第27話 Bear up!

 唸りを上げ、再びマリーの元へと迫る巨熊の身体を、チセの光矢が雨と襲う。

 毛皮に弾かれながら、辛うじて何本かがその背中に突き刺さるが、やはり浅い。そのうえ、矢から放たれる冷気もまるで効き目がなかった。

 巨体の突進を再びマリーの槌が迎撃し、状況は五分に戻る。

 二度攻撃を防がれたビッグベアは、ゆっくりと円を描いて移動しながら、マリーを注意深く見つめ始めた。その隙を窺うように。


「マリー、大丈夫?」

「はい。これくらいなら、なんとか」

「無理しないでね。それでチセ。どうも氷結属性には耐性があるようだが、他に何かないのか? マリーの打撃も通りが悪いようだし」

「あるけど、矢がある程度深く刺さらないと……目を狙うしかないかしら」

「深く刺さったらどうなる?」

「そこに共振魔法を撃ち込んで、内側から肉体を破壊するわ」

「じゃあ、その基点は、別にワタシの剣でもいいよね?」

「……そうね。でも、気を付けて。あなたの強化魔法でも、あの毛皮を貫けるかは怪しいわよ」

「なに、やりようはあるさ」


 アルルカは手に握った魔剣の刃をコーティングするように、魔力を薄くまとわせる。極限まで無駄をそぎ落とした魔剣励起は、巧みな魔力操作のなせるわざだ。

 とはいえ、それで向上するのは火力ではなく燃費。

 肝要なのは、抑えた燃費をどこに回すのか。

 強化魔法、ではない。それはなくてもいい。


「マリー、敵を誘える?」

「え、えっと……どうすれば?」

「ハンマーを小さくすればいいんじゃないかしら。大きさは威嚇だから」

「なるほど。では」


 マリーのハンマーが瞬時に手持ちサイズの小槌にまで縮小する。

 ビッグベアは一瞬驚いたように身を震わせたが、すぐにマリーに向かって突っ込んできた。四つの足で大地を踏みしめ、疾走する巨獣。

 アルルカは自らのポーチにぎっしりと詰まっていた魔石をひとつ取り出し、標識用の魔力を込めてから、巨大熊の目の前に向けて放る。

 かつん、とそれが大地に触れた瞬間、アルルカは短く唱えた。


大地礼賛アーシア泥濘大地クワグマイア


 ずぶん、とその前足が地に沈む。突如として現れた小さなぬかるみは、巨大な熊の疾走を支えるほどの足場たりえなかったのだ。

 バランスを崩したビッグベアは、つんのめるようにして顔面から転倒する。


 アルルカは、魔力不足からくる目まいをおして、倒れこんだビッグベアの胴体の上に飛び乗り、叫んだ。


「マリー、!」

「はいっ!」


 アルルカが切っ先を下にして剣を支えつつ、体勢は低く屈みこむ。

 そして剣の柄の上に、マリーの巨槌が振り下ろされた。

 杭を打ち込むように、魔剣は熊の身体深くまで穿たれ、根元から鮮血が吹き出す。


「……歌劇礼賛バード


 そしてチセは、弓の弦を力強く弾いた。


共鳴振動レゾナンス!」


 剣が発した激甚な振動は、衝撃の波となって、ビッグベアの体内を駆け巡った。

 全身を痙攣させながらその身体は次第に動かなくなり、やがて拳大ほどの魔石と毛皮の一部を残して、黒い霧と散った。


「やるじゃない、二人とも」

「う、うむ……うぅ、目まいが……」

「あ、アルルカさん? もしかしてわたくし、アルルカさんもろともに叩いてしましましたかっ?」


 あわあわとアルルカの頭部を改め出すマリーの手に髪を乱されながら、アルルカはひとつ深呼吸して答える。


「いや、ただの魔力不足だ。はー、あの規模ならギリギリ行けると思ったんだけど」

「そ、そうでしたか。すみません」

「つくづく、魔力量が課題なのね。吸血しない吸血精霊だから、仕方ないけど。ほら、魔力ポーション。多めに持ってきておいてよかったわ」

「ありがとう」


 ポーションの封を開けて飲み干す。すぐにアルルカの満身に魔力がみなぎり、目まいも収まった。足元に転がっていた魔剣を鞘に納め、ついでにその隣にあった魔石と毛皮を拾い上げる。


「おや。毛皮が。ドロップアイテムというやつだね?」

「そうね。少し見せて。……ふうん、良品ね。大きさもあるし、いろいろと使えそう。アルルカ、とりあえず羽織ってて。そのままでも防具になるでしょう」

「え、やだ。獣くさい」

「…………。えい」


 チセは気の抜ける掛け声とともに、アルルカに毛皮を被せた。マリーすら身を引いていた。

 すぐさま、独特の異臭がアルルカの嗅覚を歪める。


「エホッコホッ、くさい! くさいってば! 高貴なワタシがしてちゃいけないにおいになっちゃう!」

「大丈夫、私は気にしないわ」

「だったらキミが持ってろよ!」


 しばらく毛皮の押し付け合いが続いたが、最終的にはアルルカが手に持っていることになった。

 でもこれ本当にくさいんだけど!

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