第19話 コーネルの矜持。

 警鐘と警笛を聞いて行動に移った者はリグばかりではない。


 守衛が門を閉ざし、低級冒険者や衛兵が一般市民の避難誘導を、中級冒険者は街をぐるりと囲んだ壁の東側に登って魔物の迎撃に備えた。


 上級冒険者パーティーの行動は様々である。


 東壁に登るもの、街に止まり騎士とともに最終防衛ラインとなるもの、勇ましくも門を出て大森林に向かうもの。


 そして等級に関わらず、半数以上の冒険者と大手商会の幹部や金持ち商人たちが街を捨てて西門から逃げ出していった。


 残った者の多くは地元の生まれ育ちか、クランに所属してその指揮命令に従っている者であった。


 この地マルシアのクランは領主から減税などの優遇措置を受けるのと引き換えに、有事の際の徴兵を義務付けられている。


 街を代表するクランは前々からこういった事態の可能性を理解し危惧はしていた。だが――


 数年にわたるルーセント大森林の異変。にも関わらず所属する冒険者を育て、稼ぐことを優先するために放置してきた。


 長年の平和に甘んじて危機意識に欠き、最低限のリスク管理しか行っておらず、そのツケがとうとう回ってきた。


 最近、有力なクランには何度も喫緊の危機を報せる匿名の封書が届いていた。


 差出人不明の手紙には『Aランクの魔物と対峙できるパーティーを街に戻すべき』との提言も書かれていたが、それが真に受けられることはなかった。


 クランの最高位パーティーともなれば普段遠方に出向いてるため、現在もほとんどのパーティーが出払っていて街に常駐していない。


 それでもたった一つのクランだけはその可能性を憂慮し留まっていた。


 街の三大クランの一つ、グラディネイトである。


 その長であり、聖等級パーティーの若き女リーダーでもあるコーネル=グラディネイトは三百人以上にも及ぶ部下たちへの指示を終えると、防具の装着を済ませてパーティーメンバーに言った。


「本当に起こってしまったな。流石にあの数は常軌を逸すが……。匿名の情報どおりならば、一刻も早く後方のナイトボアを殲滅せねばなるまい」


 しかしまだ納得できないのか、メンバーが噛み付くように大声で異論を挟む。


「ちょっと待てコーネル! 名も名乗らねぇ奴の言うことを鵜呑みにすんのか!」


 その怒声に、準備をしていた部下たちが一斉に手を止め屋敷を静寂がつつんだ。そこかしこからカタカタと防具やら武器の震える音がする。


 皆が理解していた。もう生きて帰ってくることはないだろうと。


 コーネルは痛恨といった面持ちで答える。


「あぁそうだ。だが、これは私達の責任であり責務である。逃げ出す訳にはいかない。だったらわずかな希望にすがるほうが余程マシだろう?」


「……チッ」


 すると一転してコーネルは覇気と威厳をもって握った槍を天高く掲げ叫んだ。


「皆のもの聞けぇ! 名すら明かさない卑怯者は我らを守銭奴のクズだとこき下ろした! 我らは崇高なるグラディネイトだ! 今こそ我らの力を見せるときっ! 目に物見せてやれぇえええ!」


「「うぉおおおおおお!!」」


 握り拳を振り上げ高ぶる部下たちが一斉に持ち場へ移る。


 コーネルはパーティーと精鋭の部下12人を率いて街を出た。


「戦力はすべて右舷に集中させる! 左舷はもう捨て置け! とにかくゴミ共をマルシアに近づけさせるな!」


「「了解っ!!」」


 コーネルは賭けに出た。


 目標は後方のナイトボアの群れのみ。迂回して右舷の群れを集中的に叩く。


 操られ弱体化してるとはいえ数は悠に1000を超える。


 片側に集中させてもギリギリであろう自分たちの戦力。左右に振り分ければ間違いなく全滅する。とにかく片側だけでも敵の陣形を切り崩すこと。


 そして20万とも言われる低級魔物を何としても街から遠ざけたい。あの数で壁をよじ登られたら間違いなく街が呑まれる。


 本来、正面と左舷からも同時に叩かなければ効果は薄い。それでもやらなければならない。負け戦と分かりながらも進むしかない。

 

 コーネルは実のところ一縷の望みにも賭けていた。


 匿名の差出人はルーセント大森林の現状を詳細に把握していた。相当な実力者でなければ絶対に行えない。


 自分達に並ぶパーティーが街からすべて出払っている現状、その者の助力を期待する他ない。


 随分と虫の良い話だとコーネルは自嘲する。他力本願など情けないばかり。それでも故郷であるマルシアを護るためなら、縋れるものにはすべて縋りたい。


 前方にいた二等級パーティーを軽々と追い抜き、コーネル達は迂回を始めた。


 無所属であろう彼らに「引き返せ」との忠告はしなかった。


 皆が皆、死地に赴く戦士だ。クランに入っていないのであれば逃げることも出来たであろうに、勇ましくも立ち向かった戦友である。


 ただただ心中で敬意を評し、互いが己の務めをまっとうするのみ。



 やがて視界に捉えたおびただしい数の魔物。



 地響きのように向かってくる二十万の魔物の群れ。



 数の暴力はもはや自分の手に負えないと生存本能が激しく警告する。



 どんどんと迫る感じたことのない恐怖――メンバーの誰もが逃げ出したいと思っているはずだ。



 だからそこそリーダーの自分がほんの一瞬でも怯めば、その時点で仲間が、家族が、街が全滅する。



 ――そうだ、絶対に我らが故郷を救うのだ!!



 コーネルは己が矜持をもって魂を奮い立たせたその時――――




 背後から猛スピードで黒い影が迫り、コーネル達を悠々と追い抜いた。




 コーネルは目を見開く。



 黒い外套に青い面、黒い剣をもった小さな体躯。



 信じられない量の魔力と鬼気迫る覇気を纏い、空気抵抗すらも惜しむ前傾で風を切って駆け抜けていく。



 人の理を外れたそれは恐らく魔人か竜の子か。気まぐれであれなんであれ、とにかく味方であることをコーネルは願った。



 その数秒後のこと。


 コーネル、いや彼を目にしたすべての冒険者が絶句した。


 彼はたったひとりで20万の軍勢、そのど真ん中に突っ込んだのである。


 彼が通った思われる道から血飛沫が舞いつづけ、行軍の進みが弱まった。


 コーネルの全身に歓喜が駆けめぐる。


 最大の好機にして一筋の勝機、逃してなるものかと叫ぶ。



「我らも負けてなるものか! 行くぞぉおおおおお!」



 恐怖を完全に払拭したコーネル達は前進する。



 そしてナイトボアの眼窩に渾身の槍を突きこんだ。




――――――――――――――――――――

あとがき


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