第16話 調査と狂気。

 翌朝、リグはいつも通りひとりで冒険者ギルドへ足を運んだ。


 クラリスは大層ご機嫌ナナメでリグの背中を見送ってから自主練に向かった。


 クラリスの動向を索敵で確かめたのち、リグは進路を変えて物影に隠れる。


『ん、リグ? どうしたの?』


「冒険者の聞き込みに回ろうと思って」


『まぁキミのことだからそうなるとは思ってたよ。で、ボクにどうしろと?』


「ブラッド以外の姿に変えて貰えないかな」


 メルは普段軽口ばかり叩くものの、立場の線引きはしっかりしていた。


 リグにはピアスの持ち主として魔力供給を代償にブラッドへの擬態のみを提供している。


 メルなりの理由があってのことだと理解しつつリグは願いでた。


「うーん、この件についてはボクも思うトコあるんだよね。いいよ。バレないよう目一杯変えるから魔力消費は今の10倍かかるけど勘弁してね」


 リグの身体が光に包まれ、その姿がみるみるうちに変わった。


 妙齢で豊満な胸、露出の高い服が一際目につく魅惑的な女であった。


 実体は伴っておらず、光の反射でそう見えるだけの虚像ではあるが――


「……メル、なぜにこれ?」


 声帯は変わり、妖しさを含んだ女の声がした。リグは鼻高々に答える。


『ふふーん。リグは何も分かっちゃいないね。男冒険者を色で仕掛けるのが一番チョロいからさ!』


「……あ、そう」


『ほら口調、口調。ちゃんとしないと』


「……こ、これでどうかしら?」


『あはは、いいねーそれ! じゃあ行ってみよう!』


 この小鳥絶対に楽しんでやがる……と思うリグであったが魔力消費が相当なものであったので、急いで行動に移ることにした。 


 冒険者パーティーに声をかければ、男たちは鼻の下を伸ばして粘っこい視線を身体に這わせてくる。脳内ではメルの爆笑が聞こえた。


 リグは別の街からきた2等級冒険者の設定で情報を探った。


「あのぉ、ルーセント大森林について少し教えてくれませんか?」


「お、おう! 何でも聞きな!」


 いつ頃からルーセント大森林に瘴気が現れたのか。

 何かおかしなことは経験しなかったか。

 気になることがあれば些細なことでも教えて欲しい。


「それならよ――」


 巧みな会話術など使わなくともペラペラ喋る冒険者を見て、ホントにチョロいなと思うと同時に、絶対にチャーム併用してるよ、と思うリグである。


 あっさりと男冒険者達から情報を聞きだすと、周囲の女冒険者の舌打ちと嫉妬に恐れをなしたリグはその場を急いで立ち去った。


 瘴気のあるエリアに入れるパーティーは数が限られるので、不審者として通報される前にさっさと情報を集め終えると、リグは元の姿に戻った。


「ハァ、終わったぁ……」


『あはは、おつかれー。結構有用な情報あったんじゃない?』


 得られた情報を精査するまでもなく、リグは深刻な結論に行き着いた。


 裏付けるように、ルーセント大森林はゲームに登場しない。


 マルシアは商業都市でなくただの町であった。


 ゲームでは不必要な情報が省略されているだけとリグは思っていたが、どうにも違ったらしい。



 至った結論――――ルーセント大森林はゲーム開始時までに消失し、マルシアは壊滅的な打撃を受ける未来が待っている。


 

