街マルシア暗躍編

第26話 最恐のもふ。

 クラリスが目覚める前日のこと。


 リグはフロウレス邸の自室で目を覚ました。


「随分と無茶されましたな、ぼっちゃま」


 セイバスを見て、リグは思わず抱きつく。


 冒険者となるまではほとんどの時間を彼と一緒に過ごしていた。リグにとってセイバスは育ての親そのものである。


 セイバスは昔のようにトントンと優しく背中を叩くと、リグはすぐに元に戻って起き上がった。


 自分がなぜここにいるのか、その経緯をセイバスから聞く。


 話を総合するに、メルが道先案内人となってフロミスの魔獣達がここまで運んでくれたようだ。


 幻影魔獣ゲルニカの結界により、誰にも気づかれることなく道中を移動してベッドの上に寝かされたらしい。そして二日間眠り続けたとのこと。


 セイバスは呆れたように続ける。


「いやはや、まさか大森林の件がぼっちゃまの仕業であったとは……」


 ルーセント大森林の消失は隣領地フロウレスでも相当な関心事となっているらしい。


「い、いや、色々と深い事情があって……」


 リグも流石にアレはやり過ぎだったかなと思っていたが、シナリオではルーセント大森林が消失することになっていた。


 もちろんクラリスのことでぶち切れてしまったことも事実。くわえシナリオの強制力によって新たな面倒ごとが起きるくらいなら自分でやってしまおうとの思いもあったのだが……


「え、なんでセバスがそのこと知ってるの!?」


「風の精から聞きましたゆえ。ぼっちゃまの成長も事細かく教えてくれましてな。少々話が長すぎて仕事に支障が――」


 リグの背中にぞわりと嫌な予感が走った。


「……セ、セバス? その風の精は今どこにいるのかな?」


「彼女なら庭におりますぞ。それよりもまずはこの圧巻の景色をご覧くださいませ」


 そう言って三階自室のカーテンが開け放たれた。


 眼下には精錬された美の極地ともいうべき庭園が広がっていた。


 その真ん中には、まだ小さくも神々しい黄金の葉を茂らせた一本の樹がたつ。


「いやはや、本当に美しいのひと言に尽きますな。庭の管理は任せなさいと息巻いておりまして。余計な仕事が減ってこちらとしても願ったり叶ったりですぞ」


 普段セイバスが手入れしていた地味でだだっ広いだけの庭はもうなかった。


(…………うそ、だよね)


 リグはそのまま膝から崩れ落ちる。


 なぜなら、ゲームのサブクエストにおける幻影魔獣ゲルニカの討伐場所はここ、旧フロウレス跡地であるからだ。


 ――なら、今までのこと全部がシナリオ通りだったのか? 


 クラリスと出逢えたことも、数万もの魔物と対峙したことも、黒幕をなんとか葬ったことも、ルーセント大森林が消失することも。


 だったら街マルシア壊滅の危機はまだ去ってないのか…………。


 いや、全部が全部シナリオ通りとは限らない。ブラッドとクラリスの関係性はゲームで語られてなかった。それでも――


 いい知れぬ恐怖心が芽生えた。


 リグは今回、相当な努力と綱渡りをしたことで、流石にシナリオを少しは変えられたであろうとの自負があった。

 

 リグはフロミスに対し、フロウレス領のどこか長閑な地を提供する予定であった。そう、屋敷の庭以外ならどこでも……。


 リグはすぐさま窓から飛んで庭に降り立つ。


『あらリグさん、お目覚めになったようで。お元気そうで何よりです。それはそうといかがでしょう、この庭の出来栄え。わずか二日ではありますが真心を込めて――」


 明るく声を弾ませるフロミス、以前のような暗い影はまったく見られない。


 リグは一か八か訊いてみた。


「あのぉ、他のとこに移ってくれま――」


 すると白うさぎの目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。


「あ、嘘です! 冗談です!」


 リグは慌てて前言を撤回する。するとメルも慌てたように黄金樹から飛んできた。


「ちょっリグ! フロミスがまたひきこもっちゃうじゃないか! フロミス大丈夫だよ。この子は時に冗談が過ぎるんだ。ボクなんて薄汚い塗料で塗りつぶすとか言われたことがあったしね。だから許してあげよ? ね? ね?」


