第31話 ことの顛末。

 異空間とも呼ぶべき時空の狭間から白目のない真っ黒な眼が街マルシアを覗く。



 一滴の黒点が落とされた。



 それは超超高密度のエネルギー体。



 得たいの知れない黒点が天からゆっくりと降りてくる。



 メルは切羽詰まったように叫んだ。



『後先考えなくていいっ! 全力であれを阻止してっ!』


「あぁわかった!」



 青い面をつけたりリグは手のひらに魔力を込める。自分の今持てるありったけの魔力を最大限に込め、極限にまで圧縮し、まばゆい緑光を纏った球体を顕現させた。



 それでも超超高密度のエネルギー体には及ばない……



 理解した上でリグはそれを撃ち放つ。音速にも匹敵する速度で球体は黒点を正確に捉えると包み込んだ。そして黒点もろとも街の外へと吹き飛んでいく。



 はるか彼方、その黒点が大地に触れると黒い空間が一気に膨れ上がる。周囲の物質すべてを呑み込んでは消失し、ぽっかりと半円の巨大なクレーターを作りあげた。



 リグの頭に声が響いた。



『おぬしはだれだ? 妾の可愛いフェルゴールをどこへやった?』


「それよりなぜ街マルシアを襲った?」


『……ふむ、そうか、おぬしがやったか。健気にも街を救った仮初めの英雄に免じ答えるとしよう。たった今、フェルゴールの傀儡の信号すべてが完全に途絶えたのだ。それは計画の失敗を意味する。その場合は妾が直接手を下す。そういう手筈であった。これで充分か?』


「破壊の化身ノア、なぜフィアの存在を知り名乗った?」


『ほほう? 妾を知るか。そしてフィアを知るか。ならばむしろ逆であろう。そこまで知りながらなぜ邪魔をした? どうして世の理と因果に反する?』


「世の理? 因果? 何を言ってる?」


『ん? なにも知らないだと…………くく、くくくっ。クハハハッ! それだけの力を持ちながら何も真実を知らないだと!? あぁ実に奇っ怪! なんたる異質! そして曇りなきその狂気! いい、本当にいいぞおぬし! その特異なる存在に敬意を評し今回はこれで終いとしようではないか!』



 言い残して時空の歪みは消失した。


 

 ……………………。



 後味の悪さと新たな疑問をリグに植え付けるも街マルシアは守ることはできた。



 元の場所に戻れば、クラリスが思い切り抱きしめてくる。



 地上の人々はまったくといっていい程この危機に気づいていなかった。



 ただしコーネルは一部始終すべてを目の当たりにした。あの青い面の正体が冒険者ブラッドであったことも。



 リグは困ったような顔して言う。



「コーネルさん、条件をひとつ追加できませんか? 今見たことは他言無用で」


「あぁ分かった。それと街を二度も救ってくれて本当にありがとう、ブラッド」


「はい、どう致しまして」



 

 


 ΨΨΨ



 

 領主ゲルダ=マルシア失墜の内幕。




 八才にして清濁を併せのみ、実の利を選ぶ少年がいた。


 その名をリグレット=フロウレス、または冒険者ブラッドという。


 彼は牢屋を出されると目隠しをされて隠し通路に連れていかれた。奥の個室のドアが開けられた瞬間、三人の男に襲われるも簡単に彼らの意識を飛ばした。


 リグは拘束具を破壊して部屋のなかを物色する。


 その部屋にはよく分からない拷問器具やら魔法薬がたくさん並べられていた。


 証拠は充分に揃った。すぐに隠し出口からクラリスの元に戻ると状況を説明して隠し部屋の監視にあたらせる。


 リグは大手商会宛に手紙をしたためるとすべての屋敷にわざわざ直接侵入して一番目立つところにその手紙を置いた。


 内容は『明日のコーネルの処刑をもってマルシアは終わる』というあまりにシンプルな一文だけだった。


 だが、大手商会に激震が走った。


 商会本部ともなれば専属の一等級以上の護衛を複数雇って警備は万全のはずであった。それが簡単に侵入を許して堂々と手紙を置かれていったのである。しかも手練れの護衛が気絶させられている。


