第14話 箱庭の主。

 ルーセント大森林は奥に進めば進むほどに魔物が強くなっていく。最深部にはSランク以上の魔物が存在するとの噂だ。


 なぜ噂なのか、それはギルドへの報告事例がまったくないからである。


 また、5等級の冒険者は森の入り口から一キロ先までしか許可されていない。 

 

 よってリグの作戦はこうだ。


 一度深部まで行ってS級モンスターと遭遇する。逃げる振りをして入り口付近まで誘いこみ討伐する。それが無理なら深部で倒し亡骸を入り口まで移動する。


 いずれにせよ他の冒険者に決して見られないよう細心の注意を払いながら事を進める必要がある。


 リグは索敵を最大限に拡げて森の奥へと慎重に分け入っていく。


 かれこれ二時間は経過しただろうか、辺りの雰囲気が一変した。


 より鬱蒼とした木々の高さが増し、日の光が届かずジメジメとした湿気を帯びる。


 低級の魔物の気配が一切消え、周囲を瘴気が漂いはじめた。


 ここはAランク魔物の棲息域であろう。


「ブラッド様、大丈夫ですか?」


「問題ないよ、治癒で中和できるレベルだから。クリスは?」


「身体を強化してますので」


「凄いね。そんなの初めて聞いたよ」 


「は、はい……」


 クラリスは魔族ゆえ瘴気を問題としない。咄嗟に嘘をついてしまい答えに窮した。


 けれどリグは気にする様子もなく前を行く。クラリスはホッと胸をなで下ろした。


 リグは索敵を使って魔物の縄張りと縄張りの合間を縫うように進んだ。テリトリーにさえ入らなければ、魔物は我関せずのようだ。


 じきに視界は開け、森は明るさを取り戻した。瘴気もすでに消えていた。


 ルーセント大森林の最深部――――そこは清涼な空気に満たされ、ため池は底を覗けるほどに澄んでおり、一面の芝は露を含んでキラキラと輝いている。


 中央に聳え立つ一本の大樹は黄金色の葉を茂らせ、神々しさを放っていた。


「……綺麗だね」


「……はい」


 足を止めた二人は思わず見惚れ、息を呑んだ。


 ここは禁足地――その神聖さもさることながら、Sランク以上の魔物ばかりが棲まう死地と言えよう。


 触らぬ神に祟りなしという言葉がまさに相応しい秘境であった。


 リグはその場を動けずにいた。


 凶暴な魔物の住処というよりは、まるで神の箱庭であって、その庭に土足で立ち入ってしまったような罪悪感を覚えたのである。

 