『そうでしたか。びっくりしてしまいまして。それにもう世界樹の種は植えてしまいましたから最低でも10年は動かせません』


(この木、世界樹だったんだ……ていうか許可なく他人の家に神々しいもの植えないでくれませんかフロミスさん)


 まぁ起こってしまったことは仕方ないと、潔く諦めたリグはクラリスの静養している部屋まで足を運ぶ。


 まだ目を覚まさないものの、傷は完全に癒えており容態も問題ないことを確認した。クラリスの寝顔をしばらく眺めてから庭に戻って芝生に寝転ぶ。


 ――おやっさんに魔剣返しそびれたし、今後どう動くか……。


「くぅーん。くぅーん」


 そこに銀白の毛をまとった狼の赤ちゃんがヨタヨタと可愛い声で鳴きながら近づいてきた。手の平に乗るぐらいの大きさのその子はリグのほっぺを嬉しそうに舐めてきた。


「ふふっ、くすぐったいって。お母さんは?」


「くぅー?」


 小首をかしげるとリグのお腹にのってお昼寝を始めた。なんて人懐こい魔獣だろう。


 リグはそのもふもふの手触りを堪能していると、メルがなんとも不思議そうに魔獣の赤ちゃんに触れるや否や――


「――ちょっとフロミス! なんてもの連れてきたのさ!」


 ものすごい剣幕で怒るレイメル。


 リグがビクッと上体を起こすも銀狼の子は肝が据わっているのかピクリともしない。ばつの悪そうな顔をしたフロミスは言う。


『……か、可愛くてつい』


 よく分からないがフロミスはとんでもないものを連れてきたらしい。リグは訊く。


「ねぇメル? この子、フロミスが育てた魔獣から生まれた赤ちゃんじゃないの?」


「はぁ~違う、全然違うよ。これは魔獣じゃなくて霊獣なんだ」


 はて、とリグは首をかしげる。


 魔獣は呼んで字のごとく魔力を持った獣、生殖生物である。


 霊獣は霊体が特殊な環境下で肉体を宿した生命体である。平たくいえば精霊の兄弟姉妹みたいなもの。リグがそこまで怒る理由が分からなかった。


「いや、ただの霊獣なら何も文句は言わないよ。けどこれは流石にないよフロミス」


『……ごめんなさい』


 随分ともったいぶるなぁとリグはメルに答えを促すと、


「この子、暴虐の化身フェンリルだ」


「……へ?」

 

 素っ頓狂な声をあげるリグ。


「だから間違いなく暴虐の化身フェンリルだよ。リグは数百年もの間貯めてきた魔力をぶっ放して大量の魔物と森を一気に葬った。行き場を失った膨大な生命エネルギーに暴虐さが定義されて生まれ落ちたのがこの子なんだ」


 リグの額に冷や汗が流れる。


「……な、ならフロミスは関係ないんじゃ?」


「それがあるんだ。生まれた直後は存在がひどく不安定だから放っておけば魔力を枯渇させて自然消滅する。なのにフロミスは何を血迷ったか魔力をあたえ続けて実体化させてしまった。しかもボクにバレないようゲルニカの幻術まで掛けていた。なにかい? キミは世界の破壊者になりたいのかいフロミス?」


『あ、あまりに可愛くて。つい触ってみたくて……』


 どうやらフロミスは可愛いモフモフを見ると世界を敵に回しでも愛でたいらしい。自分も白うさぎでモフモフなのにだ。


 リグはつい笑ってお腹のもふもふをなでた。


「くぅーん♪」


 こんなにも人懐こい最高のモフなのになぁとリグは現実逃避した。


 するとメルがキッと鋭い視線をリグにも向けた。


「キミに懐くのは当然さ。生みの親なんだから。この子、眼に入ったものは容赦なく噛み殺すよ? 元々は誰のせいかな?」


「……すみませんでした。しっかり躾けます」


 だが、リグが狼狽するのも無理はない。フェンリルは原作で登場する。


 ゲームタイトル『XXXXXXXセブンズクロス』の由来であり、人族を滅亡の危機に陥れるSSS級をも超えたX級の存在のひとつ、最恐の霊獣フェンリルとして。


 つまりリグは謀らずもX級の存在ひとつを従えたのである。


 リグは思う。



 ――――さすがにこれはシナリオ通りではないはず。




――――――――――――――――――――

あとがき


次話、新たな展開に入ります。


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