 すぐさま他の商会に確認をとれば、ほぼ同時刻に同様のことが行われたことを知ってただごとではないと粟立った。


 彼らはルーセント大森林の一件における領主ゲルダの無能さを目の当たりにしていた。息子ベルダもまったく期待できない。すでに他の貴族への根回しは済んでおり、近々マルシアに見切りをつけて拠点を変える予定であった。


 少し予定が早まったがマルシア家と一緒に沈むつもりなどない。


 彼らは一斉にマルシア家と手を切りすぐさま伝書鳩を使って国に彼の情報を売った。脇のあまい領主ゲルダの弱みなど幾らでもあった。


 リグが隠し部屋に戻るとクラリスがひとりの男を捕縛していた。


 領主の息子ベルダである。


 嗅覚の鋭いフェリルがクラリスを襲った主犯だと訴えかけてもきたそうだ。


 これは使えるとリグが確信したその時、怒れるメルが言った。


『ボクが力を貸そう。コイツをコーネルの姿に変えてあげるよ』


 この時、計画が固まったのだ。


 リグはすぐさま索敵を使ってコーネルのパーティーメンバー三人を見つけ出して彼女が無事であること、そして助け出す時間と段取りを伝えた。


 三人ともがリグを訝しんだが、彼女の生い立ちや彼女の心境を伝えれば、確かに信憑性があると言って納得し、矛を納めてくれた。


 牢から出されたタイミングでコーネルが手を挙げ合図する。隠し通路から現れたリグが看守たちを無効化した。看守長に化けたリグがコーネルの姿をしたベルダの目を覚まさせ騎士へと引き渡す。暴れ逃げようとする偽コーネルを騎士は容赦なく殴り口に真綿をつめた。引きずられるように連れて行かれるとベルダの心が折れた。



 断頭台での出来事を目の当たりにした商会幹部たちは即興で機転を利かせた。



 未知の存在に対し、自分たちは関係ないのだと主張するために。




◇◇◇




 それからのこと。



 領主ゲルダは様々な罪を白日の下にさらされ死罪となって処刑された。非人道的な行為に加担した部下も同様に処刑された。


 マルシア家の爵位は先代以前の功績により形式上は残されたが、その実権は完全に奪われ、マルシア領は同派閥の管理下に置かれる。


 マルシアは大森林の一件の責任を認め、被害を受けた領主たちに賠償金を支払うことで合意した。


 また大森林の消失に起因するクエスト報酬もマルシア側がもつこととなり、財政は一気にひっ迫する。

 

 それでも街マルシアは、周囲に魔物の生息域がない安全な土地となったため、農耕と観光を新たな柱として再興を目指すことに。


 責任の一旦を担っていたクラン達には大森林に起因するクエストの受注義務が課され、安い報酬で引き受けることとなる。


 大手商会が完全に撤退した街は当然ながら衰退していったが、この地に根付いた小さな商会や地元住民たちは変わらず残り、町マルシアとして新たな出発を始めている。


 その復興の中心となっているのは町の英雄コーネルと彼女が率いるグラディネイトというクランだ。


 町は以前のような賑わいを失ったが、彼らのお陰でむしろ治安は安定していた。



 こうしてルーセント大森林は消失し、商業都市マルシアは町に変わった。



 結局シナリオは現実のものとなったのである。



 冒険者ブラッド――彼の冤罪は晴れ、再び冒険者を始める。



 ブラットとクリス、たった二人のパーティーはグラディネイトの後ろ盾もあって、異例の早さで等級をあげていく。



 グラディネイトから斡旋された仕事を引き受けながら遂に1等級へと上がった。



 気づけば2年が経過し、リグは10才となった。 




――――――――――――――――――――

あとがき


新たなステージに移ってさらなる展開へ。


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