きは、青々とした木々に濾過ろかされ、大地の穢れをそそぐ陽光の如く!」


 アルルカは思い付く限りの言葉で自らの心中を表現してみせた。だが、マリーからすれば美辞麗句でしかなかったのだろう。軽く流されてしまう。


「え、えっと。何かお困りなんですよね? わたくしでよければ、お手伝いいたしますけれど」

「ああ、そうだった。どうやら、キミの美しさに我を忘れていたようだ……」

「あの、話を……」


 困惑が深まっていくばかりだったので、ひとつ咳払いをして空気を正した。

 本心なのにな。


「うん。つまりね。この人混みに参っていたところなんだ。全然外に出られそうになくて」

「なるほど。そういうことでしたら、わたくしでもお力になれそうですね」

「本当か? 助かるけど、アレをどうにかするのは、結構な──」


 言いかけたアルルカの腰にマリーの手が回されたかと思うと、マリーはそのまま、アルルカの身体を高々と持ち上げてしまった。


「えっ……えっ?」


 体躯が体躯なので、人ひとりぶんとして考えれば、相当軽い部類の体重ではある。が、あくまでも人ひとりぶんだ。こうも軽々と自らの頭上にまで持ち上げるというのは、なかなかできることではない。


「皆様! 少々、通ります! 通りますので!」

「え、エリ……わ、わわわわわっ!」


 そして、マリーは冒険者の集団に向けて突貫した。

 チセが行っていた隙間と隙間を巧みに抜けていくような技術などではなく、恐ろしいほどの体幹に物を言わせた、力任せ、文字通りの突貫だった。


 冒険者たちを薙ぎ倒して協会から脱出したマリーは、アルルカを地面に降ろして、軽く額を拭う。


「ふう。無事に出られましたね、アルルカさん?」

「う、うん。そうだね……すごかったね……」


 やたら足早に鳴り響いている胸を抑えつつ、アルルカはよろよろと立ち上がる。


「チセは……まだなのかな。姿は見えないようだ。なんにせよありがとう、マリー。助かったよ」

「お役に立てたなら何よりです。では、わたくしはこにあたりで、失礼しますね」


 マリーは恭しく頭を下げて、協会の中に戻っていこうとする。


「いや、待て。その、マリー。キミも、何か困ってるんじゃない?」

「はいっ?」

「でなければ、連日冒険者協会に足を運ぶ理由にはならないだろう。ならばワタシの出番だ! なにしろワタシもまた冒険者。いいや、いずれ最強に至る冒険者なのだからね!」


 マリーが煮え切らない様子で視線を左右させているところへ、協会から出てきた人陰が近づいてくる。


「……待たせたわね。隣の子は……」

「チセか。こちらはワタシのパーティーメンバーだ」

「そ、そうでしたっけ……?」

「その服装、聖石教の司祭ね。察するに、あなたがマリーさんかしら?」

「というと……もしかして、クエストを受けてくださったのですか!?」


 ぱあっと顔を輝かせて、マリーはその勢いのままチセに一歩二歩と近寄って、その手を取っておのが手の中に握った。

 それワタシの席なんだが! 代われ!


「ええ。大枠は既に把握しているけれど、詳しい話を聞かせてくれると助かるわ。そこのアルルカはまだ何も知らないことだし」

「アルルカさんも?」

「そうだとも。何を隠そう、そこのチセはワタシの忠実なしもべなのだから!」

「立場はむしろ逆でしょう」

「いてっ」


 軽いチョップを頭の上に受けて、虚に過ぎた勢を解く。


「まあ、ワタシにできることなら、というやつだな。キミの言葉を借りるなら」

「ありがとうございます、アルルカさん。それにチセさん。改めて、わたくしはマリー・アーシャ・オルチェスカ。パルメの街の聖石教会で、司祭を務めておりました」

「……偉いの?」

「そこそこね」

「いえ、滅相もない。もとはいち修道女に過ぎない女が、思わぬ偶然から司祭を務めていただけですので。それに、その務めすらほとんど済ぎ去った身です」


 わずかに影の差した表情でマリーは苦笑う。


「というと?」

「パルメの教会は閉めることになったのです。わたくしの力が及ばないばかりに、教会として立ち行かなくなってしまいまして」

「そうか……残念だね」

「痛み入ります。さて、実はお二人にお手伝いいただきたいのは、教会の後片づけについてなのです。教会内の物は粗方処分し、霊墓のお引越しも済み……あとはわずかに事務的な手続きを残すのみ、というところで、なんと、いままで誰にも知られていなかった、地下室へと続く扉が発見されたのです」

「ほう。お宝のにおいがする!」


 アルルカの高揚を隠さない声音に、チセが咳払いをかけた。

 マリーはその微笑みを揃えた指先で隠しつつ、話を続ける。


「ええ、お宝といえる代物かはわかりませんが、古い魔道具が出てくることは十分に考えられます。魔石は聖石教の象徴ですから。なのですが……同時に、それが非常に問題でして」

「お宝が出てくることの何が問題なんだ?」


「魔道具は魔石を使って、魔法を道具のように扱えるようにしたものよ。現代においては、魔道具に限らず、魔石を原料にするほとんどの物品は、事前に魔石を無害化するプロセスを挟むから、魔石が魔物として復活することは基本あり得ないのだけど」


 アルルカはそこまでを聞いてピンときた。要するに、今回の問題は。


「……ははあ、読めてきた。現代のものじゃない魔道具はまずいんだね?」

「そう。古い時代の魔道具には、無害化処理が施されていないものがあるの。そういうものは、環境さえ整えば、魔物として再構成されてしまう」

「まさにその通りです。教会が建てられたのは約二百年前。当時から地下室があったとすると、かなり危ぶまれる年代かと思われます。何も入っていないならそれでいいのですが、万全を期して、お二人には地下室のお片付けにご同席いただきたく」

「心得た。ワタシに任せてくれ!」

「ええ。受けた仕事は完璧に遂行するわ」

「ありがとうございます。心強い限りです。それでは、パルメに向かいましょうか」


 そうして、一行は王都の中心部、転送門広場へと向かった。

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