第21話 幸せの在処。



 私は本当に幸せ者だ。



◆◆◆



 クラリスによるリグの剣の修練は熾烈を極めた。


 リグの期待に応えるべく、クラリスは今日も全力でリグの剣身を打ちぬく。

 

 渇いた金属音が大気をふるわせ、リグの身体は容赦なく飛ばされた。


 剣が壊れないだけ奇跡と言っていい暴力的な力はすでに剣を100本潰した。


 リグは倒れることなく着地を決める。足に魔力を込めると糸でも引いたかのように数瞬で戻り、そしてまた吹き飛ばされた。


 同じことが延々繰り返される。


 いったいそれに何の意味があるのか、端から見れば理解しがたい光景だろう。


 だが、吹き飛ばされる度にその距離はほんのわずか縮まっていた。


 リグの剣に付される魔力が増し、纏う魔力が研ぎ澄まされていく。


 縮めた距離はリグの成長そのものだ。


 クラリスは剣を振るうたび畏怖を覚えた。


 自分だって努力は続けている。


 けれど、理を外れた成長速度はいずれ自分を捉え、追い抜いていくだろう。


 嬉しくもあり寂しくもあり悔しくもある。


 それでも止めない、いや止まれやしない。


 彼の成長こそが、自分にとって何にも代え難い悦びとなっているのだから。




 今日も今日とてリグは魔力をほとんど枯らし倒れた。


 クラリスはリグを背負って帰るのが日課であり、一日頑張った自分へのご褒美でもあった。


 力を使い果たして身体を預けるという行為は信頼の証そのもの。


 背にリグの温もりを感じ、自分は必要とされていると実感した。


 宿に戻ると、クラリスは料理を始める。


 リグは放っておくと肉ばかり食べてしまう仕方のない子であった。外食ばかりなのもよくない。 


 父と暮らしていた時から炊事を担当していたので、クラリスは料理が得意だ。


 腕によりをかけた料理がテーブルに並べられる。今日は鳥肉を煮込んだシチューがメインで、立ちのぼる湯気を前にリグとメルは今か今かとクラリスの袖を引っ張る。


 それが可愛くてわざと焦らすクラリスがようやく席につくと「いただきます!」を三人揃って言う。リグは無我夢中で口いっぱいに頬ばる。するとすぐに――


「リグ様、お食事中の魔法はダメです! それとそんな口いっぱいに物を入れてはいけません!」


「は、はい……ごめんなさい」


「ぷすすー、リグ怒られてるー」


 リグはつい風魔法でひょいとパンを取ってちぎったり、カップを持ち上げてしまう。そしてよほどお腹が空いてるのか、口いっぱいに物を詰め込んでしまうのだ。


 その姿はリスみたいでとても愛らしいが、本当に貴族なのか疑わしいほど行儀がなっていなかった。にしても――


「クラリス、これとっても美味しい! また作って欲しいな!」


 口いっぱいに頬ばってそんなこと言われたら嬉しいに決まっている。


 クラリスの全身に得も言われぬ快感が駆けめぐる。顔が一瞬だけ綻ぶもすぐに引き締めなおした。


(リグ様は聡い子。ことあるごとに私を褒めて籠絡してくる。この料理は肉が多い。きっと肉料理を食べたいだけであって……ふふ、でもやっぱり嬉しいものは嬉しい)


 リグの隣の席ではふっくらまん丸の白い小鳥メルが鳥肉のフルコースを楽しんでいる。


 あっという間に完食してしまったリグは、メルの肩を風魔法でツンツンしてキョロキョロと気を逸らせた隙に、皿のつくねを頂戴した。


「あっ、ボクのミートボール!? ちょっとリグ! なんてことするの!」


「もぐもぐ、さぁてね。メルこそさっきは随分と笑ってくれたじゃないか」


「むぅー! 絶対に許せないぃ~! これでも喰らえ、てやっ!」


 メルは発光するとリグの頬に体当たりする。ぽふっという効果音が最適なモフモフはなんのダメージもあたえない。


 けれどリグは苦い顔をした。口の中のミートボールの味が消されてしまったのである。


 やってくれたな、とお互いが睨みをきかせて火花を散らすも、クラリスは口に手を当ててニヤニヤが止まらなかった。


「……ふふ」


 リグとメル、リグメルのコンビは控え目に言って最高であった。ふたりがじゃれ合えば、思わず声が漏れてしまうほどに眼福であり愛おしかった。




 ――私は今、本当に幸せだ。この幸せが永遠に続くことを願ってやまない。




 けれど、最近よく夢を見る。



『魔族のくせに、なに幸せ語ってんだよ』


『アンタに幸せになる権利あるわけー?』


『この嘘つき。ま、忌み子だし』


『あーそれな。忌み子なら嘘ついて当然か』


『一体いつまでリグ君騙してるわけー? 忌み子さん』


『迷惑なんだよ。だから実家にも紹介されないんだっての』



 ――違う! そんなことない! 違うんだから!



 目が覚めれば、まだ日も昇らない刻であった。


 日に日に夢が酷くなっていく気がする。


 身体は冷えきり、ガタガタと震え、自己肯定感の低さに苛まれながら寝間着を脱ぎすてた。


 念入りに汗を拭ってから隣のベッドに潜り込み、包むようにリグ様をやさしく抱いた。


 あぁ温かい。直接こうして身体に触れていれば悪夢を見ることもない。朝起きると怒られてしまうがそこは許して欲しい。


「……リグ様、どうか私を独りにしないで」


 か細い声で鳴く私はこんなにも弱い。


 口では偉そうに忠誠を誓いながらも、実際はただの臆病者でしかないのだから。





 クラリスが目を覚ますと、リグは「行ってきまーす」と言ってひとり冒険者ギルドに向かった。クラリスは行かないでとも言えず、それを見送ることしか出来なかった。


 クラリスは着替えを済ますと、ひとりルーセント大森林に向かう。


 手近に高ランクの魔物が沢山いて、一番手っ取り早く自主練に利用できた。


 漂う瘴気が不快であったが、魔族なので身体に影響しない。


 狂気を纏わせ剣を振るえば、その時だけは寂しさを紛らわすことが出来た。


 自主練を終えると市場で買い物をして夕食の下準備をしてから、待ち合わせ場所でリグを待つ。


 もしもの事があったら、と恐怖に駆られるもリグが定刻に現れて杞憂だったと安堵して指導にあたった。


 訓練が終わればリグを背に乗せて、その温かさを再び取り戻す。



 これが私の幸せのすべて。




ΨΨΨ




 そして大森林の動乱が起きる日の朝。



 クラリスは今日も悪夢で目を覚ました。


 もはや酷過ぎて口にするのも憚られる夢。


 いつものようにリグを見送り森に向かう。



 ――どうにも身体が重い、寝不足のせいだろうか。



 淀んだ思考を空にすべくナイトボアと対峙するも思ったように手足に力が入らなかった。


 かろうじて敵を退け、夕飯の買い出しに戻ろうとしたその時、クラリスは腹部に違和感をおぼえ上着の裾をめくった。


 背筋が凍りつく。


 腹に禍禍しい黒い蛇の紋様が浮かび上がっていた。


(……どう、して)


 お腹に再びあの忌まわしき蛇の紋章……


 途端、クラリスの思考が黒く沈んでいく。


(なんで……いつ、どうやって……)

  

「近頃、素敵な悪夢は見られましたか?」


 驚き顔を上げると、ひとりの男が目の前に立っていた。




――――――――――――――――――――

あとがき


リグのさらなる活躍にご期待を!


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