第17話 嵐の前の静けさ……

 一ヶ月が経過した。



 リグは相変わらずルーセント大森林を訪れ、瘴気に当てられたAランクの魔物と対峙していた。


 足元が毒沼へと変化する。リグは何ごともなかったかのように上空に飛ぶとポイズンゴードンが毒霧を吹き付ける。


 リグは風を巻き起こしてその霧の侵入は阻むと、魔物の視界から姿を消した。


 見失ったポイズンゴードンのその脇、リグは音もなく降り立つとサーベルで心臓を貫く。たった一撃、それだけで勝負はついた。


 なんの感慨もなくリグは森を駆ける。


 次に出くわしたのはナイトボア。


 興奮したナイトボアは猛々しく尾を振り回してから猪突猛進する。


 大森林内のA級魔物でもっともスピードを持つナイトボア。


 だが、精錬された風の魔力を纏ったリグに及ぶわけもない。


 スピードと突進攻撃の破壊力以外に脅威のないナイトボアはリグにとって一番やりやすい相手だ。


 その直線的な動きを意図も容易く躱すとナイトボアは大木に衝突、突き刺った角を引き抜こうとした時にはもう、すでに喉が掻き切られ絶命していた。


「もっと、もっとだ。もっと無駄のない動きで……」



 今日のノルマを終えたリグは冒険者ギルドへと戻った。


 リグの魔力総量はここ一ヶ月で倍近くになったものの、最近はその伸びが極端に鈍化している。


 それは森のAランクの魔物に脅威を感じなくなったことを意味した。


 それでもリグは毎日欠かさず森に通う。


 剣術、魔力量、戦闘効率が向上したことにより、一日あたりの討伐数が今では400に迫ろうという勢いであった。


 どうやらクラリスも自主練に使っているらしく、足せば一日に700ほどは減っている計算となる。


 累計だと15,000は減らした。


 リグは魔物の数を減らすことに重きを置いていて、すでに50,000の内の三割近くのAランク魔物を間引いたことになる。あと二カ月と待たず一掃できるであろう。


 今回の現象が自然発生によるものなら魔物災害を未然に防げる。人為的なものであれば、支障をきたした黒幕が動かざる得なくなる。


 いずれにせよ被害を受けるのはルーセント大森林と数キロしか離れていない商業都市マルシアとしか考えられなかった。


 さすがのリグも凄惨な未来を知りながら、自身の成長を優先するために見て見ぬフリなど出来なかった。


 一ヶ月以上を過ごせば、リグにだってこの街に知り合いが増えていた。 


 真っ先に挙げるなら冒険者ギルドの担当職員レィティであろう。


「ブラッドさん! 大丈夫です、十分に凄いんですから自信持って下さい!」


「ありがとうございます」


 ここ一ヶ月、リグはクエストの受注と達成数を減らしたことにより4等級から上がれずにいた。


 他のギルド職員や冒険者は、やはり所詮は風使いであって神童ブラッドの底が見えたとばかりに手のひらを返し関心をなくしていった。


 なぜ『元』が付くかと言えば、同年代に期待の新星が現れたからである。


 リグとしてはむしろ好ましかった。注目をなくした方が今は色々と動きやすい。


 それでもレイティだけは変わらず熱心にリグを信じ励ましてくれていた。


 新たな神童の担当をしているのがレイティの同期で、リグを馬鹿にされたことに腹を立ててもいるそうだ。


 少し熱がつよい気がするものの、期待をかけてくれるのは嬉しいものである。


 クエストの清算を終えると、リグはなじみの定食屋で昼食を摂る。どんな料理も濃い味付けでリグの好みであった。


「あらブラッドちゃんじゃないの! ハイこれおまけよ。もっと沢山食べて大きくなんなさい」


「ありがと、お姉さま!」


「やだもう、口が上手いんだから! はいこれね」


 気さくに話しかけてくる恰幅のいいおばちゃん店主。ことあるごとに自分の子のように接してくれオマケをくれる。お姉さまと言えば更なるおかずゲットだ。


 クエスト達成数が減れば実入りも当然に減るのでありがたい。魔力が減った分だけ腹は減る。


 成人男性なみの量を軽々と平らげたリグは刃こぼれした細剣のメンテナスに武器屋に行った。


「おやっさん、メンテお願いしまーす」


「……チッ、どうやったらこんな事になる。もう新しいのを買え貧乏人」


 また剣をつぶしたのかと不機嫌そうな顔をするのは武器屋兼鍛冶屋のガストン。