◇◇◇



 リグはギルドでクエストを受注するとルーセント大森林へと再び赴く。


 ある冒険者が言っていた。


「瘴気が覆う少し前のことだけどよ、僅かにだが闇の気配を感じたぜ。それはそうと今晩いっしょに飯でも――」


 有益な情報であった。ルーセント大森林では、ナイトボアが唯一闇の属性を持つ強力な魔物だ。気配を感じる距離にいれば間違いなく襲ってくるが、それもなかったそう。


 ならば、この異変の原因は何者かが闇魔法を放ったことに起因する可能性が高い。


 クラリスの件がそうであったように、闇魔法は生物に精神異常をもたらす。また、その魔力を隠すのが得意であった。


 ただ、その魔法を放った存在とその目的は不明のまま。


 リグは森の中を縫うように駆け、瘴気エリアまで最短で辿り着く。


 リグの優先順位はすでに入れ替わっていた。


 今は自身の等級上げよりも、魔力総量の向上と大森林の異変の監視が優先だ。


 昨日はクラリスに任せきりとなっていたが、ここは自身の腕を試すのに丁度よく、新たな情報を得られるかもしれないと踏んだ。


 とりわけ、クラリスから学んでいる剣の実力を測り、実践経験に繋げたい。

 

 リグは赤毛に覆われたレッドベアに真正面から接近する。


 背中から細剣を抜いた。


 猛進するレッドベアの鉤爪から繰り出される強烈な引っかき――。


 リグは細剣ひとつでそれを受けきり、かつ勢いを横に逸らした。


 驚くレッドベアの腕が伸びきる。


 リグは下段の構えから斬り上げると、赤毛の腕がくるり宙を舞った。


 すかさず血飛沫の背後に回って、振り下ろしでもう一本の腕を落とす。  


 魔物の悲鳴が上がる間もなく、剣が喉を裂き、首は胴から切り離された。


「まだまだ、クラリスに比べれば全然だ――」


 リグは足を止めることなく次に向かう。


 ゴブリンの上位互換、ハイゴブリンの群れに背後から突貫、一番デカイ個体の心臓を一突き、振り向くもう一匹の喉を風矢で潰す。


 風障壁を上から放って小個体三匹の身体を地に押し付けた間に、中個体三匹と対峙。


 リグの横払いが躱された、と見せかけて隣の個体の首を刎ね、仕込みナイフを投げては避けた個体の頭蓋を打ち抜く。


 残りの一匹を風刃で切って捨てると、身動きの取れない小個体三匹の頭を風弾で射ち抜いた。


 とめどない連撃がハイゴブリンを蹴散らし、ものの数秒で片付け終わると、また次に向かう。


 リグは今までの魔物相手とは段違いに魔力総量が上がっていくのを実感していた。


 戦いは圧倒的に見えて、実は紙一重である。


 リグの肉体は脆弱なままであり、Aランクの魔物から一撃をくらえば致命傷は避けられない。


 レッドベアの毛の硬さは風刃や風矢が通らないし、ハイゴブリンの知能の高さと連携は一手間違えば危うかった。


 それを不得手な接近戦で挑み、生身を晒して覚えたての剣で捌くリグは異常だ。


 鬼気迫るリグの暴挙と綱渡りに、メルは息を呑む。


 討伐数が100に迫ろうとしていた頃、そのメルが珍しく警鐘を鳴らす。


『リグ、もう辞めたほうがいい。それ以上魔力を削ったら、万一の急襲に支障をきたすよ』


「……あぁ、そうか。ありがと。今日はもう止めにするよ」


 四割ほどの魔力を残してエリア外にでる。


 (帰りにギルドのクエストを最低限こなして、残りの魔力はすべてクラリスとの特訓に注ぎ込もう)


 そんなリグの姿勢をメルはもう笑うことはしない。 

 

 並の精神の冒険者なら今日、数回は死んでいた。


 トラウマで立ち直れない経験を数度はした。


 だが、リグの思考にまったく澱が見られない。


 リグはクラリスの剣技のみならず、狂気さえも手に入れようというのか。


 だったら死線を容易く潜ってみせたのも納得がいく。


 レイメルはリグのその原動力がまるで分からなかった。


 けれど思った。



 ――キミはどうしようもなく器用で不器用だ。見ていて胸が苦しいよ、リグ。




 こうして一ヶ月が経過し、遂にその日が訪れる。




――――――――――――――――――――

あとがき


次話で中盤が終わりクライマックスに突入します。

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