第3話 セイバスのこと。

 オレの名はセイバス=フロウレス。


 フロウレス本家の血筋であり、かつては次期当主にあって風魔法の天才だった。


 そんなオレが今ではその家の執事をやっている。なんの皮肉だろう。


 オレの人生が狂ったのは他でもない。魔法の属性に優劣なんてものがあるせいだ。


 ――風魔法は最下位の魔法。


 オレはそれが我慢ならなかった。次期当主として、風魔法の才あるものとして、決して看過できるものではなかった。


 魔法学園時代、オレは努力を欠かさず魔法研究にも心血をそそいだ。


 失われた古代魔法を参考に、既存の魔法体系にとらわれない斬新な風魔法をうみだした。その効果と有効性を訴えつづけるも状況はなに一つとして変わらなかった。


 学園や協会は権力に腐心し、オレみたいな変化を求める存在を極端に嫌った。


 だからオレは学園を卒業すると、ヤツらの手の届かない冒険者になることにした。風魔法の有用性を民衆を通して国中に知らしめるためだ。


 けどそれはフロウレスの家督を放棄することを意味する。次期当主が冒険者になるなど決してあってはならない。


 案の定、オレはフロウレス家から絶縁された。後悔などなかった。将来的にフロウレス家の立場がよくなればと、あの頃のオレは本気でそう思っていた。

 


 だが、結局オレは目標を成し遂げることが出来なかった。何もかもが中途半端のままに終わってしまった。



 なぜだ、なぜなんだ、どうして風使いばかりがこんな仕打ちを受けなければならない……



 後悔と挫折ばかりをのこし、年老いたオレは妻に説かれて冒険者をやめた。


 妻と隠居暮らしをしようとしていた矢先、フロウレスの現当主であるレスターに呼び出された。オレの甥にあたる人物だ。


 レスターは執事という名目のもと、息子の子守りをやれと言う。


 意味が分からなかったし、受ける気なんてサラサラなかった。


 妻に一応相談してみたら「ぜひともお受けください」と縋るように懇願されてしまった。


 そりゃそうなるのか。オレのせいで子供三人も冒険者になって、うち二人はあっさりと死んだ。オレがフロウレスの執事になれば貴族への復縁を意味する。上級国民になることができるんだ。可愛い我が子と孫の将来を思えば当然のことだろう。


 恥も外聞も捨て、オレは子守りを引き受けることにした。


 名をリグレットという。生まれてまもなく母を亡くし兄弟もいない。辺境伯の父は施政者として多忙だ。なのに、なぜか本館には乳母やメイドのひとりもいなかった。


 その子は女の子ように愛らしく、いつもオレにしがみついてきた。孫と同い年だったし、つい頬が緩んでしまうぐらいに可愛かった。


 数年を共に過ごしていくうちに、気付けばオレはぼっちゃまに自身の境遇を重ねていた。どれほどの魔法の素質があるか分からない。けれどオレみたいなクソな人生を送らせてやるわけにはいかない。


 せめてもと思い、魔法から遠ざけることにした。


 それが昨日、ぼっちゃまは自発的に書斎を訪れて魔法を唱えた。


 あの魔法を目の当たりにしてオレは震えた。


 心が打ち震えたんだ。


 一目見れば誰だって分かるさ。


 あれこそが真の天才だってな。


 自分のことを天才と称していたのがおこがましい程の才能だ。


 何ひとつ成せなかったオレだが、リグレット様ならば必ずやあらゆることを成し遂げられる。そう確信した。


 これは運命であり天命――――オレはリグレット様に自身の魔法を授けるために生まれてきたのだと。


 ようやく努力した意味を、価値を与えられたオレはリグレット様に心から感謝している。



◇◇◇



 修練場にて。


「ぼっちゃま! 魔力の指向制御がおざなりですぞ! しっかり分割しませんと!」


「分かってるよ! ってかこんなムズいやり方、書物にないけど!」


「当然ですな、わたくしが編み出しましたゆえ」


「すっごいなセバス!」


「ほほっ、褒めてる暇があるならば、キチンと覚えることです」


 セイバスは心踊っていた。本当にすごいのはリグなのだから。セイバスは風障壁を生みだし修得するのに二年の歳月を要した。リグはそれをわずか7日で形にした。


 それだけではない。リグはその才能を生かすだけの努力と精神力をも有していた。それでもまだまだ子供であり、


「も、もう限界……」


 すでにセイバスの3倍はある魔力すべてを使い果たしたリグは今日も床に突っぷす。そしていつものようにぼやいた。


「……セバスってさ、美少女メイドに変身できたりしない?」


 リグは率直に思った。なんか一日中ずっと男二人でむさ苦しいなと。あと屋敷にメイドさんがいないなぁと。


「おやおや、冗談を言う余裕があるようですな。ならば再開致しますぞ」


「あぇっ!?」


 セイバスはリグの肩に触れると、自身の魔力をリグに分け与えた。すぐに血も涙もない修練は再開されて限界まで続けられた。それでもリグが不満を抱くことは一切なかった。リグ自身がそれを望んだからだ。


 すべてを出し尽くし、セイバスにおぶられて修練場をあとにする途中、リグが不意に口を開く。


「惜しみなく教えてくれてありがと」


 リグは理解していた。セイバスがどれほどの労力を要し、新たな魔法を生み出したのかを。その手の内すべてを他人に明かすことがどれほどの意味をもつのかを。


 セイバスは驚きながらもなんとか平静を装う。


「いえ、すべてはぼっちゃまの努力と才能の賜物かと。我が愚息たちは最後まで覚えられませんでしたからな」


「そっか、家族の話なんて初めて聞いたよ。にしてもセイバスって身のこなしに無駄がないよね。執事になる前は何してたの?」


「……」


 セイバスは何も答えられなかった。冒険者だったなど口が裂けても言えず、けれどうまい嘘も思い浮かばない。


「僕もさ、冒険者になるよ」


「い、今、なんと…………」


 衝撃のあまりセイバスは足を止めた。


「強くなるための可能性はすべて試したいんだ」


 その言葉にセイバスは更なる衝撃を受けた。


 強さを貪欲に欲する姿勢。

 効率よく強くなれるのが冒険者という解。

 貴族の立場を失うことも厭わない想い。

 まるで自分の若かりし頃を見てるかのような錯覚。

 

 なによりリグの見据える目標がセイバスの遙か先にあることを感じた。


 セイバスの心中に様々な感情が渦巻く。


 ――興奮、戸惑い、嫉妬、渇望、憧憬、そして期待。


(リグ様なら、オレの悲願など意図も容易くやってのけるだろうさ……)


「うぅ……うぐっ、うっ……」


 もう、あふれる涙が止まらなかった。


 すると肩からすぅーすぅーと愛らしい寝息が聞こえてくる。


 セイバスはリグを起こさぬよう、震える声をなんとかおさえ歩きだした。



――――――――――――――――

あとがき


 リグにとってセイバスは親同然の存在になります。


 そして次話、サクッと一年が経って旅立ちます。


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