 この街じゃ一番の腕利きにもかかわらず、低ランクの武器も取りあつかっていた。


 聞けば、安い剣や槍は利益など殆どでないらしく、じゃあ何のために作っているのかといえば聞くだけ不粋であった。


 若い冒険者が少しでも死なないよう良い品を割安で売っているのは明らか。


 おやっさんは厳つい顔に似合わずツンデレさんなのだ。そこは触れずに置こう。


 リグは悠に100本以上の剣を潰した経験から、コスパの最適解として中低ランクのサーベルを手に取る。大量の魔物を捌き、クラリスと手合わせするリグにとって細剣は消耗品であった。


 重心位置や手のなじみを確かめると「さすがおやっさん!」と言って金を支払った。おかげでいつも金欠なのだが。


 そしていつものように一つお願いをする。


「アレ、見せて貰えないでしょうか」


「なんだまたか。ちょいと待ってな」


 金庫から出されたのは一本の“黒い魔剣”。


 リグは目を細めてその剣を食い入るように見つめた。


 刃こぼれしないらしい両刃の細剣。


 その金額なんと十億レイス。一生を不自由なく暮らせる額である。


「はぁ……まだまだムリですね」


 リグは貴族だからと言って父にねだる気などなかった。宝具と呼ばれるピアスをもらったばかり。恐らくこの魔剣以上にお金を使ったことだろう。


「分割にしてやるからとっと買え。そしてはやく店に利益を落としやがれ」


 おやっさんが悪態をつくも、リグにはその本心が透けて見えた。


 一流の武器屋は人の目利きもやはり一流。冒険者ブラッドの実力はこんなものじゃないことを知っていて、とっとと等級を上げてこい、と発破をかけているのである。


 なによりこの魔剣、本来は売り物ではないらしい。


 見合った人間にしか見せないし売らないのがおやっさんの流儀だと、以前弟子のひとりがこっそり教えてくれた。そもそも4等級の冒険者は普通おやっさんと話すことも叶わないそうだ。


 リグはお礼を言って店を出る。歩きだすとすぐに、


「奇遇だなブラッド! 最近、調子どう?」


 クラリスとの待ち合わせに向かう途中、ひとりの少年に呼び止められた。


 リグは顔をしかめて素通りするも横に並んで話し続ける。


「俺もついに5等級に上がったんだ。すぐに君に追いついてみせる。そしたら俺と勝負してくれ!」


 リグは取りあうことなく歩を進めた。もう何度付きまとわれたことか。


 彼の名は『アレン』――主人公であり、勇者であり、期待の新星である。


 父を早くに亡くし、貧しい家庭の長男として一家を養うために冒険者となった心優しき少年だ。


 リグは出会ってからずっとアレンのことが苦手だった。


 ――どこまでも真っ直ぐなその目が好かない。

 ――偽善を知らない純真さが気に入らない。

 ――自分が勝つと疑わない楽観さが許せない。


 アレンもそれなりに努力はしていた。


 だが、リグに比べれば全然足りておらず力の差は縮まるどころか開いていた。


 リグが逆の立場なら絶対にそんなことは言わない。


 待ち伏せて宣戦布告する暇があるなら修練に時間を使っている。


 アレンが神子として目覚めるのは12才の時である。そこから爆発的な成長曲線を描くことは間違いないだろう。


 もしシナリオ通り進めば、いつかリグの強さに追いつき追い越すかもしれない。


 けれどその力はフィアを救うには至らない。


 リグはアレンに短く答えた。


「いいよ勝負しよう。今すぐに」


「……へ?」


 次の瞬間、とんでもない圧がアレンの背中にのし掛かる。アレンは立つこともままならず地面に両手両膝をついた。


 見下ろしたリグは冷たく言った。


「弱い奴に興味はないよ」


 リグはその言葉を自分自身にも向けていた。


 ――心がへし折れたならそれまでだ。

 ――この程度で満足なんてあり得ない。

 ――強くなりたいならもっと努力しろ。

 

 アレンという存在を目にする度、リグはどうしようもなく焦燥感に駆られた。



 

 そしてリグの危惧していたことが今まさに蠢きだす。




――――――――――――――――――

あとがき


レイス=円のレートと思っていただければ。


これで中盤はおわり。次話から始まるリグの活躍をお楽しみに!

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