第4話 旅立ち。

 一年が経過し、リグは8才になった。


 血のにじむような努力のすえ、セイバスの扱える魔法すべてを修得した。


 そればかりか最近では改良にアレンジまで加えている。


「わたくしから教えられる事はもうありませんな。あとは実践で身に付けるべきかと」


「本当にありがとう。じゃあ父上に会ってくるよ」


「はい、よい知らせをお待ちしております」


 セイバスが深々と頭を下げると、リグもそれに倣った。


 さらに強くなるため、新たな一歩を踏み出すときがきた。


 リグは色々と考えた結果、やはり冒険者になるべきとの結論に変わりはない。


 冒険者にこだわる理由はいくつもあったが、最も重要なのが魔力総量である。


 魔力総量とはその者の増やせる魔力量の限界値をいう。魔力総量は生まれながらに決まっており、魔力総量=才能といっても過言ではない。


 魔力を繰り返し消費することで次に使える魔力量を増やせるものの、魔力量の限界値に変化はなく、その増加はいずれ頭打ちとなる。


 つまりは成長限界がある。


 ただし、唯一その成長限界をこじ開ける方法があった。


 それは死線を潜ること。


 若ければ若いほど、魔力総量を引き上げることが可能だ。


 思えば、貧民出身の主人公は幼少期から冒険者をやって生計を立てている設定だった。


 あらためて冒険者の必要性を感じながら、リグは執務室の扉をノックする。


「入りなさい」


「はい、父上」


 リグはドアを開けて一礼すると、迷いのない足取りですすみ辺境伯である父レスターと机を挟んで向かい合った。


 仲が悪いわけではないが普段は一言、二言しか交わさない父と息子。


 重苦しい雰囲気の中、レスターが先に口を開いた。


「この一年で、随分と精悍な顔つきになったねリグ。歴代フロウレスのなかでも既に5本の指に入ると聞いてるよ?」


「いえ、私などまだまだです父上」


「いいかいリグ? 謙遜は時に嫌味になるものだ。わたしなんかは魔法の才能がまるでなかったからね。リグやセイバスが本当に羨ましいよ。リグの頑張りはセイバスからことある毎に聞いている。その努力だけは素直に誇りなさい」


「はい、ありがとうございます」


「良い返事だ。というわけで本題に入ろう。リグがここに来た理由だけど察しは付いてる。冒険者になりたいんだろう?」


 レスターの言葉に目を見開くリグ。


 セイバスが告げ口などするはずもないので驚きと共に少しの嬉しさがあった。ちゃんと自分のことを見てくれたのだと。


「でも困ったよ。わたしの子はリグしかいない。その意味が分かるかい?」


「はい、重々承知のうえです」


「そうか、まぁ仕方ない。というわけでいくつか条件を付けよう」


「……条件ですか?」


「そう条件だ。リグには家督を継いでもらう。そのうえで冒険者となる許可を出そう」


「そのようなことが可能なのですか?」


「もちろんだとも。そのために必要なのがコレだ。探すのにホント苦労した」


 差し出されたのは金色の石がはめ込まれた一対のピアス。とても高価そうに見えるがそれよりも気になることがある。


「変わった魔力を感じます、これは?」


「宝具というやつだね。身に着けた者の容姿を変えることが出来る代物だ」


「――!?」


「ビックリだろう? けど魔力を延々吸われるらしいから、身に着けられる者はごく僅かに限られる。リグはどうだろう?」


「おそらくですが大丈夫です」


「ならよかった。それで姿を偽って隣領地マルシアで活動すること。あとは貴族パーティーなど必要な行事にはちゃんと帰ってくること。それがわたしの提示する条件だ。何か質問はあるかい?」


