第5話 冒険者ブラッド。

 乗り合い馬車は二日をかけて商業都市マルシアに到着した。


 底辺冒険者の格好をしたリグは荷を背負って地面に降り立つ。グッと背を伸ばし、板張りの椅子に痛めつけられたお尻をさすった。


(うぅ、痛い……けどようやく着いたぞ!)


 その見た目は幼くもブラッドそのもの。黒目黒髪でリグレットの面影はない。


 リグは屋敷を出る前にピアスを色々と試した。結果、いずれも自動的にブラッドの顔に変わった。どうやら使用者の望む容姿には変えられないらしい。


 幼きブラッド(リグ)は周囲を見まわす。


 マルシアは商業都市だけあって、ヒト、モノ、カネが集まり活気づいていた。流通の中枢でもあるため、堅牢な外壁がぐるりと円形の街を囲んでいる。


(あれ? そういやマルシアって原作だと普通の町だったんだけど……)


 大通りを歩けば、簡単に肩同士がぶつかるほど人がひしめき賑わっていた。


 セイバスいわく、マルシアは商人に対する課税が極端に低いらしく、いくつもの商会がここを拠点に活動しているそうだ。


 商人が大勢いるとなれば護衛の人手も必要となる。そうなれば冒険者も自然とあつまってきて、冒険者ギルドも盛況らしい。


 木を隠すなら森の中。これだけ人でごった返していれば人目に付くこともないだろう。


 そう高をくくっていたリグだが、人とすれ違うたびに視線を感じていた。


(めちゃ見られてるよなぁ……)


 なにせブラッドは美少年である。いや傍目からはむしろ美少女に見えた。リグ本人に美少女だという自覚はまるでないが。


 また、みすぼらしい格好がかえってその飛び抜けた容姿を目立たせているようでもあった。


 思えばゲーム内のブラッドは常にフードを被って顔が見えないよう隠していた。


 なるほど納得したとばかりに、リグはバッグからボロい帽子を取りだし目深にかぶる。


 すでに日が暮れ始めているものの、リグはその足で冒険者ギルドに向かった。


「初めてお見掛けしますね。今日はどのようなご用件でしょうか」


「はい。冒険者登録をお願いします」


「――か、畏まりました」


 受付の女性がわずかに声を震わせ眉を寄せた。それでも申請を断るようなことはしない。


 この年齢の冒険者の多くがどのような末路を辿るのか知っていて、少し気分が落ち込んでしまっただけのこと。仕事は仕事である。


「これから貴方の担当となりますレィティと申します。それでは氏名と出身、魔法属性をお願い致します」


「ブラッド=アイディルと言います。出身地はエレキル、属性は風になります」


 風という単語を聞いた途端、レィティはあからさまに暗い顔をした。もう終わったな、そんな表情である。


「あ、あのブラッドさん、正直に申し上げますね。冒険職はお勧めしません。風属性ですと斥候が主な役割となるのですが、ある程度の経験をつんだ方でないとパーティーを組むことが出来ず――」


「あ、ソロで構いませんので」


「……はい、承知いたしました」


 平然と答えるリグに苦渋といった表情でレィティは手続きを進める。最後にリグが契約書にサインすると、冒険者カードが発行された。


「10等級からとなります。クエストは事前申請が原則で、10等級ですとFランクのみ受注が可能となります。事後報告ですと、討伐個体の目視が必須となり、派遣費用にくわえ報酬も半減してしまいますのでご注意下さい」


「はい、では――」


 リグはとりあえずFランクからブラックディアの討伐を選び、施設を出ようとしたのだが、


「最後にご忠告があります。あまり大きな声では言えませんが、周囲には充分お気をつけ下さい」


 レィティは辺りの冒険者たちに視線を向けた。


 リグも周囲を見渡すと、好奇の目、哀れんだ目、下卑た目が此方に集まっていた。


 リグはそれに何ら感情を抱かない。


「お気遣い感謝します」


 リグはレィティがそれなりに信用の置ける人物だと判断すると、帽子のつばを少しだけあげて、屈託のない笑みを返した。


 本人にその自覚はまるでないが、天使とみまがう笑顔であった。


 その神々しさにレィティは目を潰された。同時に不安がよぎった。


(いやいやいや、人攫いに遭わないほうがオカシイって……つーか天使すぎぃ~、この子かわゆいぃ~)


