第37話 ニーナの決意。
あれから一体どれほどの刻が過ぎたのだろうか。気づけばニーナは絶命したサラマンダーの前に立っていた。
その四肢はもがれ、眼は潰され、尾が切り離され、胴体だけが転がっていた。
クラリスが腹の鱗をベリベリと素手で剥がし取ると、リグが魔剣を突き刺して肉を解体し、それをフェリルが貪るように食した。
リグはサラマンダーの体内深くに分け入って何かを手の中に握ると急に飛び出す。
「やったー! やったよクリス!」
リグは喜びを爆発させてクラリスの胸の中に思い切り飛び込んだ。クラリスは恍惚とした表情を浮かべた。
この姿だけ見れば年相応の二人であろう。けれど横たわるサラマンダーの遺骸と共にそれを見れば、彼らの狂気さがより際立った。
けれど今のニーナは違った。二人に憧れを抱いたのだ。彼らこそが本当の戦士であり自分が目指す道なのだと。
ニーナは二人の前に行くと頭を下げて言った。
「お願いしますにゃ。ウチを仲間に入れて欲しいにゃ。荷物持ちでも何でもしますにゃ」
「僕はいいですよ。クリスは?」
「はい、主様の決定に異論などありません」
「にゃ!?」
即答であった。あまりの返事の早さとあっさりとした口調にニーナは意表を突かれた。
「……なぜにゃ? ウチはおまいらを嵌めようとしたにゃ、なのに――」
「それは過去のことですから。もうしないんですよね?」
「当たり前ニャ! そんなこと絶対にしないニャ!」
「じゃあ約束です。そしてもっともっと強くなって下さい」
「はいニャ! 頑張るニャ姉御!」
「……いや僕、男なんですけど」
「ニャハハハ! 姉御はジョークも一級品にゃ、ニャハハ…………え、まじにゃ?」
†††
三人は迷宮の探索を再開した。サラマンダーはまさかの隠し部屋であり、ボス部屋ではなかったらしい。
リグの頬が緩む。もしかしてもう一個ぐらいSS級魔石が手に入るのでは、と。
そんな淡い期待むなしく、迷宮の深部で出くわしたS級モンスター、レッドリザードを葬ると魔核が現れた。
リグは更なる隠し部屋を探そうと踵を返すも、クラリスとニーナにその肩をガッツリ捕まれた。
「いけませんよ、散々穴を開けて探したではありませんか」
「ダメにゃアニキ。ウチの鼻と耳がもう一匹たりも魔物がいないと言ってるにゃ。これ以上は病気にゃ」
「はぁ……分かったよ。帰ろうか」
風弾で魔核を破壊すると眩い光があたりを包んだ。
鼻腔を抜ける凛とした空気。
元の場所に戻ったと確信したリグは目を開けるも、雪面に反射した太陽光がまぶしくて思わず目を細める。
それでも手は条件反射のように魔剣に手をかけ、風壁を球状に展開させていた。
「お、おまえらニーナに何した! この蛮族どもめ!」
「クッソ、また蛮族かっ! 何度我らを侮辱すれば気が済むんだ!」
するとニーナが慌てて誤解を解こうと口を開く。
「ち、違うにゃ! 話を聞くにゃ!」
「ニーナちゃんが操られてるわ! 大変よ!」
「今度は年端もいかない娘をたぶらかしての誘拐か! このゲスどもめが!」
怒り狂う獣人たちに聞く耳などなかった。
彼らはニーナの帰りが遅いことに心配した村の獣戦士たちであり、総勢二十名に及ぶ大所帯であった。
リグとクラリスは手をこまねいた。
命を奪わずにこれだけの獣族たちを相手にするのは流石に骨が折れる。誤解が解けそうにもなく、先制攻撃を仕掛けては完全に敵とみなされる。かといって易々と捕まる気などない。とその時――――
「ガァゥゥウウウウウッ!!!!」
規格外のフェリルの咆哮が耳をつんざき鼓膜を潰す。聴覚に優れる獣人たちは耳を押さえて倒れこんでいった。
風壁を展開させていたリグだけは無事で、同じく耳を塞ぐクラリスとニーナに風の鎖を結ぶと巨体化したフェリルの背に移してその場を立ち去った。
追っ手が来ないことを確認したリグたちは雑木林の中で休憩を挟みながら、ニーナの処遇について話し合う。
「あれだけの数、ニーナは愛されてるね」
「……違うにゃ。ウチは『異形』なのにゃ。ただそれだけにゃ」
異形、それは獣人でありながら地の属性をもたない者をいう。
獣人は決まって地属性であり、魔力量が乏しいのが特徴だ。
ゆえに獣人たちは元々優れる身体能力を更に強化することで、この世界を生き抜いてきた。
けれど彼らは魔法の多様性を持たない。そして魔力量も少ないために魔族や人族と肩を並べられるような存在にはなれなかった。
元々あった住処を魔族や人族に追われ、彼らの住み着かない北へ北へと逃げ延び、優れた嗅覚と聴覚で隠れるように地下で細々と暮らしていた。
そんななか、稀に『異形』なるものが生まれる。地以外の属性を持ち、魔力量にも富んだ獣人の子が。
そのひとりがニーナである。
さらにニーナは『雷属性』でもあった。
異形の中でも敏捷性に優れる獣人ともっとも相性の良い属性であり、雷属性自体がそもそも魔族や人族においても希少な属性であった。
ニーナの存在はゲーム内で語られていなかったが、間違いなく世界の一端を担う存在になるとの確信がリグにはあった。
だが、ニーナ自身は自分がどれほど貴重な存在であるかとの自覚はない。恐らくは村の獣人たちが意図的に隠していたのだろう。
なのでリグはありのままに真実を語った。そのうえでニーナに決断を求めることにした。どのみち村の獣人たちがニーナを手放すわけもなく、リグとクラリスがニーナを奪ったことに変わりはない。
そして決めるのはニーナ自身だ。
「そっか、そうだったのにゃ。なぁアニキ……ウチもっと強くなれるにゃ?」
「なれるよ。僕なんか遙かに超えるスピードを手に入れることが出来る。けどそれは努力した者だけが到達する境地だ。今のままじゃなれない」
言われニーナは嬉しかった。
ただ憧れるだけじゃない。この二人に並び立ってともに歩むことが出来るのだと。
そして獣人族の地位をもっと高められるかもしれないと。
ニーナは凍った大地に片膝をつけると頭を垂れた。
「一緒に行きますにゃ。戦士ニーナ=クレイトンをよろしくお願いしますにゃ」
――――――――――――――――――――
あとがき
ニーナが仲間になりました。次話、氷の国へ。
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