大森林調査編

第12話 剣を持つ。

 朝方、リグはなんとかしてベッドから抜けだした。


 脇あたりを手で押さえ治癒魔法をかける。あばら数本をやれてる。


「どうしよ、バーサーカーに殺される……」


 ベッドですやすやと気持ち良さそうに眠るクラリスを見て、リグは本気で思った。


 痛みで目が覚めたらなぜか下着姿のクラリスに抱きつかれていた。ベッドが二つあるにも関わらずだ。


 彼女が未だリグを女の子と勘違いしてるせいかもしれない。


 にしたってクラリスの抱きしめる力は半端ではなかった。


 着痩せするクラリスの身体は艶やかであったが、リグは恐怖しか抱けない。


 すると突然、頭の中で声が響く。


『ふっかーつ! リグってばモテモテだね。おはよー』


 光精レイメルはすこぶる元気であった。リグは安堵しながら礼を言う。


「メル、クラリスのこと本当にありがとう」


『ふっふーん。どう致しまして。リグはこれからどうするの?』


「クラリス相手とはいえ接近戦が明らかな弱点と分かったから。冒険者の等級をあげつつ、今日から剣を習うことにしたよ」


 もっと強くなれるかもしれない、とリグが興奮を抑えきれずに言うと、


『へ、へぇ……なんかもう病気の域だね』


 レイメルは復活早々げんなりした。


 昨日の今日で殺されかけた相手から剣を学ぶとか、しかも嬉々として言うあたりリグこそバーサーカーなんじゃないの、とレイメルは本気で思った。


 病的と言われリグは少しムッとしながら着替えを済ます。


 リグにだって考えがあってのこと。ブラッドはゲームで剣を一度たりとも握っていなかった。つまりは剣を扱えないはず。


 それを会得できれば、シナリオブレイクに繋がるかもしれないのではと。


 なによりリグは剣を握ってみたかった。剣には冒険のロマンが詰まっている。


 リグは置き手紙をして宿を出た。冒険心がうずいて仕方ないリグは寝坊したクラリスを待ってはいられない。


 ギルドに着くと何やら冒険者たちが騒がしい。ライオネグの一件で持ち切りのようである。


「おい、聞いたかよアレ」

「うん、全員死んだらしいよ。可哀想にね」

「はぁ? どこかだよ。黒い噂あんの知ってんだろ?」

「オレはぜってぇ見せしめだと思うな」

「だよねー、きっと踏んじゃいけないもの踏んだんだよ」


 ――なるほど、頭を失って梯子を外された訳か、世の中世知辛いな。


 そう思ったリグだが同情などなかった。自業自得である。昨日の件など何もなかったような顔してクエストを受注し街を出る。


 昨日一日潰れたせいで予定が狂ってしまった。これからは剣を学ぶ時間も確保しないといけない。


 ――もっともっと、もっとペースをあげないと、そうもっとだ。


 リグは限界速度で草原を疾走する。


 強迫観念ともいうべきリグの思考に、レイメルは呆れたように笑うしかない。

 

 本日、リグが対峙するのはクリムゾンウルフ、Dランクの吸血魔獣である。


 Dランクの魔物のなかでもかなり上位に位置しており、しかも群れで行動するため、昇級にはもってこいであった。


 藪の中、リグは二頭のクリムゾンウルフを背後から風刃一発で仕留めるも、潜んでいた群れに囲まれる。


 リグはあえて接近戦でクリムゾンウルフ達に挑むことにした。


 できるだけ自身を追い込み魔力総量の向上に繋げるためだ。距離をとっての狙撃では意味がない。


 リグはぐっと地面を踏みこみ上空へ跳んだ。四頭のクリムゾンウルフが牙を光らせ、ほぼ同時に跳ぶ。


 噛み付き攻撃を仕掛けるクリムゾンウルフ達に対し、リグは球状の風障壁を展開して牙をへし折る。


 怯んだクリムゾンウルフたちの喉に風矢を突き刺し、その命を刈った。


 リグは華麗な着地を決めると、滑るように水平移動を始める。


 魔物の群れは完全に陣形を崩して逃げまどう。


 圧倒的な速度を持つリグに対し背を向けた時点で、勝負は終わりを告げたに等しい。

 

 リグは難なく残りの命すべてを刈ると、ギルドに指定された部位を剥ぎとって新たな群れを探す。

 

