第29話 売られた喧嘩。

「そうですね、僕を1等級まで最短で引き上げる手助けをして下さい。であればコーネルさんの望みを叶えます」


 ――意味が分からない。この子は何を言っている。一体なんなんだ。


 コーネルの脳内に疑問符が乱舞した。自分の傷を治したのは風の魔力だった。だが風魔法の治癒は微々たる力、普通こんな早くには治せない。何よりこの子の言ってる意味が分からない。


「僕はいつでもここを出られるし、コーネルさんの望みだって叶えられますよ?」


「――バ、バカ言うな」


 この牢屋はただの牢屋ではない。危険な魔法使いを拘束、収容するための特殊な部屋だ。


 その壁や扉一面に反射陣が埋め込まれており、放った魔法は跳ね返されて自身に降りかかる仕組みである。また特殊な手枷足枷を嵌められ身体強化ができない。壁や扉を破壊することも出来ない。


 どう考えても脱出は不可能であった。


「あの? ですから僕は風使いなんですよ。だからほら」


 手の平で風が起こる。


「!? は、反射陣がある。どのみち――」


 ――――ヒュ!!


 鋭い風切り音がした。リグが手にもった仕込みナイフを振った音だ。


「まぁ、食事に出されるスプーンとかでもいけますけどね」


「…………」


 コーネルは開いた口が塞がらなかった。


 ――なぜナイフを持っている? というかなんだ今の速度は? いや、そうか、子供で身体強化の出来ない風使いならろくに身体検査もしなかったのか。ん? だがおかしい。この牢は主に上位魔法使いを収容するためのもの。なら普通徹底的に調べるはず……というかこの子は一体何をして捕まった?


 すると察したようにリグが喋る。


「あ、僕でしたらあの日、風魔法で人を吹き飛ばし大勢の市民を殺したそうですよ。その思惑は避難誘導の過失を隠蔽して遺族への補償をケチり、地位も後ろ盾もない風使いに濡れ衣を着せるのが丁度よかったんでしょう」


「……な、何を言って」


「まぁ、そこまでなら許しても良かったんですけどね。コーネルさんの話を聞く限りだと、どうやらこの街の領主が僕を裏で抱えたいようです」


「……ど、どういうことだ?」


「決まってます。なにせ風使いは暗殺者にうってつけですから」



ΨΨΨ



 マルシア城の領主の部屋にひとりの近衛兵が報告にきた。


「ゲルダ様、行方の知れなかった例の冒険者を拘束いたしました」


「おぉ! そうかそうかよくやったジャイル。では手はず通り進めろ」 


「畏まりました」


「今までのはロクに使い物にならなかったからな。こんな希少な道具は二度と手に入るまい。失敗は許されんぞ。よいな?」


「はい。承知致しました」


――くくっ、一時は何もかも終わったと思ったが、気づけば全てがワシの望んだほうに転がりよる。怖いぐらいだ。これで一気にマルシアの名声は国中に轟くであろう。


 領主ゲルダ=マルシアが口元を醜く歪ませていると、入れ替わりで息子ベルダが現れた。


「父上様? ソイツにやたら美人の姉がいるらしいんだけど貰っても?」


「なんだまたか。だがワシは今最高に機嫌がよいからな。どの道騒がれる前に始末する予定だった。好きにしろ」


「やったね。じゃあ早速動くか」




 風魔法と風使いが嫌われる本当の理由、それは同族殺しに最も適した魔法だからである。


 索敵で相手の居場所を突き止め、音もなく高速で忍びより、物的証拠の残らない風の刃で斬りつける。


 身体強化した魔法使い相手には難しくとも、一般人を殺めるには最も適した魔法であった。


 平和の訪れた世界で、その存在を最も恐れたのは王族、貴族、そして権力者たちに他ならない。


 だからこそ彼らは風使いを執拗に貶めた。必要とあらば民の印象操作すらも行った。


 数十年、数百年と経てば、それが常識となって冒険者の思考にも影響を及ぼした。


 風使いはその移動速度と索敵で斥候として非常に有用な存在であるにも関わらず、身体強化を行えないために魔物と直接戦えない卑怯者だとのレッテル貼りがなされた。


 気づけば風使いを誰しもが除け者にする異様な構造が生まれ、風使いの数が激減した。辺境伯であり風を司るフロウレス家も同時に失墜していく。


 セイバスはその現状に楔を打ったのだ。


 風魔を纏って移動速度を向上し、近接戦もこなせる有能さによって、風の冒険者としては異例の聖等級にまで上がったのである。


 だが、セイバスの活躍が世に広まることはなかった。またも圧倒的な権力でもって潰されたためだ。だが、それを機に権力者たちは認識を改めた。


 優れた風使いは敵に回せば怖いが、取り込めば素晴らしいコマになると。


 目障りな政敵を葬り去る暗殺者として養成してみるのもまた一興。


 そこに目を付けたひとりがマルシアの領主ゲルダ=マルシアである。


 冒険者ギルドはその土地の領主への報告義務があり、領主は有用な人材を騎士や衛兵としてスカウトとすることは良くある話だった。


 ブラッドの情報も当然ながら領主ゲルダに伝わった。しかしブラッドの想像以上の力と活躍により攫うことすら困難で、裏で囲うことは事実上不可能となった。


 なにより暗殺者に仕立てようとしているのだから目立たれては困る。


 そこに降って湧いたルーセント大森林の大乱。冒険者ブラッドが街中で魔法を放って市民を吹き飛ばしたとの報告を受ける。


 本来多くの市民が助けられて感謝すべきはずが、領主ゲルダの考えは違った。


 これを機に冒険者ブラッドを罪人として死刑に処したことにして、名も無き暗殺者にする計画を思い立つ。幸運なことに相手はまだ八才の子供。いくらでも矯正して最高の暗殺人形を作りあげるのだ。


 優れた魔力を持たないマルシア子爵家は代々知性派としてその名を馳せてきた。


 当時としては画期的な減税制度で商人を集めてパイプをつくり、その情報優位性と潤沢な資金力でもって他の貴族を取り込んだ。子爵という低い地位にありながらも派閥内での発言権を増していった背景がある。


 それによりルーセント大森林の魔物の大量流出においても、近隣領主たちはマルシア家に対して表だって被害請求をすることが出来ないでいた。


 だが、どんなに知性派の家系であろうと時にハズレは生まれる。


 領主ゲルダは拡大欲求と野心に溢れていたが、人並み以下の知性しか持ちあわせていなかった。その息子ベルダもまたしかり。


 そんな彼らはとんでもない化け物に喧嘩を売ったのである。



――――――――――――――――――――

あとがき


次話、裏で暗躍したリグによってサクッと解決します。


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