第7話 遭遇。

 毒怪鳥ゲルククルが大きな翼をはためかすと毒霧があたりを包んだ。


「ククケ、エモノキタ」


 女の悲鳴の正体はこの毒怪鳥であった。人の声を真似ることで冒険者をおびき寄せる。


 Cランクの魔物で低級冒険者が近寄った時だけ悲鳴をあげるという悪辣さをもつ。


 対峙するのは毒怪鳥の知識も持たない8等級の若い四人組パーティー。回復役と付与役は恐怖のあまり膝が震えていた。


 それでも付与役のラスルが強化魔法を全員にかけ、回復役のミナが毒異常を中和する。


 毒怪鳥が突進を仕掛けると、リーダーのガンズが盾を構えて、鋭い嘴を食い止めた。


 だが、想定通りとばかりに怪鳥が酸化液を吐くと盾にヒビが入る。脆くなった盾は次の攻撃をまともに受けられないだろう。


 すると木陰に身を隠していた剣役の少年が死角から現れた。


 ――縦に振るった一閃。


「ギャァアアアア!?」


 少年は見事に怪鳥の片翼を落としてみせた。


 毒怪鳥は奇声をあげ、のたうちまわってガンズを盾ごと吹き飛ばす。視界に入ったラスルとミナも立て続けに嘴で薙ぎはらった。


 すぐに正気に戻った毒怪鳥は立ち上がり、剣をもつ少年を睨みつける。


 先ほど一撃をもらったが、一対一であればその力量差は明らかであった。


 少年は諦観したように呟く。


「……ごめん皆。俺はここまでかもしれない」



 それを物影から見ていたリグは怒りに震えていた。


 あの少年――――主人公アレンだ。


 この地マルシアでブラッドが主人公と出遭うことはゲームの回想シーンで語られていたことから分かっていた。


 ブラッドが主人公を助け、その関係は始まる。


 頭の中では分かっていたし実際その通りになった。まさかこんなにも早く遭遇するとは思ってもみなかったが。


 だがどうだろう、この主人公の体たらく。


 主人公は言わば神子だ。他を一切寄せ付けない才能をもち世界を救う存在だ。


 

 ――まだ才能に目覚めてないとはいえ『ごめん皆、俺はここまでかもしれない』だって? なにが主人公だ、なにが神子だ、たいした努力もしないで、簡単に諦めて…………そんなだからフィアを救えなかったんだろっ!

   


 ―――――ドガッ!!



 怒髪衝天の突風が周囲の木々が吹き飛ばす。


 強者の殺気に付近の魔物が一斉に逃げまどった。


 毒怪鳥も異変に気づき視線を向けるが、


「遅いよ。どこ見てるんだ」


 ――――!!


 毒怪鳥の背後から風刃が放たれると、もうひとつの翼が切り落とされた。


 あまりに鋭い切れ味に怪鳥は痛みすら感じていない。


 毒怪鳥は慌てて振り返ろうとするも、視界がぐるりとまわって地に落ちた。


 そのまま絶命した。


 リグの風刃は翼ばかりか怪鳥の首をも同時かつ正確に捉え、切り落としていたのである。


 命を救われたアレンは腰がくだけて地面にへたり込む。


 リグは無表情のまま側まで歩いて行くと、見下ろし冷たい口調で言い放った。



「弱いね。もう冒険者なんて辞めれば?」



 それだけ言い残すとリグはその場から消えた。



◇◇◇



「はぁ……危なかった」


 実のところ、リグは感情を昂ぶらせながらも原作どおりの台詞を言った。


 これを機に主人公は高みを目指し、幼なじみヒロインと出逢う設定である。


 しかし悪役だけあってか、リグは主人公と相容れないものを本能的に感じ取っていた。それでもフィアを救うためなら利用できるものは利用すべきとリグは考える。


 主人公を見限るにはあまりにも早計、今はまだシナリオ通り動くべきとの判断だ。


 リグが顎に手を当て考え込んでいると、


『むぅー。お悩み中のとこ悪いんだけどー? もうそろそろ、ごめんねくらい欲しいなー』


 ずいぶんと間の抜けた声音に、リグは一気に緊張が解けて思わずクスリと笑った。


『えあっ! なんで笑うの、ねぇなんで!』


「ごめんごめん。昨日はちょっとデリカシーに欠けたよ」

 

『んー仕方ない。もう許してあげる!』


 そう言うと、ぽむっと音をたててレイメルはリグの肩のうえに顕現した。


 そして真っ白ふわふわな毛で頬ずりしてきた。


「リグは不器用な子なんだね。助けたい子がいるんでしょ? 決めたよ、ボクはキミを見守ることにした。長い付き合いになりそうだし、これからはメルって呼んでいいよ」


「ありがとう。これからよろしくねメル」


「うん。あ、それはそうとさ! あの子めちゃヤバくない!? 内包オーラすんごい光ってたし、あれ勇者だよ、絶対に勇者! 何百年ぶりかなー」


 メルのはしゃぎようにリグは首を傾げた。


 メルはリグの思考を読めるのだから、既にすべて理解してるものだと思っていたが…


「んーとね。実は見えるものと見えないものがあるんだ。制約ってやつでね。詳しくは話せないんだけど。リグは色々と知ってるっぽいね、ならボクが相談に乗ってあげよう!」


「――あ、だったらお断りします」




 リグは早速、今日のノルマを達成すべく魔物狩りに勤しむ。


 肩に乗ったメルはしばらくの間、「むぅー」と言って不機嫌であった。


 夕方、リグは大量の牙を抱えてギルドに戻る。冒険者カードを更新して7等級にあがった。昼にも更新していたので、本日二度目の昇級である。


 またも最短記録を次々に塗りかえ、担当のレィティだけでなく職員、冒険者たちの度肝をぬいた。


 単純な強さだけではスピード昇級はできない。すべては風の使い手だからこそ。移動速度に行動範囲の広さ、索敵能力の高さ、すべてが揃ってはじめて成せる業であった。


 リグは少しづつでもセイバスに恩を返そうと考えている。

 

 ちなみに担当のレィティだが、リグにだけ目を細めてくる。リグは内心嫌われたんじゃないかと傷つき、担当にこれ以上嫌われないよう渾身の笑顔をつくった。


 結果、レィティは目を押さえ悶絶した。



◇◇◇



 とある屋敷、男が報告を終える。



「――――以上となります」


「ふっ、想像以上だな。有能な風使いは極めて希少だ。意味は分かるな?」


「はい。ですが取り付く島もなく――」


「手段は問わない。早急に手に入れろ」


「それですと折角の力も――」


「構わん。これ以上注目が集まれば手が出せなくなる。失うぐらいなら傀儡にしてでも囲え」


「承知いたしました」


「それとの使用を許可する。万が一の失敗も許されない。全力であたれ」


「はい、では直ちに行動に移ります」



 不穏の気配はすぐ傍まで迫っている。



――――――――――――――――――――

あとがき


次回から、本格的なバトル展開に入ります。

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