(ウルフ、ウルフウルフウルフウルフウルフウルフウルフウルフウルフ……)


 延々ウルフウルフ頭の中でつぶやいて徘徊するリグに、メルは思う。


 ――君、もう病気だよ……。



 午前中に六等級の昇級条件を満たし、予定より早く目標に達したことでリグは満足げにギルドに戻った。


 すると担当のレィティが困った顔して駆けより、別室へと案内された。


 そこでクラリスが目を赤くしてしょんぼりしていた。もはや迷子の子供であった。


 クラリスはリグを探しに冒険者ギルドを訪れたが、ギルドの守秘義務によりブラッドがどこに行ったか教えて貰えなかったらしい。


 リグはクラリスに対してブラッドという偽名で冒険者をやっていること、自分が貴族であることをちゃんと伝えてある。ただし、リグはまだ本当の顔を明かせていない。クラリスが黒目黒髪がお揃いで姉妹みたいだと嬉しそうだったからだ。


 リグは風魔を纏い覚悟を決めてからクラリスの肩をたたく。


 クラリスは顔を上げてリグを見るなり思い切り抱きついた。


 ――うぅっ!? だから力の加減を考え、て……


 リグの切なる思いをよそにクラリスは満足するまでリグを離すことはなかった。



◇◇◇



 勝手にいなくなったリグにも非はあったので、クラリスとお手々を繋いでお昼ご飯と買い物をすることに。傍目には黒目黒髪の美人姉妹である。


 クラリスは気を良くして服屋に入った。お互いみすぼらしい格好であった。


 リグは六等級に上がったことで、相応の服が必要と言われたので丁度よかった。


 Dランクの魔物の単価は高くないものの大量に討伐していて、今日のリグの懐はそこそこ温かい。


「好きなものを買っていいよ」と伝えるとクラリスは遠慮して首をブンブンと横に振るも、その目は爛々と輝いていた。


 リグはスピード重視で魔力を纏って戦うスタイルのため防具を必要としない。出来るだけ可動域が広くて動きやすい紺の冒険服をすぐに選んだ。


 年頃のクラリスは服を取っかえ引っかえして選び、楽しそうにリグに訊いてくる。


 リグは不満も見せずクラリスに付き合った。


 内心では早く剣が握りたいなぁと思いながらも、レイメルに『そういうとこだよリグ』と釘を刺されたのでもう何も言えない。


 小一時間ほどして店を出た。


 クラリスは何度もお礼を言ったがまったく返事がない。不思議に思いリグの顔を覗くと、その視線は武器屋に釘付けであった。


 クラリスの頬が不満そうにぷくっとふくれた。せっかくのリグとの買い物デートから一気に現実に引き戻されてしまった。


 それでも充分に幸せな時間を過ごさせてもらえたとクラリスは頭を切り替える。


「剣を選びましょうか」


「えっ!? は、はい先生!」


 先生と呼ばれたクラリスの背中に電流が走った。悪くない、と口許がニヤける。


 クラリスが試しに模造剣を選ぼうとすると、リグは残念そうな顔して肩を落とす。


 クラリスは横目でクスッと笑った。まるで昔の父と自分を見ているようでくすぐったかった。


 スピード重視のリグにはこれだろうと、クラリスは細身の剣――サーベルを手に取って軽く振って具合を確かめる。問題ないようでリグに手渡した。


 予算内に留めるのに一番安いランクのものであったが、リグは大喜びで会計を済ませると、クラリスの服をクイクイと上目遣いで引っ張った。


 クラリスは困ったような嬉しいような顔で言う。


「では早速始めましょうか」



◇◇◇



 人気のない平原、爽やかな風を浴びながらリグは剣を振るう。

 

 構え、重心、力の伝え方、クラリスに教わりながらひたすら剣を振った。


 リグの素質の高さと呑み込みの早さにクラリスは目を見張った。ゆえに歯がゆく残念に思った。


 リグは風属性のために身体強化ができない。


 剣をいくら上達させても、身体強化できなければ実践では使い物にならない。


 その努力が実を結ぶことはないだろう。


 クラリスは常識的にそう思っていた。



 ――――つい先ほどまでは。





――――――――――――――――――――

あとがき


今話含めて中盤は六話。そのあとクライマックスの終盤が始まります。

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