第27話 この仕打ち……。

「くぅーん」


「……か、かわいい。リグ様この子は?」


「フェンリルって言う霊獣なんだけど、この子の世話をお願いでき――」


「しますっ! やらせて下さい!」


 全快したクラリスが前のめりでリグの提案を受け入れフェンリルを抱きしめる。


 リグは恐ろしい計画を思いついていた。


 最凶と最恐のバディ、これぞまさに最強の組み合わせではないかと。


 クラリスとフェンリルが互いに切磋琢磨し、またクラリスがリグ以外の心の拠り所を見つけられるようにとの思いであった。


 フェンリルはクラリスに世話されるのがよほど気に入らないのか、暴虐の化身らしくクラリスの腕を本気で食い千切ぎろうと噛み付くもまったく歯が立たない。


「ふふっ、くすぐったいですよ」


「くぅ!?」


 クラリスは甘噛みされていると勘違いしてとっても嬉しそうである。その様子にショックを隠しきれずしっぽの垂れ下がるフェンリル。


 暴虐の化身もまだまだ赤ん坊である。その上下関係はあっさりと決まったようだ。


「リグ様、この子の名は?」


「フェリルだよ。いくつか訊いてみたんだけどフェリルが一番しっぽ振って嬉しそうだったから」


「畏まりました。フェリル、わたしはクラリスです。これからよろしくお願いしますね」


 ――ぷいっ。


 クラリスがわかりやすく肩を落とす。これから少しずつ仲良くなっていくはずだ。


 リグはフェンリルについて色々と思うところがあった。


 フェンリル――ゲーム最終盤、最期の砦の門番をしていた比類なき強さと凶暴さを合わせもつ霊獣である。いわばラスボスの番犬。


 そしてSSS級を越えるX級の存在。


 メルに聞けば、フェンリルが世界に二匹と存在することはあり得ないらしく、そのフェンリルは生みの親の命令にだけは忠実だという。


 ゆえにリグは思った。


 他の者がフェンリルを呼び出す前に、自分が呼び出したのではないかと。


 もしかしたらマルシアの人々を贄にすることで、フェンリルを呼び出し使役することも計画に入っていたのかもしれない。


 ならば確証はまるでないが、シナリオが変わったのではないかとリグは考える。


 シナリオの枠から外れた可能性のあるクラリスとフェンリルを組ませれば更なるシナリオ改変が見込めるとリグは考えた。


 するとセイバスに声を掛けられる。


「ぼっちゃま、旦那様のお時間が取れたようです」


「ありがとう。じゃあ行ってくるよ」



 ΨΨΨ



「父上、失礼致します」


「あぁ、入りなさい」


 領主レスターの目の下には酷いクマができていた。


 それもそのはずで、ルーセント大森林を追われた低級魔物20万のうちおよそ8万が新たな住処を求めてフロウレス領に大挙したのである。


 混乱の最中にあるマルシアからの物資がストップしたのにくわえ、近辺の生態系への影響および町やその道中の安全確保といった課題が山積していた。そのための金策にも苦心している。


 光明があるとすればリグが無事であったこと、この家に住み着いた風の精が周辺の護衛を買ってでてくれたことだろうか。


 リグは申し訳なさそうに俯いた。


 ルーセント大森林を破壊した張本人である。森を残していれば、フロウレス領に流入する魔物の数をもっと減らせたかもしれないと、今頃になって後悔が増した。


 レスターはそれを気にする様子はない。


「リグが気に病む必要はないよ。森は毒沼で汚染されていたんだろう? 結果は変わりない。それよりも本当によく頑張った。リグはフロウレス家の誇りだ。それで用は何だい?」


「はい、まずはクラリスのことありがとう御座います。僕もこれからフロウレス領にて調査をし――」


 レスターはその申し出を即座に断る。


「リグはリグのすべきことをしなさい」


「ですが次期当主として――」


「いいかいリグ? これはわたしの仕事だ。そしてリグは冒険者になることを選んだ。リグが今すべきことは一体なんだい?」


 ラスボスのフィア救うこと。

 その為に強くなること。

 そしてセイバスに恩を返すこと。


 セイバスは自身の望みをリグに伝えことは一度もない。それでも冒険者をやってリグは確信していた。


 ――風魔法の有用性を国に知らしめ、フロウレス家の地位向上をはかることだと。


 裏を返せば、フロウレス家は辺境伯という地位にありながら、その実は国を動かす権力などまるでない名ばかりの弱小貴族に落ちぶれていた。

 

