第13話 常識の枠外にて。
クラリスは呆気にとられていた。
リグはただ言われた通り剣を振るっていた訳ではない。
そのままでは役に立たないことを理解し、どうすれば使い物になるのか思考し実践していた。
リグは身体に纏っていた風魔を剣にも纏わせた。予想通り剣の重さは軽減され、子供の腕でも充分に力強く剣を振れるようになった。
それに飽き足らず、剣をまとう魔力に逆噴射の指向性をもたせて推進力も得た。
さらに切れ味が増すよう刃の部分の魔力を研ぎ澄ましていく。
同時に二つ、三つと緻密な魔力制御を容易くやってのけるリグを見て、クラリスは愕然とした。
「……リグ様、一度お手合わせ願います」
「あ、はい。こちらこそ」
一礼し、二人は剣を交える。
クラリスはリグの剣を軽々と受け止めるも、背筋にゾワリとしたものが駆けぬけた。
――異質。あまりに常識の枠を外れた剣。
触れた瞬間はまったく重さを感じなかった。そこから一気に重さが加わる。付された魔力の量だけ重くなる。
この仕組みなら、身体強化と違って直接魔力を剣に乗せられる。
風特有の力なのかも知れない。
くわえリグは膨大な魔力量と緻密な制御能力を有していた。
これは絶対に化けると確信したクラリスは興奮する一方、焦燥感にも駆られた。
(私はリグ様の剣なのに、いつか必要とされなくなる日がくるのでは……)
するとリグが見透かしたように言う。
「クラリスはもっと強くなりたくないの?」
クラリスはハッと目を見開く。現状に甘んじた時点で成長はないのだと。
狂気をコントロール出来たことで、どこか満足していた部分があった。
リグの騎士であり続けるには更なる成長と力を模索する必要があると、クラリスは認識をあらためる。
ゆえにクラリスは全力をもって弟子の剣を弾き返した。
吹き飛ばされたリグはとても満足げに笑っている。
底の知れない主を目の当たりにし、クラリスも昂ぶり髪と目を紅く染める。
手合わせはそのまま延々続いて、リグがぶっ倒れるまで行われた。
クラリスは我に返ると意識のないリグに謝り倒した。
帰り道、クラリスは背におぶったリグの寝顔をみて幸せを実感する。
「ふふっ、リグ様は寝顔も可愛すぎますね」
宿に戻るとちょっとした問題が起きた。
二人とも汚れていた。一緒に汗を流そうとクラリスは服を脱ぎ、リグの服も脱がした。「お風呂に入りますよー」と起こそうとしたその時、
「……えと、その、弟でしたね」
一瞬パニクるもクラリスがリグの性別を気にする様子はない。相手は8才の子供だ。
ただし、勝手に裸を見たことがバレては嫌われてしまうのではないかと思い、結果として妹設定を押し通すことに決めた。
本音をいえば、今後長らくリグに抱きつくためには妹設定が好都合だと、騎士にあるまじき打算も多分に含んでいた。
「ふっ、ふふ……」
そこに一羽の白い小鳥が現れる。
「初めましてー! ではないんだけどね。ボクはレイメル。随分と悪い顔してるねクラリス。ボクは楽しいことがだーい好きなんだ、一枚噛ませてよ」
「…………申しわけありませんでした」
よく分からないが、とりあえず頭を下げて謝るクラリスである。
◇◇◇
翌朝、クラリスは恨みがましい目でリグとメルの背中を見送った。
今はまだクラリスを冒険に連れて行けないとハッキリ断られてしまった。
理由は主に二つ、一つはクラリスが強すぎてリグの成長の妨げになること。
もう一つはクラリスに身分を証明するものが何もないこと。
クラリスは冒険者ギルドでクリスと名乗り、ブラッドの姉であると言った。
冒険者登録をして嘘であることが明らかになれば二人ともブラックリストに乗ってしまう。
思えば、人の地に来てからずっと彼女は身分を証明するものを持っていなかった。
やはり自分は魔族であって忌み子、人にはなれない。
それにクラリスは魔族であることをリグに話せていない。魔族と人族は冷戦状態にあり互いを憎み嫌悪している。もしも嫌われてしまったら。
また、リグが貴族であることを聞かされたことで余計に言えなくなってしまった。立場上、自分の存在が迷惑になってしまうのでは。
後ろ向きな考えが一瞬、脳裏をかすめる。
それでも、リグの無邪気な笑顔を思いだしてすべてを打ち消す。
――そうだ、やるべきことをやろう。リグ様の剣であり続けるために。
クラリスは前だけを見て修練に向かう。
◇◇◇
10日が経過し、リグは悩んでいた。
5等級以降、昇級の条件が急に厳しくなった。4等級になるには最低でもあと一週間はかかる見込みである。
クラリスの身分が宙に浮いたままなのも良くない。
一度、家に戻ってクラリスのことを父にお願いしないとならないが、リグが冒険者として満足な功績をあげたとも言いがたい。
セイバスのためにも手土産に一等級まではあげたいところ。
そこでリグは新たな一手に打って出ることにした。
偶然を装って高難度の魔物を討伐し一気に等級をあげる作戦である。
今までは敢えてそれをしなかった。
例外規定であるため、冒険者ギルドとの信頼関係を構築しなければ等級は上がらないし、危険人物として国に通報される恐れもある。
最近、担当のレィティはリグの実力に太鼓判を押してくれ、よく話しかけてくれるようになった。リグの勤勉さも相まってか、他のギルド職員の目の色も明らかに変わった。パーティーに誘われることも出てきた。
頃合いだ、とリグは行動に移す。
「クラリス、今日一緒にどうかな? 大物狙いなんだ」
「――はい! それはもうよろこんで!」
待ち侘びたクラリスは喜びを爆発させた。
リグは一度冒険者ギルドに行ってから、街の外でクラリスと落ち合う。
「では参りましょう、ブラッド様!」
「うん、行こうかクリス」
外では万が一を想定し常にお互いをブラッド、クリスと呼ぶことに決めていた。
秘めごとみたいで、クラリスは内心嬉しかった。
二人は目にも留まらぬ速さでルーセント大森林を目指す。
5等級になったリグは正式にルーセント大森林に入れるようになっていたのである。
――――――――――――――――――――
あとがき
鬱展開はありませんのでご安心ください。
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