「はい、宝具と言われるこのピアス、どうやって手に入れたのでしょうか?」


「うーん、それはヒミツだ。他には?」


「いえ、ありません。それでお願いします」


「よーし、じゃあこの話はしまいだ。にしてもセイバスに恨まれたりしないかな。彼はリグに付いていく気満々だったろうし」


「問題ありません。元々ひとりで行くつもりだったので」


「寂しいことを言うなぁ。それと領外に行くのだから、これらを持って行きなさい」


 偽造の身分証と通行証を手渡される。そこに書かれた名前に目が留まった。



〈――ブラッド=アイディル――〉 



 途端、リグは激しい目まいに襲われた。


(あり得ない、こんなことって……)


 顔を強張らせ、小刻みに手を震わすリグを見て、レスターは心配そうに問いかける。


「ん、大丈夫かい? 適当につけた名だから気に入らないなら作り直すけど」


「あ、いえ。これを見て覚悟が増しただけですので。ご心配に及びません」


「そうか。じゃあ頑張ってきなさい。土産話を楽しみに待ってるよ」


「はい、何から何までありがとうございます父上。それでは失礼致します」


 父レスターの不器用な愛情を感じながら、リグは執務室をでた。


 階段をのぼり自室に戻ると、壁にもたれてしゃがみ込む。


「ブラッドとか、冗談よしてくれよ……」


 ブラッド=アイディル――作中の強キャラにして、主人公たちがピンチの時に助け導く謎の多いキャラである。


 このキャラがいないと物語が破綻すると言ってもいいくらい重要な位置づけにあった。


 思えばブラッドとリグレットが同時に登場したことは一度もない。


 そしてリグレットが破滅後、ブラッドはパタリとその存在を消した。


 それが意味するところは、リグレットとブラッドは同一人物であり、リグレットはあえてクズキャラを演じていたということになる。


 余計な設定にリグは頭を抱えた。


(クズ悪役なのに強キャラだった? じゃあなんでリグレットは傲慢クズキャラを演じたまま破滅した? 何が目的でブラッドを演じた? 分からない、全然分からない。もしかしたらゲームクリア後のストーリーや続編への伏線だったのかもしれない……けどまじかぁ、これまじかぁ)


 リグば高度な魔法を覚えたことで、すでにリグレットという傲慢クズキャラから脱却し、自身の破滅未来を回避したのだと思い込んでいた。


 だが、実際は違った。


 今、ブラッドの身分証を手にしていてるということはつまり、リグが必死で努力することも、更なる強さを求め冒険者となることも、すべてはシナリオ通りだったということになる。



 ――強烈なまでのシナリオの強制力。



 どうすれば呪詛ともいえるシナリオから逃れられるのか。


 新たな問題が浮上するも、リグは直ぐに立ち上がった。


「だったら逆手に取ればいいさ」


 ブラッドは物語のキーとなるキャラだ。裏を返せば、作中のブラッドと同じ行動を取り続けさえすれば死なないはず。強くなるために幾らでも無理ができる。


 また、原作知識を持つリグはゲーム開始後、リグレットやブラッドと違う言動を取ることができる。


「主導権は僕にある。それが分かれば充分じゃないか!」


 パンパンと両手で頬を叩くと、リグは旅の支度を始めた。




 翌日未明、リグは屋敷を出た。


 三階自室の窓から風にのってふわりと外庭に着地する。


 そこにセイバスが待っていた。


「別れの挨拶もなしですか、ぼっちゃま」


「参ったな。セバスにはまだまだ敵わないや。じゃあ行ってくるよ。家のこと父上のこと、よろしく頼みます」


「はっ、お任せ下さい。ですが、ひとつだけよろしいですかな」


「ん? なに」


「常々思っておりましたが、リグ様には決定的に足りてないものがございました。それを最後にお伝えしたく」


「今さら言うね。足りないものって?」


「はい、『強者たるもの常に』、それがフロウレス家の家訓にございます」


「……あ、そう。行ってきます」


「行ってらっしゃいませ。リグレット様にありったけのご武運を」


 悪役ムーブが半端ないよ……と、リグは苦笑しながら屋敷をあとにした。




――――――――――――――――――――

あとがき


すでにセイバス並みの魔法を使えるリグ。


次回、ついにリグはブラッドを名乗って冒険者デビューします!

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