 だからこそ今回の一件で領主レスターはその舵取りに大変苦慮していた。


 冒険者ブラッドが活躍することがフロウレス家にとっての最大の益であり、同時にリグにしか為し得ないことでもあった。


「……わかりました。マルシアに戻ります」


 苦虫を噛んだような顔で床を見つめるリグに、レスターは言う。


「そんな顔をすることはないよ。わたしの仕事は調査をすること。それを討伐するのは誰だい? これから冒険者ギルドには様ざまな高難度の依頼が出ることだろう」


 ハッと顔をあげるリグ。


「――は、はい! 頑張って等級をあげます!」


 あっという間に解決してみせた当主レスター。


 思えば、クラリスの身分証はリグが何も言わずともセイバスから渡された。それはレスターが冒険者ブラッドの活動報告を逐次得ていたからに他ならない。


 リグはまだまだ父には叶わないなと思うと同時に、施政者としてあるべき姿をそこに見た。


 そうと決まれば早々に屋敷を発つことに。


 フロウレスの財政が相当に逼迫していることを理解しているリグは魔剣の金をねだることは決してなかった。


 フェリルを腕に抱いたクラリスと共に、周囲に異変がないかを探りながらマルシアまで自らの足で戻る。


 街に一歩入れば、人々は何事もなかったかのように以前の賑わいを取り戻していた。


 今回、街の実損がほぼゼロにくわえて、過去からずっと最大の懸念点だったルーセント大森林が消失し魔物がいなくなったのである。


 更なる繁栄をとばかりにその営みを再開していた。


 フェリルは初めて見る人だかりに驚き、噛み殺さんばかりの唸り声をあげるも、クラリスがその首をグッと絞めた。


「やめなさいフェリル」


「……くぅん」


 主を困らすものはフェリルであろうとも容赦なくわからせるクラリスにリグは苦笑いする。


 魔剣を返すのが遅れたお詫びの菓子折をもって、リグはまず武器屋を訪れた。


「――フンッ、手垢が付いちまったら売りもんになるか。幾らでもいいから分割して払うんだな……まぁとにかくよく生きて帰った」


 ガストンはそう言って目を赤くし肩をポンと一回だけ叩いた。


(ツ、ツンデレだぁ。ツンがすぎるよ、ガストンのおやっさん……)


「本当にありがとう御座います!」


 深々と礼をして冒険者ギルドに向かった。クラリスからは「絶対にああいう大人になってはいけませんよ」と釘を刺されてしまう。リグとしては最高にカッコイイと思ったのだが。おやっさんの粋を感じながら冒険者ギルドに着く。 


 一方のクラリスは内心、胸をときめかせていた。


 ――あぁ、これからリグ様との冒険が始まる!


 クラリスの目にリグの担当のレィティが映った。彼女は沈んだ顔をしていた。


 クラリスは正直言ってレィティが好きではなかった。


 リグ様の姉ポジは自分だけのもの――そんなくだらない嫉妬も今では嘘のようにない。


 リグが小走りで向かうと、その存在に気がついたレィティの顔が一瞬だけ明るくなって、直ぐに険しいものとなった。


 リグは不思議そうな顔をするが、横から豪奢な服で着飾った男数人が現れてリグに詰めよった。


「貴様、ブラッド・アイディルだな?」


「はい、そうですが」


「一般市民の大量虐殺により逮捕する」


「……は?」


 すかさず怒号が飛んできた。


「とぼけるなっ! 複数の風を巻き起こし罪なき大勢の市民を犠牲にしたであろう! とっとと身分証と冒険者カードを出せ!」


 確かに死傷者は出た。だが、密集による圧死でありリグの魔法で死んだわけではない。


 完全な濡れ衣にリグは思った。



 え、なにこの仕打ち……。



――――――――――――――――――――

あとがき


次回、囚われたリグが思わぬ人と出会います。


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