第11話 剣となり盾となる。
クラリスの気持ちが落ち着くまで、リグはその身体を預けた。
すでに日は暮れ、月が夜を照らしている。
落ち着きを取り戻したクラリスは申し訳なさそうにリグから離れるとその黒い目を下に向けたが、すぐに我に返った。
「リグ様、ここにいては危険です! 追っ手の可能性が!」
「一応、痕跡は消したし宿も変えました。それでも万全とはいえない。なのでこれから行ってきます。クラリスには留守――」
「なりません! 私はリグ様の騎士、いついかなる時も貴方のお側に!」
クラリスは地に片膝をつけ頭を垂れた。
忠誠を誓うその姿は高潔な騎士そのものだとリグは思った。
「これから先、また血を見るこ――」
「一切問題ございません。何卒私をお連れ下さい」
「そうか、じゃあ共に行こう」
「はい、貴方様のお心のままに」
クラリスの覚悟はとうに決まっていた。
むしろリグの人の変わりように驚いた。冷徹さと怒気を含んだ声音。リグは間違いなくクラリスのことを思って怒っている。
理解したクラリスの胸が熱くなった。
――リグ様の剣となり盾となろう。
誓ったクラリスの髪と目が紅く染まる。
だが、その心が狂気に染まることはない。
†††
薄明かりの下、二つの影がライオネグの屋敷に伸びる。
二人は黒い外套に蒼い仮面という出で立ちで、正門から堂々と侵入した。
それはセイバスが持たせたものであり、こういったトラブルは折り込み済みだ。
リグは索敵で周囲を警戒し、魔力を全身に纏わせる。
クラリスは大剣をガラガラとわざと引きずって注意を自分に向けながら、敵の出方を窺った。
クラリスが屋敷の扉を蹴破ったと同時に、戦いの火蓋が切られる。
赤い炎が風に乗って濁流となり二人を襲う。頭上からは落雷が降り落とされる。
氷の槍が雨あられのように降り注ぎ、地面からは無数の棘が隆起した。
あらゆる魔法が容赦なく二人を呑み込んだ。
爆風、閃光、轟音が屋敷を揺らし、煙があたり一面に立ち込めた。
だが、煙がうすれると屋敷に戦慄が駆け巡った。
二つの影はまったく微動だにしていない。
背の高い侵入者が盾となり、すべてを弾き返したように見える。
その影が腰をかがめて大剣を構える。
流れるような所作で剣を横に振るうと、地に隆起した棘すべてが切り取られた。
それらは宙に浮き、その先端がなぜか不自然にくるりと横を向く。
「避けろぉおおおおおお!!」
異変に気付いた者が叫ぶが、すでに手遅れであった。
射出された棘は彼らの頭を打ち抜き、脳を揺らして意識を刈り取った。
威力は抑えてある。リグは無差別に人を殺すことはしない。
クラリス同様、操られている者の可能性を考慮した。
二人は何事もなかったように歩を進める。
目的の場所は最上階、そこに不穏な気配を感じる。
階段をあがり廊下を抜け、つきあたりの扉を蹴って開けた。
背の高い痩せた男が青白い顔を気味悪く歪ませていた。
「ククッ。まったく腑抜けどもめが。まぁいい。最高の傀儡が手に入るんだからな」
「どうして逃げなかったのですか?」
「……あ? 冗談ぬかすなガキ風情がぁアアア!」
不意に男の両手から黒い霧が噴出した。精神汚染の闇魔法か。
リグは風障壁で霧の侵入を阻むと同時に、風圧で窓を破壊する。
更に上空に風砲を放って、天井を突き破り空気の流れを作った。
黒い霧は完全に排出され、屋内における男の利点を潰した。
「……チッ、おいガキ、名は?」
「死にゆく者が知る必要はありません」
「ククッ……ほざけェエエエ!!」
荒々しい言葉とは裏腹に男の動きは冷静であった。
壁や床に魔法が無数に仕込まれており、数百にも及ぶ黒い蛇が現れて全方位から二人を襲う。
だが、クラリスが目にも留まらぬ剣戟でそれらを切り捨てる。
狂気を受け入れたクラリスの思考は澄み切っていた。
その剣はリグと対峙した時より数段あがっていたのだ。
男の顔がわずかにだが引き攣る。
「どうしましたか? もう終わりですか?」
「クッ、クククッ、まだに決まっ――うぐっ!?」
男は急に喉を押さえ苦しみだし膝を落とす。
「ん? どうしました?」
「き、貴様、一体何を……し、た」
「さてなんでしょう。酸欠かなにかでは? それより聞きたいことがあります。人体に刻まれた蛇の紋章ですが誰の術でしょうか?」
「……あ? 俺に決まって、る」
「なるほど。にしては弱すぎますね」
「……ほざ、け」
「そうですか。ではさようなら」
リグがとどめを刺そうと手を翳すも、すでに男の首は刎ねられていた。
「主様のお手を汚すわけには参りませんので」
クラリスは剣を振って血を払うと鞘に納めた。
リグを攫おうとしたのはこの男で違いないだろう。ひとまずの解決を見たと言っていい。ただし以前ストーキングしてきた男の姿はなかった、逃がしたか。
「一階の者たちは如何いたしましょうか?」
リグは床にのびた連中の腹をめくって確認するも呪いの類いは見当たらなかった。さきほど術者を殺したために呪いが解かれたのか、それとも元々なかったのか。
頬を叩いてもまったく目が覚める様子もなく、彼らに悪意があったのか判断がつかない。
クラリスも操られていた時の記憶が曖昧らしいので、リグは「このままで構わない」と答える。
どのみちあの程度の脅威、恐るるに足らず。
もし今後も命を狙うようならその時はクランごと殲滅するとした。
◇◇◇
変装を解いたリグたちは宿へと引き返す。
クラリスは晴れやかな表情で夜空を見上げ歩いた。
時折チラチラとリグの手元を見る。
察したリグは手を差しだす。親しみを込めて言った。
「これからよろしくね、クラリス」
「は、はい、リグ様!」
クラリスはパッと満面の笑みを咲かせてリグの手をぎゅっと握る。
その手をしっかりと繋ぐと黒髪をなびかせ、リグの歩幅に合わせ歩く。
うれしそうに微笑むクラリスの横顔は狂おしいほどに可憐だった。
――――だが二人はまだ知らない。本当の黒幕が誰なのかを。
――――――――――――――――――――
あとがき
次話から第一章の中盤に入ります。
章の終盤では怒濤の展開もあります(主観)のでお楽しみに!
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