第41話 謁見。

 ブレスコールドのギルド施設の応接間、ギルド長のケルトが口を開く。


「クリスどの、ブラッドどの。貴方がたの活躍と功績には目を見張るばかり。本当に助かっております。鉱夫たちもコーネルどの達以来の人格者だと手放しで褒めておりました。それゆえ見合った報酬をも渡せず心苦しいばかりで……」


「いえいえそんなことは」


 クラリスが謙遜して答えるとケルトはおもむろに封書を取りだす。


「女王陛下も大変に感銘を受けておりますようでな。是非とも一度直接会って感謝を述べたいと――」


 リグは机の下で小さく握りこぶしを作った。ついにこの時が来た。リグとクラリスはギルドが望むクエストを断ることなく優先してこなしてきた。その目的はブレスコールのグレィシャ女王に謁見すること。そして民からの信用を得ること。


 この地は一ヶ月後、未曾有の戦渦に巻き込まれる。氷の国ブレスコールドと信頼関係を築くことでリグの進言が通りやすくなるはずだ。



 ◇◇◇



 翌日、リグとクラリスはブレスコールド城に招かれることになった。


 迎賓の間に通されたリグとクラリスは赤い絨毯に膝と手をつけ頭を下げる。美しい声が発せられた。


「おやめください。クリスさん、ブラッドさん。本当に頭があがらないのは私たちなのですから」


 女王はとても物腰やわらかな立ち振る舞いであった。大きなテーブルに案内され向かいあった彼女の顔を見ればその美しい顔が少しやつれているようにも見える。グレイシャより謝意が述べられると一瞬の沈黙が流れる。グレイシャは覚悟を決めたように咳払いし、お付きの近衛騎士たちがその場を離れ三人だけとなる。


 予想外の出来事にリグとクラリスは顔を見合わせた。相手は一国の王、自分たちは単なる冒険者であり初見の相手だ。本来なら絶対にあり得ない行動である。グレイシャは意を決したように口を開いた。


「この国はもう長くないかもしれません」


 衝撃的な一言にリグとクラリスは口を閉ざす。こちらとしてもいずれその話をする予定だった。無論今回ではなく関係を築いたうえでのことだ。それを向こうから切り出した。ならばと、クラリスがその真意を探る。


「グレイシャ様。いったいなぜそう思われるのでしょうか? それとなぜ人払いを?」


「それは民に知られては困る真実があるからです。お二方ともブレスコールドの外壁はご存じかと思います」


「はい、とても透きとおった不思議な氷結晶かと。あれだけ頑強な結晶体を生み出すとなると、グレイシャ様のご先祖様であらせられるアイスルピナ様はさぞかし素晴らしい大魔術師だったことでしょう。町の皆さんも誇らしげによくその話を――」


 クラリスの言葉を断ち切るかのようにグレイシャが被せる。


「いえ、違うのです。本当はが作り上げたものなのです」


 リグとクラリスは言葉をつまらせた。つまりどういうことなのだろうかと。先祖が氷竜ということか、ならばグレイシャとその子フロスティアも竜の子となる。だが、その割に見た目が竜人のそれではない。グレンと呼ばれたあの男、あの目は明らかに竜人と分かるものだった。グレイシャやフロスティアにそういった特徴を持たない。


 リグが口を開いた。


「グレイシャ様はとても竜の子に見えませんが?」


「そうですね。アイスルピナの子が竜人でして、その娘と人が結ばれたのがブレスコールドの始まりと言われています。ですがもう私で24代目、竜の血をほんのわずかしか引き継いでいません。違いがあるとすれば肌の色素が薄く少しだけ長命であることぐらいでしょうか」


「そうでしたか。それでなぜその話を我々に?」


「はい、実は氷竜アイスルピナはまだ存命なのです。そして彼女が創り出した氷結界が最近揺らぎを始めました。竜の因子をもつ私には分かるのです。もし彼女が亡くなれば国を護る結界が消失してしまうことになります。ですが今の我々の力ではそこまで辿り着くことすら困難で……」


 言葉を濁すグレイシャにリグとクラリスは互いを見る。彼女が何を言おうとしているのか察しはついた。そしてどうやら一ヶ月後の未来と関係がありそうだ。


「でしたら我々が氷竜アイスルピナの様子を見に行きましょう」


「本当ですか? でしたら今回は相応の報酬をきちんとお支払いします。この――」


「あ、いえ結構です」


 大きな瑠璃色の宝石がはめ込まれた指輪を手渡そうとするも、リグが真っ先に断る。クラリスが続けた。


「その代わりと言ってはなんですが信用を買ってはいただけませんか? カルネ火山で異変が続いてるのはグレイシャ様もご存じと思います。いざと言うとき後ろ盾となるお方が必要なのです」


 真意をはかりかねたグレイシャは一瞬だけ眉を寄せるも、直ぐに元の顔に戻って答える。


「分かりました。ではこの話はここだけということでお願いします」


 最後、グレイシャより氷竜の居場所を示す地図が渡された。


 謁見を終えたリグとクラリスはどこか浮かない顔である。


「リグ様? やはり今回の件、恐らくなにか関係が……」


「分かってる。それを確認するためにも氷竜アイスルピナに逢ってみよう」




◇◇◇



 地図が指し示す場所はロスト山脈の北端に位置する山、クレスト霊山である。霊脈と呼ばれる独特な魔力磁場があり、常に猛吹雪が山の周囲を覆っていて来る者を拒む極寒の山地である。


 並の一等級冒険者では到底立ち入れないような場所であったが、実際の実力が遙かうえにあるリグとクラリスはなんら問題なかった。


 リグが風壁を常に展開させながら二人を乗せたフェリルが突き進む。二人乗りが限界のためニーナは自主練となった。


 猛吹雪の中を前進していると、突如として巨大な旋風が巻き起こってこちらに迫った。


 リグは逆回転の突風を巻き起こしてそれを難なく打ち消す。



 やがて魔力磁場から抜けでた雪原には三体の竜が待ち構えていた。



 そう、ここは氷竜の生息域である。




――――――――――――――――――――

あとがき



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転生した悪役貴族、最狂の冒険者となって推しを救う。 わらびこもち @warabi_comoti

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