第6話 怪奇現象。
「これは驚きました」
臙脂色のコートを羽織った男が姿を現した。中肉中背で印象のない顔だち、これと言った特徴のない容姿である。
その後ろには複数の影。男の護衛だろうか、暗くてよく見えないがなにか得体の知れない雰囲気が漂う。
男の胸の刺繍を見てリグは顔をしかめた。
金獅子を象ったそれは新興勢力のクラン、『ライオネグ』であった。
あまり良くない噂をセイバスから聞いている。面倒な相手を引いてしまったなとリグは今回の計画を悔いた。
「クラン様が何のようですか?」
「そう警戒することはありません。貴方の実力は目を見張るばかり。一緒にお食事でもいかがでしょう?」
「いえ、先約がありますので」
リグはにべもなく断る。
「それは残念です。あぁ、コレは我々が処理しておきますよ」
男は恩を着せがましく後始末を買ってでた。
「あ、そうですか。では」
リグは礼も言わず、さっさと立ち去ってしまう。男はやれやれと肩をすくめた。
だが、リグが感謝すべきいわれなどない。むしろ彼らはリグに対しストーキングと不躾な勧誘行為を働いたのだ。本来ならば謝罪のひとつぐらいは必要である。
なによりリグは本能的にあの男が受けつけなかった。
彼らは犯罪が行われることを予見しながら放置した。クランともなれば、それ相応の社会的責任が伴う。彼らが対処して然るべきとリグは考える。
夕飯を済ませたリグは宿に戻るとベッドに沈みこむ。見慣れない天井を見つめた。
腹は満たされても、セイバスお手製のカスタードパイがすでに恋しい。
(……セバスの料理、食べたいなぁ)
ちょっとだけ感傷に浸るもすぐに思考を切り替える。目下の課題は金ピカのピアスをどうすべきか。
一目で高価とわかるピアスはもはや面倒ごとの種でしかない。かといって外せば姿を偽ることもできない。
(よし、安い塗料でも買って塗りつぶすか)
ベッドから起きあがったその時、リグの脳内に甲高い悲鳴が響きわたった。
『や、やめてぇ! それだけはやめて!?』
唐突な怪奇現象にリグは固まった。原因は間違いなくピアスであろう。
姿を偽れるなんて便利すぎるアイテム。呪いの類いであってもおかしくはない。
軽い精神汚染ぐらいは覚悟していたので、幻聴にかまわずリグは塗料を買いに――
『お願いっ! 効果も薄れちゃうから!』
「分かったよ……ていうかどちら様で?」
リグは渋々ベッドに腰をおろし、幻聴と向き合うことにした。
まさかピアスが意思を持ち、会話機能まで有してるなんて聞いてない。
しかもそのエネルギー源はリグの魔力。なのでリグはどうにかして無駄な機能を分離し、エネルギーのコストカットを図れないか思案し始めると、
『と、とんでもないこと考えるんだねキミ。こんな所有者初めてだよ……ホームシックで話し相手とか欲しいんじゃないの?』
「うっ……」
図星をつかれたリグは口どもる。思考自体を読まれてしまっているので否定のしようもない。
『目立つのが困るんだよね? 鏡見てみて』
促されるまま、リグは洗面所の薄汚れた鏡をのぞき込んだ。するとピアスはなぜか色褪せて見えた。
『どう? これで問題ないよね?』
リグは一瞬だけ驚くも、すぐにニィと悪い笑みを浮かべた。
一を聞いて十を知る。ピアスだけを変化させられたということはつまり、色々と変身が可能だということ。リグは瞬時にこのピアス本来の力を理解した。
『はぁ~、だから教えたくなかったんだよ。キミなんかヤバそうだから』
失敬な、とリグは思う。けれど否定まではしない。使えるものはトコトン使おう、そんな考えが今のリグの頭の中を支配していたのだから。
『にしてもキミすごく強いね。ルカ以来じゃないかな。見ててワクワクするよ!』
リグの思考が一時停止する。ルカとはフロウレス家の初代当主の名だ。
ピアスの発する情報の深さにリグは思考を尖らす。
『あ、今のナシね! それよりさっきからピアスピアスって、やめてよね。光精レイメルっていう素敵な名前があるんだから』
レイメル――まったく知らない名だ。
ゲームにも一切出てきていない。精霊関連のサブクエストはあったが、本編との関わりはまるでなかった。
「僕はリグ、よろしくレイメル。じゃあ早速だげど変身の条件とその許容範――」
『ほらやっぱり! ちょっと生き急ぎすぎじゃないのー? 小難しい話よりさ、その顔どお? イケてるでしょー、超自信作なんだ、えっへん』
「もう少し地味だとありがたい」
『むぅー、元々の容姿が整い過ぎてるからだよ。地味にするとかえって魔力消費が上がるよ。今の三倍くらい?』
「……ならやめとく」
『そのほうが良いね。24時間装着時で、すでに二割の魔力を持ってかれてる計算だし……あ、ちなみにしゃべっても魔力消費ほとんどないからね! 無視とかやめてね!』
「分かってる。それはそうとレイメルは他に能力あったりするの?」
『よくぞ聞いてくれました! この御身、とくと刮目せよ――!!』
ぽふっという音とともに、リグの膝うえに白くてまんまるの小鳥が一羽現れた。雪の精とも形容すべき愛らしさである。
「ふっふーん。どお? このプリティな姿――くふ、くふふ、ちょやめて、くすぐったいよそれ、やめ……だからやめてって!」
リグが無遠慮にあちこちペタペタ触るものだから、レイメルは実体化を解いて激怒した。
『もうっ! そんな撫で方じゃ女の子にモテないんだからね! このへたっぴ!』
リグはちょっとだけムッとした。レイメルこそリグの魔力を勝手に吸ったのだ。
本当に実体化したのか確認のために触ったのであり、そこまで言われたくはない。
ご機嫌ななめのレイメルを放って、リグは明日にそなえ寝ることにした。
◇◇◇
朝早く起きると、リグはまっすぐ冒険者ギルドに赴く。
無視とかやめてよね、と言うわりにあれ以来レイメルは全然話しかけてこない。相当おかんむりらしい。
それはそれとしてリグはとにかく早く等級を上げたかった。
魔力総量の向上には死線を潜る必要がある。いつまでも弱い魔物を相手にしている暇などない。
リグは現在9等級であり、セイバスは1等級よりさらにひとつ上の聖等級。
1等級ともなれば活動範囲に枷がなくなるので、少なくとも1等級までは上げたい。
クエストの受注を済ませたリグはマルシアを出た。
風を切るように草原を抜け、ルーセント大森林を横ぎって目的地を目指す。
ルーセント大森林はCランク以上の魔物が跋扈する魔の巣窟であり、5等級未満の冒険者が立ち入ることはできない。
この大森林はゲームのマップに登場しない。物語に関係しないので省略されたのだろうリグは思った。
「きゃっーーーー!?」
森の中から女の悲鳴が上がる。
だが、リグの索敵の範囲内でありその状況は透けて見えた。
ところが前方にいた四人の冒険者パーティーが女を助けようと森の中へ分け入っていく。
(はぁ……索敵の使える風使いを入れないからこうなるのに、まったく)
リグは大きなため息ひとつ吐くと、進行方向を変えて彼らを追うことにした。
――――――――――――――――――
あとがき
可愛い小鳥はでてきましたが肝心のヒロインがまだですよね……もう少しだけお待ちを。
次話、物語が動きはじめます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます