第33話 大浴場の女王

 正式な名前をロマネス大衆浴場というらしいここは、およそ三百年前、一時王都では険悪な関係にあった拝火教プロミネンス水精教アクアリアが、和解の証として作ったものなのだとか。

 水精教における主たる清水精霊ウンディーネが清水の加護を与え、拝火教の火熱技術で温水浴場として整えた、王国史上初の人工温泉。

 それはすぐに王都の民にも親しまれ、王都の名所のひとつとして、ここまで続いてきた。

 温かみのある色合いの木が張られた廊下を歩みながら、アルルカは職員から聞いた話を思い返す。


「しかし、いくら歴史があっても、施設を占拠した犯人が清水精霊だから実力行使しがたいっていうのは、どうなんだ?」


 そう、今回大浴場に陣取っている精霊というのは、他ならぬウンディーネ。

 これをあまり乱暴に排斥すると、宗教対立を煽りかねない……らしい。

 というわけで、くれぐれも丁重にお帰りいただくように、と頼まれた次第である。


「難しいところですよね。二つの宗教の交流点でさえなければ、もう少しやりようはあったはずですが」

「聖石教にもこういうことってあるの?」

「いえ、幸いにも、わたくしたちはあまり。彼ら四大宗教と比べれば新しい部類の宗教なので、ライバル視されることも少ないんです」

「ふーん。お、ここか」


 赤い暖簾をくぐると、そこは脱衣所だ。

 三段の棚に並んだ籠の中には、やや厚手のタオルがふたつ、それぞれ畳んで置かれている。少し奥には、血液で開閉する簡易的なロッカーと、簡単なドレッサーがいくつか設置されているようだ。

 アルルカはタオルの籠をひとつ取り、鼻歌交じりに服を脱ごうとして、チセに肩を掴んで止められた。


「待って。あなた、裸で戦う気?」

「いや、戦うなって話だったし。水場に服着て入ったら面倒だろ」

「そ、それはそうなのですが……」

「……怪我しないでよ?」

「うむ」


 ロッカーを開け、剣と脱いだ衣服をまとめて詰め込み、血錠をかける。

 身体にタオルを巻くと、アルルカの矮躯にはやや大きかった。胸元を折って、少し裾を引き上げる。


「これでよし、と。待たせたな。でも、本当に二人は脱がなくていいの?」

「あのね……いや、もういいわ。行くわよ」


 脱衣所を通り抜け、大浴場へと続く扉を横にスライドする。

 その名の通り広く大きく、清潔感のあるタイル張りの浴場だった。真正面に軽く家をひとつ建てられそうなサイズの湯舟があるほか、その手前側には、シャワーの魔道具と石鹸、木桶と小さな椅子のセットが並んだスペースがある。

 少し外れた位置に小さなプールがあるのは、何だろう。

 と、そこまで確認したところで、アルルカ達の前に人影が現れた。

 痩せすぎず太りすぎず、適度に肉のついた肢体を、惜しげもなく晒した少女。

 何よりも目を引くのは、タオルでまとめられている、流水のような、透明感のある薄青の髪。ウンディーネの特徴だ。


「あなたたち……服を着たままお風呂に入ってくるなんて、どういう了見ですの!?」


 そして、出会いがしらに一喝。

 突き出した腕から鉄砲水が放たれ、その勢いのまま、チセとマリーを脱衣所まで吹っ飛ばした。


「ちょっ、大丈夫!?」

「……体に害はないわ。ずぶ濡れになっただけ」

「あはは……アルルカさんのほうが正しかったみたいですね」


 ひとまず二人の無事を確認して、アルルカはウンディーネの少女に視線を戻す。


「キミが、ここを制圧してしまったっていう精霊か?」

「制圧だなんて、人聞きのわる……貴女!」


 きら、とアルルカの胸元で輝いた類聚の匣が、ウンディーネの目に留まる。


「アクセサリーは外しなさいよ!」

「ぶぺっ!?」


 鉄砲水がアルルカの顔面に直撃。二人と同じところまで押し戻された。

 ぼたぼたと水を滴らせながら、隣のマリーと顔を見合わせる。


「…………、そうなの?」

「そう、ですね。特に金属の類は」

「少しわかってきたわね。あの精霊……入浴マナーに厳しい……!」

「締まらない評価だなぁ!」


 仁義ありすぎる戦いが、いま始まる……!

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