 それからわずか30分後のこと。


 レィティの心配をよそに、ブラッドという幼き冒険者が小走りで戻ってきた。


 その腕には10本の角が抱えられ、手には魔石の詰まった布袋が握られている。


 リグは討伐証明のために、ランダム指定された部位を持ってきたのである。


「10体分あります! これで等級あがりますよね、レィティさん!」


 最年少にして昇級の最短記録であった。


 理解不能な状況に、レィティは口をパクパクと動かすことしか出来なかった。


 そして眩しすぎる天使の笑顔に、レィティはまたも目を潰された。



◇◇◇



 日がちょうど沈んだ頃、リグは宿を確保すると、ぐうっーとお腹をならして外を歩く。何者かが背後を付けてきているのをリグは索敵で捉えた。


 だが、思惑通りである。


 ギルドではあえて目立つような行動を取った。今後の指針を決めるために必要な行動であった。


 それはそれとしてリグは内心苛立ちを覚えていた。追跡者のことではない。世間や冒険者の風使いへの評価についてだ。


 風魔法をつかえば今みたいに周囲の索敵を容易に行える。有効範囲は術者の力量によって大きく異なるものの、魔法自体は空気を震わせる基礎的なものだ。


 それに斥候に対する評価も低すぎやしないかと不満が募った。


 風魔法を用いた高速移動は非常に便利で汎用性も高い。格上の敵とエンカウントしても生存確率を格段に引き上げてくれる。


 セイバスが冒険者だった頃の不遇を思い浮かべ、リグは本通りから裏道に入った。


 甘い蜜に誘われるように、三人組の男たちがその後ろをついていく。


 と、男たちは足音もなく一斉に駆けだし、リグとの距離をつめた。


 リグは仕方なく振りかえって応戦の構えをみせる。


 男たちは追跡がバレていたことに一瞬面食らうも、足を止めることなく腰元からドスを抜いた。


 低く見積もっても、5等級以上の実力とおぼしき軽快な動きと緻密な連携。


 だが、リグは詰まらなそうなものを見るようにそれらを蔑視した。


(セバスに比べたらまるで話にならない。目的は誘拐、あるいはピアス。たぶん両方だろう。まぁいいや)


 次の瞬間、三人は地面にねじ伏せられていた。身体の自由が一切利かない。


 彼らは何が起こったのかまったく分からず、地面を見つめることしかできない。


 すると、三人が手に持っていた短刀がふらふらと宙に浮きはじめる。


 短刀はくるりと半回転するとそのままストンと落ちて、彼らの二の腕に突き刺さった。


「「「ぐぁっ!?」」」


 悲鳴があがったのは一瞬だけ。すぐに身体がガクガクと震えだし、終いには気絶した。


「やっぱ毒塗ってたか。昏睡か麻痺の類いかな。っていうかこの人達どうしよ。殺す価値もないけど……」


 冒険者をやる時点でリグは人を殺める覚悟くらい出来ている。セイバスからも口が酸っぱくなるほど言われていた。絶対に避けては通れないことだと。


 それでもリグは癪だった。この程度の相手に手を汚したくないなと。


「という訳で、隠れてないで出てきて下さい。この人達どうすればいいんですかね?」


 困り果てたリグはもう一つのグループに声をかけることにした。


 もう少しマシな連中であることを願って。



―――――――――――――――――――

あとがき


ブラッド(リグ)が超絶美少女?ゆえの苦悩です。あ、TSではありません。


ちなみに担当レィティさんも女の子と勘違いしてます。

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