大森林動乱編

第18話 都市壊滅レベルの危機。

 アレンは為す術なく地面に伏した。


 歴然とした実力差を知って、ただただ悔しがった。


「――くっそぉ! クッソ!」


 アレンは顔をわずかにあげると、リグを羨望の眼差しで見つめる。


 リグは辟易とした表情で魔法を解除し、アレンを置いてひとり歩を進める。


 これ以上主人公にかまってる暇などない。


 考えるべきは大森林の異変だ。


 人為的なものならば、黒幕がいつどんな行動に出るか分からない緊張状態にある。


 魔物をこれ以上減らされては目的に支障をきたすことは間違いない。


 もし目的がマルシアを襲撃することならば、いつそれが起こってもおかしくない。


 なのでリグは町中でも索敵を常に最大にして行動していた。この一ヶ月で魔法練度があがり、索敵範囲も倍となる半径200メールに広がった。


 気がかりなのは森の深部にある箱庭が幻影結界によって閉ざされ、フロミスに会えなくなったこと。


 幻影結界――――それは幻影魔獣ゲルニカによる結界であり、空間を周囲に完全に溶け込ませる魔法。さらに立ち入ったものを幻覚に陥れて、無意識にそこから遠ざける力をもつ。


 今にして思えば、幻影結界のある森の深部に簡単に入ることが出来たのはフロミスにその意思があったからだ。なら自分に何を期待していたのだろうか……。


 色々と考えているうちに、クラリスとの待ち合わせ場所に到着した。


 アレンに絡まれたせいで、リグは少しだけ待ち合わせ時刻に遅れてしまった。


 ちょっとでも遅れるとクラリスの機嫌がすごく悪くなるので、どう言い訳しようかと考えるも――



 そこには誰もいなかった。



 クラリスは一度だって遅刻をしたことがない。



 リグに一抹の不安がよぎったその時、



 ――カンカンカンッ! カンカンカンッ! カンカンカンッ!



 打ち鳴らされる鐘の音。



 街マルシアをぐるりと囲む壁に等間隔で設置された監視塔。その東側から警鐘が鳴ったのだ。それが伝播するようにすべての監視塔でも打ち鳴らされた。


 次いで「ビィイイイイ!」とけたたましい警笛があちこちから吹かれた。


 この警笛は都市壊滅レベルの危機が迫っていることを示す。


 警笛を聞いた民衆はパニック状態となり、地下シェルターの入り口を目指して一斉に駆けだした。


 人の多いマルシア。とりわけ大通りは人でごった返していたため、人々が密集して折り重なって倒れていった。そこに人が踏みこえようとさらに倒れ、道が塞がれていく。

 

 すし詰め状態となって先に進めない人々は更なるパニック状態に。


 悲鳴と怒号と警笛がいり交ぜとなって大通り一帯は狂乱と化した。


 リグは鐘の音が聞こえた瞬間、垂直に跳んで監視塔の目線にまで達した。そして街の東部に位置するルーセント大森林を視界にとらえる。


 ルーセント大森林から一斉に飛び出す魔物たちを目視する。



 ――――遂に始まった。



 リグはすぐさま大森林に向かおうとするも上空で立ち止まる。


 眼下には遅々として進まない避難誘導。押し潰されて呼吸できずに死にかけている大勢の人々がいた。


 するとレイメルが肩に顕現して淡々と言う。


「この予想はつかなかったようだね。ボクはこの光景を何度も目にしたよ。リグは力を持つ者。そして選択は時間とともに収束していく。キミは何を選ぶんだい?」


 リグの思考がフル回転する。


 とれる選択肢は大きく三つ。


 ――下敷きとなった民を助けにいく。

 ――此方に向かってくる魔物を迎え撃つ。

 ――クラリスを真っ先に探しにいく。


 現在、ルーセント大森林から飛び出してきたのは低級の魔物たち。


 つまり上級の魔物たちが低級の魔物たちを大森林から追い出した形となる。


 低級の魔物は操られていないため周囲に拡散し、此方に向かってくるのは最大でも一割程度だろうとリグは予めシミュレーションしていた。


 民を助ける時間なら十分にある。


 だがしかし、上空から魔物の動きを見たリグは戦慄した。


 低級の魔物たちのほとんどすべてが此方にまっすぐ向かってきたのである。



 総勢20万と推測される圧倒的な数。



 それをナイトボアの集団が後ろから追い立てていた。


 まるで羊飼いが犬を使って羊の群れを操っているような異様な光景。


 ナイトボアはその習性上、集団行動することはない。操られての行動であることは明白で黒幕の存在が確定した。


 そして計画性の高さと操る魔法の強大さが窺えた。


 しかも主人公アレンが東門へと向かおうとしている。あのレベルじゃ間違いないなく死ぬにも関わらず……。



 思考が固まるリグ。対しレイメルが言った。



「リグ、キミはいったい何のために死に物狂いで努力したの?」



 ――決まってる。フィアを救うためだ。



 ――あぁ、そうだ! こんなところで立ち止まってる場合かっ!



 クリアになった思考が一気に最善手を導き出す。


 リグは空を蹴って大通り沿いの家屋の屋根に降り立つと、両手を前にかざした。


 石畳に空気が流れこみ、人が折り重なって滞留した場所で風が巻き起こる。


 人々があちこちに飛ばされるも道が開けて流れが生まれた。


 リグはすかさず滞留した場所、すべてにつむじ風を起こして道を作ると、


「衛兵さん、今のうちに誘導を!」 


「お、おうよ、任しとけ嬢ちゃん!」


 自分に出来る最低限の仕事を終えたリグは、大森林へ向かおうとグッと屈む。


 飛び立とうとしたその時、大通りの人混みの中で“何か”が上空に投げられた。


 リグは咄嗟に進行方向を変えてひとっ飛びし、手に掴む。


 布に包まれたそれを開くと一本の黒い剣があった。


 眼下、親指を立てたおやっさんが一瞬だけ目に映る。


「貸すだけだからな! 絶対に返せよ貧乏人!」


 喧騒の中、微かであったが確かにそう聞こえた。


(あぁもう最高かよ、おやっさんのツンデレ!)


 お礼ならなら後でいくらでも言える。


 今は自分のすべきことに集中しよう。


 リグはもう前だけを見据えていた。




――――――――――――――――――――

あとがき


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