第30話 断頭台。

 クラリスの足元にいくつもの肉塊が転がっていた。


「ガルゥウウウ!!」


 狼ほどに大きくなったフェリルがその肉塊を更に踏みつぶそうと暴れるも、


「こら、いけません! その汚れた体を洗うのは誰ですかフェリル!」


「……くぅん」


 すっかり躾けられたフェリルは諦めたように元の大きさに縮むと、クラリスの腕の中に飛び込んだ。


 クラリスはなぜ自分が襲われたのか理解できなかった。遺体の持ち物をみるに人攫いをしようとしたことは間違いない。だが、襲ってきた連中が弱すぎる。


「……リグ様の件と関係があるのでしょうか」


 クラリスはリグが収監されたことに非常に憤ってはいたが心配はしていなかった。


 彼の強さには全幅の信頼を寄せており、疑うことの方が失礼だとの思いがあった。その気持ちは今も一切揺るぎはしない。


 ただし寂しいは寂しい。ひたすらに寂しかった。


 リグがいつ帰ってきてもいいようにと、大好きな肉料理の買い出しを済ませたクラリスはフェリルを撫でて宿に戻ることにした。


「くぅ~ん♪」


 そして風呂場でフェリルをわしゃわしゃと洗った。 



ΨΨΨ



 短髪の男は振り下ろした拳をダンッ!とテーブルにたたきつけて吠える。


「だったら何か! コーネルを見捨てるっていうのかキルン!」


「そんなことは言ってないわよ! ただ彼女の立場になって考えてみてって話!」


「俺も反対だ。とても上手くいくとは思えん」


 議論は紛糾した。彼女の公開処刑日はもう明日の昼に迫っていた。


 パーティーメンバー三人はコーネルをどうやって救いだすか延々考えていた。


 今夜、闇に紛れて地下牢を襲撃するという、いかにも脳筋そうな男の提案はまたも退けられた。それだと誰が襲撃したかなど明白で、自分たちはお尋ね者となり一生を隠れ生きていかなければならない。それだけならまだしも、解体された元グラディネイトのメンバー達にまで嫌疑が向き、多くが捕らえられて見せしめに殺されるだろう。だがらといって対案らしい対案も浮かばない。


 あの日、コーネルはなんの抵抗もすることなく連行されていった。己の運命を受け入れ、メンバー達を静かに見つめ首を横に振ったのだ。


 残されたメンバー達はもうどうして良いのか分からなかった。


 グラディネイトは民衆の支持と実力のみでのし上がったクランである。マルシア家や商会の後ろ盾、コネクションはない。


 それはコーネル自身が彼らと距離を置いていたからに他ならない。


 政治がやりたい訳ではない。権力が欲しい訳でもない。ただ単純に冒険に魅せられ胸躍るような冒険がしたい。志を同じくするものたちの居場所を作りたいという、ある意味崇高で、甘ったれで、綺麗ごとな考えをコーネルは持っていた。


 コーネルとてまだ齢26の冒険者である。その人生の大半を冒険に費やしていた彼女に清濁を併せ呑めというのはあまりに酷な話だった。


 それでもクランの長ならばやらなければならなかった。だが、コーネルは理想が高く潔癖が過ぎた。ルーセント大森林の大乱時も、民を守るためだけに戦力を裂き、マルシア家や有力な商会に人を回すことをしなかったのは致命的であった。


 結果、グラディネイトは領主ゲルダにより梯子を外された。大森林の一件の原因すべてを押しつけられたのである。


 本来、民を救った街の英雄として凱旋されるべき彼女である。真実を知る大勢の冒険者たちを率いてクーデターを起こす可能性もあったが、コーネルはあっさりと受け入れた。



 自分以外のクランメンバー全員を不問に付すという条件を鵜呑みにして――。



「いや、そんな約束守られる訳ないじゃないですか?」


 リグは呆れたように言う。


「な、なんだと……」


「コーネルさんが処刑されればメンバーは完全な不満分子です。後で始末するのが自然な流れかと」


「か、彼らは強い。決してそんなことには――」


「なら、なんのためにコーネルさんは死ぬんですか?」


「――!? い、いやそれは、」


「まぁどの道、この街は終わるはずです。もし助けて欲しかったら例の合図をして下さい。それでは――」


 すると牢の扉があいた。


「おいブラッド! 出ろ!」


「はーい」


 リグはそのまま何処かへと連れて行かれた。


 コーネルは己の甘さ、未熟さ、そして無意味な自分の死を前にしてぼう然とした。



ΨΨΨ



 処刑の刻が訪れた。


 足枷の重りを引きずりながら死刑囚は一歩、また一歩と段をのぼり自ら死へと近づく。


 口に真綿が詰められ、声を発することも許されない。


 真実を何も知らされていない民衆からは罵声とゴミと卵が投げつけれらて、女は放心したように断頭台の前に立たされた。

 

