第26話 魔石の道の果て

 時間にして三十分ほど。三人を乗せた霊馬は西へ西へと向かい、やがて地上に飛び出した小さな洞穴の前で止まった。

 ただでさえすさまじく揺れていたが、途中からちらほらと魔物に遭遇するようになったのが最悪だった。

 攻撃を避けるために右へ左へ斜行し、チセが弓を握り始めたために馬の制動はややおろそかになり。最後のほうにもなるとは、もはや混乱魔法か何かを叩き込まれている気分だった。


「思ったよりかは簡単に見つかったわね。お疲れ様。二人とも」


 チセが馬に通していた魔力を抜くと、巨体は瞬く間に霞と消え、小さな置物の姿に戻る。しかし、自分の腰の下にあったものが消えてからすたんと華麗に降り立ったのはチセだけで、アルルカとマリーはそのまま地面に崩れ落ちた。


「………………。チセさんも、お疲れ様です」

「吐き……いや。高貴なるワタシは吐かないが。あ、やっぱムリかも」


 口元を押さえて青い顔をしている二人に、チセは無言で精神異常ポーションをふりかけた。


「うう、ミントとレモンの香り……」


 そのままチセはダンジョンの入り口に歩み寄り、そっと中を覗き込む。そこは気味の悪いほどの沈黙が横たわっていて、魔物の気配もない。が、よく見ればダンジョンの入り口近くには真新しいひっかき傷がいくつも付いている。魔物がここから出てきたのは確からしい。では、地上に溢れるほどだった魔物たちが、なぜいまは影も形もないのか。


「先人が来ているのかしら?」

「そういえば、ある程度実力のある冒険者には声をかけている風でしたね」

「なに? こうしちゃいられない。ワタシのお宝を横取りされてたまるものか」


 復帰した二人がチセの隣について、同じように中を覗き込む。

 自然の洞窟に似た岩肌が見えるが、ところどころにある巨大な鉱物結晶が明るく光を放っており、日中の屋内程度の照度が存在しているようだ。


「視界が確保できているのは喜ばしいですね」

「そうだね。明るいのはいいことだ」

「じゃあアルルカ、先頭をお願い。罠の類い……特に、落とし穴には注意して」

「うむ、心得た」


 三人は隊列を組み、警戒しつつダンジョンを進んでいく。しばらく進んだところで、アルルカはふと進行方向に何か光り輝く小さなものを見つけた。


「これは、魔石か」

「やっぱり誰か来てるみたいね。魔物とも全然遭遇しないし、私たちのすぐ先にいるみたい」

「どうしてカレは、魔石を拾ってないんだ?」

「そこまでお金に困ってないから、木っ端な魔石は拾っていないんだと思う。マナー的にはよくないことだけど。魔物に拾い食いされたら強くなっちゃうから」

「なら、ワタシが代わりに拾っておいてやろう……くふふ」


 後ろ暗い笑みをたたえながら、アルルカは魔石を懐に入れた。


「高貴なお方とは思えない感情が透けて見えてるけど?」

「あはは。行動しないよりはいいことじゃないでしょうか」

「偽善も善ってやつ?」

「むう、好き放題言うな。しかし、いつまでも先行されていては、お宝だけ向こうに拾われてしまうのも事実。それなりに拾ったら先を急ごう。そして追い抜こう!」

「『追い抜く』っていうのも、冒険者的にはよくない行動なんだけど……」


 アルルカは地面にちょこちょこ落ちている魔石を辿っては拾い集め、辿っては拾い集めていく。


「本当にたくさんあるな……遠からずポーチが溢れる勢いだ。あ、また落ちてる」


 蟻の行列か何かのように地面を続いていく魔石を、拾い、拾い、拾い……。


「アルルカさん!」「前!」

「ん? でっ!?」


 顔を上げるよりも先に、アルルカは何かに衝突。額をしたたかに打ち付け、地面をのたうって悶絶した。

 ……前方から魔石を拾い食いしてきたずんぐりとした四足の魔物も、アルルカと同じように頭を押さえて痛がっている。


「シュールね……」


 シュールだった。

 だがしかし、それはかつてクマと呼ばれていた生物が、魔物に取り込まれることで種の存続を図った成れの果て。いまこの場における圧倒的強者に他ならなかった。


巨大熊ビッグベアです! アルルカさん、立って!」


 復帰が早かったのは魔物のほう。その巨体に見合わぬ俊敏な動きで、鋭い爪がアルルカに向けて振り下ろされる。

 チセの放った弓矢で魔物が凍り付くが、それも一瞬のこと。

 アルルカが逃げるには間に合わない。


 しかし、その一瞬で、マリーが両者の間に割り込んだ。

 剛腕による一撃に対し、巨大な槌が真っ向から迎撃。

 がちりと噛み合い、震え、揺れ動く爪と槌。

 一歩も譲らない力勝負の末、マリーの巨槌が魔物の腕を弾く。そしてその勢いのまま相手の胴体に直撃。魔物の巨躯は宙に浮かび上がり、放物線を描いて地面に叩きつけられた。


「大丈夫ですか、アルルカさん!」

「あ、うん……ありがとう」


 力比べではマリーのほうが強かったらしい。ほんとに?

 信じがたい思いを抱えつつ、アルルカはマリーの手を借りて立ち上がる。

 しかし、強者の物差しは単純な膂力だけではない。ビッグベアはしばらく痛がってこそいたが、その厚い毛皮によって衝撃の大半は無効化されていた。

 ゆらりと起き上がり、魔物は、力強く咆哮する。

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