第28話 まるで悪魔。
湿っぽい地下牢に放り込まれたリグは第一声、
「こんなのひどい……」
隅っこに三角座りしてボソっとつぶやく。
相部屋の囚人が笑いながら話しかけてくる。
「ハハッ。ここは死刑囚の入る牢。人でも殺したか?」
「あ、いえ、そうじゃなくて……」
リグはショックだった。囚われるだけでなく自分がまさか女囚牢に入れられるとは思ってもなかった。話しかけてきたの若い女である。
「よければ話し相手になってやるぞ。コーネルだ」
「……え? コーネルってあのコーネル=グラディネイトさんですか」
「なんだ知ってたか。まぁよく見りゃ冒険者の格好してるし結構言い身なりだな。名と所属、等級は?」
「ブラッドと言います、無所属の4等級です」
するとコーネルは目を丸くし、身を乗り出して言った。
「その年で4等級なんて凄いじゃないか! ……随分と将来を棒に振ったようだな」
「はぁー……また10等級からやり直しなのかなぁ」
聞くなりコーネルが爆笑し膝を打つ。
「アハハッ、これから死のうってヤツが等級にしがみ付いてどうする。私はこれでも聖等級だ。だが、ある化け物を見て思い知ったよ。実力がすべてだってな」
そう言って彼女はせんべい布団に寝転がって背を向けた。
「……等級も大事ですよ? でないと借金返せないですし」
「なんだ、そんな年して借金までしてるのか」
「はい、十億レイスほど」
「……えぐいな。色々と苦労してんだな。親の借金か?」
話が違う方向に転がっていく。リグはとりあえず適当に相槌をうって話題を変える。
「そういえばコーネルさんはなんで捕まったんですか?」
「……なんだ何も知らないのか。まぁ自業自得ってヤツさ。納得はしてないが世の中そう言うもんだ」
それっきりコーネルは口を閉ざした。
静まった牢屋で、リグはこの件をどう乗り切るか頭を悩ませた。
連行される直前、なんとか監視の目を搔いくぐって十億する魔剣をクラリスに渡すと、別れ際こう伝えた。
――三日もあれば誤解が解けて釈放されるから大丈夫。
言い換えれば、三日間は何もしないでくれと暗に命じたのである。クラリスとフェリルの手に掛かれば街一つを殲滅しかねない。
せっかく残った商業都市マルシアを壊滅させてしまう。それではシナリオ通りとなってしまう。
さらに言えば、街の英雄として称えられるべきはずのコーネルまで収監されていた。自分の理不尽な逮捕といい、きな臭い匂いがしてリグはうんざりした。
(そんなことより早く等級あげて強くなりたいなぁ、けどブラッドという名と姿を捨てる訳にもいかないし、うーん……)
にっちもさっちもいかないこの状況に頭を抱えていると、メルが物騒なことを言ってきた。
『こんな恩知らずな街、もう潰せば?』
相当腹に据えかねているのか口調が荒々しい。
(いや、別に恩を売りたいわけじゃないし。そもそも魔物と対峙した時は正体隠してたし。とにかく穏便に終わらせて冒険者カードを返して欲しいだけで)
『けど、リグは罪を着せられて殺されそうになってるんだよ?』
(それは問題ないさ。どうせ彼らは殺す気なんてないから)
『……だからこそボクは腹立たしい。本当に許せないよ』
ΨΨΨ
(……と、とんでもない子供と同部屋になってしまった)
次の日、コーネルはリグの様子に恐れおののいていた。
牢屋の中、地べたに座るリグの全身がカタカタと震えていたのだ。
どう見ても死の恐怖に怯えての震えではない。虚ろな目で床一点を見つめながら延々と腕を振っている。その様子には覚えがあった。薬物中毒者のそれだ。
コーネルは腑に落ちた。昨日の話は全部妄想であってクスリが切れたのだろうと。こんな小さな子が麻薬に溺れるとはマルシアの将来が不安になってきた。
勘違いしたコーネルであったが、その見立てはあながち検討違いとも言えない。
リグは前世の記憶が目覚めて以降、異常なほどに努力をすることが当たり前となっていた。それがここにきて狭い牢屋に急に放り込まれた。何もやることがないのである。
その震えはまさに禁断症状そのもの。
(強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい魔剣を振りたい魔剣を振りたい魔剣を振りたい魔剣を振りたい魔剣を振りたい魔剣を振りたい魔法を撃ちたい魔法を撃ちたい魔法を撃ちたい魔法を撃ちたい魔法を……)
脳内で延々と響く大合唱に、メルは堪らず絶叫した。
『もうやめてぇえ! そんなことしても意味ないよ!』
(はぁ~だよね、ごめんごめん)
するとリグは急にガバッと立ち上がり、
「あ、そうだ! コーネルさん?」
「ひぃっ!?」
急に正常に戻って話しかけられたコーネルは自分でも聞いたことのない情けない声を出してしまった。死刑囚ってホントにヤバい奴等だと思った。
「コーネルさんの冒険のお話、聞かせてもらえませんか?」
リグはクラリスに食べたい料理をおねだりするときの顔をした。
とびきり可愛い笑顔もコーネルには悪魔に見えてならなかった。断ったらどうなるか知れない。二つ返事で頷くとコーネルは気を紛らわすように語りだす。
有名クランのグラディネイトのひとり娘として生まれたこと。親の七光りとバカにされて育った幼少期。見返してやろうと握った槍。クランの外で出逢った仲間たち。無我夢中で駆けぬけた十代。1等級から聖堂級になったときの喜びよう。気づけば周囲に慕われ22にして継いだクランの長。三大クランと呼ばれるまでに成長拡大し、そのことで急に悩まされたクラン経営。そして――
時間ならいくらでもあった。所詮はイカれた子供相手、一日もすればれ忘れるだろうと。気づけば話すつもりのなかったことまで口にしていた。
権力と思惑、政争の具にされて呆気なく解体されたグラディネイト――コーネルは悔しさのあまり拳を強く握りしめるとその手から血が滴った。
リグは真剣に耳を傾け、その話が終わるとそっとそばまで行き、小さな両手でその拳を優しく包んで傷を癒やしてあげた。
驚いたコーネルは顔をあげてリグを見た。
だが、幼き顔に含んだ異質な狂気にコーネルはゾッとする。
「決めました。この街は一旦潰しましょう」
「……は?」
「僕と取引しませんか? そうですね、僕を1等級まで最短で引き上げる手助けをして下さい。であればコーネルさんの望みを叶えます」
『取引』、その言葉と彼の目はまさに悪魔のそれである。
――――――――――――――――――――
あとがき
次回、風使いが虐げられてきた理由が明らかになります。
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