 その両手が固定されると、縄紐にひかれた首斬り刃がズズッと軋みをあげながら持ち上がり、その首が穴へと通され、そしてがっちりと固定される。


 執行人は劇でもするかのように罪状を読み上げて観衆を煽る。


「この者はルーセント大森林の異変に気づきながらもそれを放置し続け、街マルシアとそこにすまう我々を混乱と恐怖に陥れた! あぁなんたる悲劇! 多くの死傷者をだしたその罪はあまりにも重い! よってこれより死刑を執行する!」


「「やれぇええええええ!!」」

「「早く殺せぇええええ!!」」


 異様な熱気が辺り一帯を包んだ。


 ――なんて惨めな結末なのだろうか。私はどこで選択を誤ったのか。


 コーネルは自分自身を俯瞰して眺めると自分の愚かしさを改めて認識し、これでもかと歯を食いしばった。


 断頭台の脇にある観覧席で、領主ゲルダは商会幹部たちと高みの見物を決め込む。


 その顔は言うとおりにしないからこうなるのだとばかりに嘲笑に満ちていた。


 街を救ったことへの感謝など微塵もなく、ただただ汚物を見るような目をした。


 領主ゲルダは立ち上がると手を挙げ、面倒臭そうにその手をすぐに下ろす。


 それを合図に執行人が斧が振り下ろし紐が切られる。


 首斬り刃が落下した。


 

 ――――――ダンッ!



 刃はあっさりとその首を刎ね、血飛沫が舞った。



 執行人が落ちた首を天高く持ちあげると、会場の興奮は最高潮に達した――――



 はずだった――――



 しかし、あたりを支配するのは静寂のみ――――



 不思議に思ったゲルダは生首に目をやった。



 ゲルダは一瞬で血の気が失せて崩れ落ちる。



 その首、その顔は紛れもなく、



 溺愛する息子ベルダであったのだから。



「あ、ぁ……ぁ……ぁ」



 何が起こったのかまるで判らない領主ゲルダ。


 すると周囲の商会幹部たちが次々と立ち上がり、そのひとりが声をあげた。


「なんと言うこと! グラディネイトの長コーネルの正体がマルシア家の嫡男ベルダであったとは!」


 それに追随するように商会の人間が次々と非難の声をあげ始める。


「彼がクランを裏で操っていたに違いない!」

「本物の彼女はどこだ! 早急に助けてやらねば!」


 まったく理解の出来ないゲルダは地べたに手をついて、真っ青な顔で荒い呼吸を繰り返す。するとそこに――――


「皆のもの! そこを開けろ!」


 煌びやかな甲冑を身につけた王国騎士団が隊列をなして現れる。


 人集りが真っ二つに割れると悠然と歩を進めた。


 先頭を歩く金髪の女騎士がマルシア家の領主ゲルダを睨みつけると吐き捨てるように言った。


「ゲルダ=マルシア! 領主にあるまじき行為の数々、まさか本当だったとはな。果ては実子を斬首するとは。なんとも虫唾が走る、この外道めが。さっさと連れゆけ」


「ハッ!」


 領主ゲルダは騎士たちに拘束された。


 訳の分からないゲルダであったが、ひとつだけ分かったことがあった。


 商会の幹部たちの自分を見る目、それは先ほどまで自分が死刑囚に向けていたものと同じであるということ。


 ようするに領内の最高権力者であるはずの自分が梯子を外されたのだ。裏切られたのだ。そして愛する息子を殺された。


 激昂したゲルダが何かを叫ぼうとしたその時、後頭部に衝撃が走って白目を剥いた。そのままゴミでも引きずるように連行されていく。


 言葉を失ったまま見送るマルシアの人々。


 嵐のようにそれは過ぎ去っていった。


 断頭台を見下ろす窓辺で、コーネルは複雑な心境とともに自問自答した。



 ――世の中、綺麗ごとだけでは生きていけない。



 ――それでも、この結末を綺麗だと思ってしまう私は罪深い人間なのだろうか。







 と、その時であった。



 コーネルは空に些細な異変を感じ目を向けた。



 すると空が大きく縦に裂け、得たいの知れない何かがこちらを覗き込む。



 コーネルは息を忘れるほどに圧倒され戦慄と畏怖を抱く。



 ――――あれは絶望そのもの。



 隣にいたリグはこれでもかと目を血走らせた。

 


 一瞬で青い面と黒い外套を身に着けると、なんの迷いもなく空へと飛んだ。




――――――――――――――――――――

あとがき


次話、領主ゲルダ失墜の内幕も語られます。


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