 するとリグの頭の中でメルが急に言う。


『んー? あれ、おっかしいなー』


 その言葉にリグは緊張を高めた。メルは今回の件に関してあまり乗り気ではなかった。


 普段リグのやることにまったく口出ししないメルが『えー、あそこかーうーん』と珍しく言葉を濁していた。そのメルがおかしいと言ったのだ、ただ事ではない。


「おかしいって?」


『随分と汚れてるんだ。なにか嫌な匂いもするし』


 リグはすぐさま纏う魔力を最大にし風障壁を展開する。察したクラリスも剣に手を掛ける。


 しかし何も起こらず索敵にも反応がない。


 二人は一切警戒を解かず、足を止めたまま周囲の気配を探った。


 すると突然、カサカサと音がした。


 淡い緑の毛先をまとった白うさぎが草陰から現れて、ぴょんぴょんと此方に向かってくる。


 リグは動揺を隠しきれない。


 目の前に迫ってなお索敵に反応がないのだ。


 つまりあのうさぎは実体ではなく虚像、あるいはジャミング、もしくは得体の知れない何かだ。


 うさぎは側までくるとリグの脳内に語りかけてきた。


『――愚かな人の子よ。わたくしの楽園になんの用だというのですか』


 その言葉は貴婦人のような気品さをもちながら確かな怒気を含んでいた。


 次の瞬間、至る所から魔物の殺気を感じ、クラリスが剣を抜く。


 リグの頭は錯乱状態であった。


 魔獣すら索敵に反応がない。


 気付けば、Sランク以上とおぼしき魔物10体以上に囲まれてしまっている。


 自分の稚拙な計画を悔いると共に、この状況をどう打開すべきか思案する。


 不確実性が高すぎる。できるなら戦闘は避けたい。対話は可能らしいが……


『やはり、わたくしの子たちに手を掛けつもりでしたか――』


 増した怒りに呼応するように、魔物達が唸りながら姿を現した。


 幻影魔獣ゲルニカを筆頭に錚々たる魔獣が等間隔でジリジリと距離をつめた。


 クラリスは小さく移動し、リグと背中合わせとなって剣を中段に構えた。


 彼女の表情は硬い。


 (魔獣一頭一頭なら勝てるかもしれない。だが白いうさぎの強さが未知数。しかも違う種の魔獣が徒党を組むなど聞いたこともない。連携されれば勝機は薄い……)


 ――いずれにせよこの命はリグ様のために。私は主の命に従うのみ。


 すると白うさぎが嘆息しリグに語りかける。

 

『風の加護を受けながら嘆かわしいものです。なにか弁明でも?』


「ありません。僕たちはどうすれば許されますか?」


『おやまぁ、殊勝な心掛けは美徳です。なれば――』


 白うさぎの声色がわずかに明るくなって交渉が進みかけたその時、リグの肩に小鳥が顕現して鼻で笑った。


「あははっ、黙って聞いてればそれはないだろうフロミス」


『……レ、レイメル、なぜ貴方がここに』


 白うさぎは一転、狼狽して声が上擦り苦々しいものに変わる。レイメルは続けた。


「そんなことはどうだっていい。ただ一つ言えるのはキミが明らかな一線を越えたという事実だけだ。それこそ弁明は?」


 …………。


「随分と墜ちたじゃないか。力を行使し人の子を謀ろうだなんて。恥知らずもいいとこだね。たかだか庭を荒らされたぐらいでさ」


『……貴方にわたくしの何が分かるというのですか?』


「分かるも何も数百年ひきこもって庭いじりしてただけじゃないか。まだ根に――」


『うるさいうるさいうるさいっ! もう聞きたくありません!』


 周囲の魔獣たちが殺気だち、今にも飛びかからんばかりに唸りをあげる。


 リグとクラリスは一触即発に備えながら動向を見守る。


「はぁ~、相変わらずの癇癪もちだなぁ。一つ忠告しておこう。キミがこの子達に手をだすならボクが容赦しないよ」


「――!? 本気で言ってるのですか」


「もちろんさ。ついで言うならボクが何もしなくてもキミは負けるよフロミス」


「……なんの冗談を」


「冗談じゃない客観的事実さ。キミが交渉を急いだ時点で底は見えていた。リグにクラリスってば強いよ? なにせ病的な――あ、痛っ! なにするのさリグ!」


 リグがレイメルのオデコをツンしたのだ。迂闊にも本名をバラされ病的と評された。もう我慢の限界であった。


 口を滑らせたことに気が付いたレイメルは慌てたように羽をパタパタさせて目を彷徨わせる。


「えっ!? あ、いや違うんだよ、今のはね――」


 リグとクラリスの冷ややかな視線に窮した小鳥はそのまま姿を消す。

 

 リグは仕切り直すことにした。


「ここで魔獣を狩ろうとしたのは事実です。改めてお詫び申し上げます。何か事情がお有りのようですね。宜しければ話してくれませんか。何かお手伝いできることがあるかも知れません」


 白うさぎは力無く視線を落とすと、周囲の魔獣たちは心配そうに地に伏せて待機した。


 フロミスが事の経緯を語り始める。



――――――――――――――――――――

あとがき


次話、リグの騎士ことクラリスが活躍します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る