第20話 歓喜の外で。
リグは真っ先に命知らずな主人公アレンの元に向かうと、その後ろ首に手刀を打ちこんで気絶させた。そのまま東壁を越えて外へ出る。
大手クランのグラディネイトの存在はリグにとって僥倖であった。わずかな可能性を信じて手紙を出し続けた甲斐があった。
彼らの動きからして右舷のナイトボアを目標にしたのは明らか。ならばとリグは左舷を受け持つことにした。
ただ、ナイトボアと対峙する前にやっておかねばならないことがある。
黒い魔剣の性能確認と魔力調整だ。
これから大森林にて大量の上級魔物と対峙することとなる。風刃や風弾といった射出攻撃は魔力をかなり喰ってしまう。
魔力の消費は極限までおさえたい。そのためにも剣を攻撃手段の主としたい。
すると目の前に低級魔物の群れが見えた。リグの眼には斬ってくださいとばかりにその群れが映って見えた。
リグの眼が妖しく光る。
狂気の沙汰でしかないそれはクラリスが乗り移ったかのよう。
そうと決まれば、リグはど真ん中から突っ込んだ。
常に単身であったリグに緻密な戦略など必要なかった。
低級魔物で試し斬りして、魔力調整を済ませてからナイトボアと対峙するだけ。
魔剣を一振りしてみて、リグは思った。
(……どうしよ。もう手放したくない)
リグは進む先の魔物を次々に斬っては、剣に纏う魔力量を減らしていく。
――強度の補強必要なし、切れ味の付与必要なし、推進力と重量軽減は必須、魔力量を最大八割削減可。
横に振り抜かれた一閃――――魔物の頭蓋をバターのように抵抗もなく両断すると刃を返す必要もなく逆刃で次の魔物を間断なく葬る。
黒い魔剣は鋭い直線と滑らかな曲線を交互に描いて、次々と有象無象の魔物たちを血祭りにあげていく。
リグは今まで片刃であるサーベルを使っていた。
だが、ここに来て初めて握った両刃の剣。
それを難なく使いこなすリグはやはり天賦の才もつ者なのだろう。
ざっぱざっぱと斬って調整を終えると、最短で群れを突っ切ってナイトボアを眼前に捉える。
散々やり合った相手。しかも正気をなくし低級魔物どもを誘導するためだけに腐心する相手のなんと容易いことか。
リグはナイトボアの急所となる頸動脈を正確無比に突き、前脚の腱を断ち、あるいは両目を潰して次々に転倒させていく。
とどめを刺す時間、消費するほんの魔力すらも惜しかった。
両翼のうち、左舷を担っていたナイトボア達が次々に脱落していく。
目にも留まらぬ速さで針に糸を通すように剣が乱舞し、ついには左舷を完全に瓦解させると、リグは街マルシアを背にするようにして二十万の行軍の真正面に立った。
街マルシアがもう目の前まで迫っていた。
リグは途轍もない量の魔力を手に込める。
すると圧倒的強者の気配を察知した魔物たちは怯みかえり、進行方向を遮るもののない左へと向けた。
状況を察したコーネルはすかさず持ち場を変える。
右舷にいたナイトボア達が左舷に向かわないよう道を塞いで交戦する。
すると、二十万の行軍は膨らんだ風船に穴が開けられたがごとく、一気に左へと面舵をきって突き進んでいく。
街マルシアの目と鼻の先、百メートル手前という地点で――――
街壊滅の脅威はとうとう回避された。
「「「ぬうぉおおおおおおお!!」」」
東壁でその様子を固唾を呑んで見ていた冒険者、守衛たちが地鳴りのような歓喜の声を上げて互いに抱きつく。
コーネル達はその声を聞いて内心悦びを爆発させるも、目の前の敵を一掃すべく戦闘を続けた。
だがしかし、たったひとり、リグだけは何も感じていなかった。
むしろ焦燥感と不安が募るばかり。
これは初手に過ぎない。もう後手を踏んでたまるかとの思いが増す。
クラリスは普段からルーセント大森林で活動していたのを知っている。
この有事にクラリスがリグの元に現れない時点でトラブルに巻き込まれたことはまず間違いない。そしてルーセント大森林にいる可能性が一番高かった。
彼女の身に何かあったのなら一刻も早く行かねば――。
一つの脅威を見届けてまもなく、リグは一直線にルーセント大森林を目指した。
到着した大森林は周囲一帯を毒沼が覆っていた。ポイズンゴードンの魔法だ。
目の当たりしたリグは確信した。やはりまだ何かあると。
なぜ森に立ち入ることを拒む?
これじゃ魔物達まで外に出られない。
目的は街の襲撃じゃないのか?
疑問に思うもリグは足を止めない。毒沼などものともせず木々を飛んで大森林へと侵入した。
すると木の上でデッドエイプ達が待ち構えていた。地上からは大個体のハイゴブリンとレッドベアが礫を投げつけてくる。
地には毒沼とポイズンゴードン、それにレッドベア、ハイゴブリンが待ち構えていた。
――なるほど厄介だな。
魔物の特性を生かした配置、しかも徒党を組んでの戦いは今まで経験がなかった。
それてもリグの口許はなお妖しく笑った。むしろ魔力総量を上げる絶好機だとばかりに……。
知り尽くした相手に後れをとるつもりなど毛頭ない。
投げつけられた石程度、リグの索敵のまえでは目を瞑ってでも避けられた。
木の上を得意とするデッドエイプにしても、風を自由自在に操るリグを上回れるはずもない。
手にした魔剣が踊るようにデッドエイプの喉を引き裂きながら、リグは奥へと奥へと侵入する。
それでも次々に現れる敵に行く手を阻まれて中々前へと進めない。
リグは最大限に索敵を広げてクラリスの居場所を探った。
僅かな異変も逃さぬよう五感と魔力を研ぎ澄ますと、
――――ドォゴォオオオン!!
突如、進行方向の右前に轟音が響いた。
リグの頬が少しだけ緩む。
間違いない。この圧倒的な破壊力はクラリスによるもの。
クラリスは生きている。
――――一刻も早く合流しよう。
――――――――――――――――――――
あとがき
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