第2話 現状把握。

 

 明朝、リグは飛び起きた。


 全身から汗がしたたり無意識のうちに喉に手をあてた。


 ――これは悪役転生だ。


 突如として蘇った前世の記憶――思い出せたのはゲーム知識、そしてフィアが推しだったことだけ。


 リグは汗を拭いながら記憶を整理する。気持ちを落ちつかせると豪奢なベッドを出て姿見のまえに立った。


 栗毛の髪に翠色の目をもつ7才の美少年が鏡にうつる。とても端正な顔だちではあったがリグはため息をついた。


「よりによってかぁ……」


 リグことリグレット=フロウレスは作中において、取って付けたような噛ませ犬キャラである。


 学園編でヘイトを貯めまくって主人公に模擬戦でボコられる。そのあと悪魔に体を乗っ取られて化け物となり、冒険編で主人公パーティーに魔物として屠られる。


 自業自得でありながらも可哀想なヤツであった。


 だが、そう悲観することもない。つねに傲慢で鼻につくキャラだったがリグレットには魔法の才能がある。しかも貴族でイケメン。


 心なしか大人びた思考と原作知識を手にいれた今、これだけの好条件が揃っていれば、破滅回避ぐらい余裕で出来るだろうとリグは思った。


 そうと決まれば思考を別へと向ける。


 もちろん推しのフィアについてだ。

 

 『XXXXXXXゼブンズクロス』の世界なのだから間違いなく彼女が存在する。いずれラスボスになってしまう推しヒロイン、フィア。


 ゲーム知識によれば、フィアは魔族でありリグや主人公たちと同い年である。フィアがラスボスとして運命づけられるのは12才の時。


 事の発端となる事件が起こるのは今から5年後のこと。フィアと主人公、各々に災厄が降りかかって物語は始まる。


 5年――それは長いようで短い。


 7才の子供が5年の努力で果たして何処まで強くなれるのか。12才となった少年に一体どれだけのことが出来るのか。


 しかもフィアとリグレットの間に関係性は全くなかった。


 漠然とした不安を抱えながらもリグは強く拳を握って決意した。



 ――そんなこと知るか、絶対にフィアを救ってみせる。



 リグはすぐさま行動に移った。右手をまっすぐ前にかざし叫んだ。


「ステータス!!」


 しかし、なにも起こらない。


(……あ、あれ?)


 恥ずかしさで頬を赤らめながらもリグは首をかしげた。


 アクションRPGの世界ならばステータスがあって然るべきはずである。


 掛け声でも違ったのかな、とリグはありとあらゆる方法でステータスの開示を試みる。


 だが、やはりなにも起こらない。否応なしにひとつの仮定に行きつく。


 この世界にはステータス、レベル、スキルが存在しないのかもしれない……。

 

 

◇◇◇



 リグは早速つぎの行動に移った。書斎へと足を運ぶ。フィアを救うための手がかりと、魔法についての知識を得るためだ。


 椅子を踏み台がわりに、めぼしい本を棚から取って机に積んでいく。


 フィアに関係しそうな魔族関連の本は見つからなかったので、とりあえず一冊の魔導書を開いた。


(よし、問題なく読める。ありがとセバス)


 7才のリグはまだ魔法の一切を学んでおらず、現時点でその才能は誰にも知られていない。


 また家庭教師を雇っていないため、執事のセイバスから読み書きを中心に学んでいた。


 数冊の本にざっと目を通したリグはあからさまに落胆した。


「やっぱステータスとかないのかぁ、参ったな……」


 仮定があっさりと結論に変わってリグは頭を抱えた。


 これは大打撃である。少なくとも戦闘についてはゲーム知識がほとんど役立たないと言ってるのに等しい。それでも腑には落ちた。ここが現実の世界として成り立っているのならば、ステータスやスキル、レベルはどうにもなじみが悪いのだから。


 残念に思いながらも仕方ないとリグはすぐに前を向いた。


 リグレットというキャラは風魔法を操っていたが、そこは原作どおりだろうか。


 書斎に置かれた魔導書のほとんどが風魔法に関するものだった。よってフロウレス家が代々、風魔法を司る家柄であるということが推察される。


(よし、ここは原作どおりっぽいな)


 リグは書物の内容をざっと読み流すと、風魔法が扱えるかの検証を始めた。


 入門書によれば、魔法は手のひらで行使することが基本の形らしい。体内を流れる魔力を一点に集め、指向性を定めることにより魔法として効力をもつそうだ。


(ま、とにかく実際にやってみるか!)


 右手のひらに力を込めてみるも、そう簡単に出来るはずもなかった。


 そのまま試行錯誤を重ねる。根気づよく続けていると手のひらがじんわりと熱を帯びた。


 米つぶ程度ではあったが、魔力と思われるものが手のひらに集まっていくのを感じる。


 リグは魔導書に書かれた通り、魔力に指向性を持たせることに集中する。


(まっすぐ飛べ――空気砲をイメージだ)


 すると魔力に明らかな変化が見られた。


(よしきたっ! あとは飛ばすだけ!)


 と、ここで重要なことに気がつく。今いるのは書斎であった。


 この魔法がどれだけの威力をもつのか分からない。


 にも関わらず、魔力に『まっすぐ飛べ』という指向性を与えたものだから、もう抑えがきかず、今にも魔法が発動しそうである。


 リグは慌てて窓を開けに行こうとするも、魔法が暴発しそうで動くに動けない。


 するとそのタイミングでガチャガチャとドアが開いた。執事のセイバスである。


「なんとリグ坊ちゃまが自ら勉強を!? ですがもう朝食のお時間、旦那様も待た――」


「セバス、これどうしよ!?」


「な、なななんですと!?」


 セイバスはリグが自力で魔法を覚えたことに驚嘆し目を見開く。


 それでもすぐに冷静さを取りもどして執事としての務めを果たす。


「私に向かって解き放って下さいませ。相殺致しますゆえ」


「ほんとに!? 助かるよ!」


 リグは手のひらをセイバスに向け魔力を解き放った。


 ――――!!


 それはセイバスのはるか想定を上回る速度と威力だった。


 油断していたセバスは慌てて風障壁を少範囲、最短で構築するもわずかに間に合わない。


「ぐぅぬぅううう!!」


 いなしきれなかった魔法がセバスを直撃する。


 風圧がセバスの髪をめくりあげると、無情にもそのヅラを吹き飛ばした。


 リグは唖然とした表情でセイバスの光り輝く頭皮を見つめる。


 生まれてずっと共に過ごしてきたセイバスがカツラだったことを初めて知った。


「……セバス、なんかごめんなさい」


「坊ちゃまは何も見ておりません。よろしいですな?」


「……はい」



◇◇◇



 朝食に向かう途中、考え込んでいたリグがふと口を開いた。


「セバス、僕って傲慢かな?」


「ははっ。何を仰られますか。幾分サボり癖はございますが、フロウレス家の立派な次期当主ではございませんか。今後50年は我が家も安泰ですな」


 セイバスはなぜか晴れ晴れとした表情をしていた。本心が語られていると感じたリグはリグレットという傲慢なはずのクズキャラへの違和感をおぼえた。


「そっかだよね。いつもありがとセバス」


「今日の坊ちゃまは随分とむずがゆいことを仰いますな。このセバス感激です。なにせリグ坊っちゃまは将来、大魔導師になられるでしょうからな」


「そう!? だったら今日からは魔法を教えてくれないかな!」


「はっ、仰せのままに」


 セイバスは迷いなく答えた。



 リグが努力の深みに足を踏み入れた瞬間である。


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