第10話 忌み子。
私は魔族であり、“忌み子”である。
たくましい角、猛々しい牙、美しい翼、艶のある鱗、魅惑的な尾など――魔族であればどれか一つは必ず持って生まれてくる。
魔族の証であり、アイデンティティ。
そんな特徴を一切持たない、穢らわしい人族とまるで区別のつかない魔族を忌み子という。
忌み子は災厄をもたらす存在と信じられていた。
辺鄙な村で、私はそんな忌み子として生まれ落ちた。
三歳までは牙が生えたり角が生えたりする可能性もあったが、結局それもなかった。四歳を待たずして私は野山に捨てられた。
殺されなかったのは習わしか、呪われないためか、罪悪感からくるものなのか。
私は愛してくれなかった両親を憎み、村を憎んだ。
するとボサボサの黒い髪が紅く染まり、視界まで赤く染まった。
この時、初めて心のなかに狂気が生まれたんだと思う。
狂気に満ちた子は、なんの運命か人族の手によって救われ命を繋いだ。彼はイルシュ=スカーレットといい、私の唯一の親にして神であった。
父は私を本当の子のように愛し育ててくれ、クラリスという名を与えてくれた。父は剣士であり師として厳しく私を鍛えた。私に剣の才能があると褒めてもくれた。
父との日々は幸せそのものだった。狂気はいつしか消えうせ、その幸せはいつまでも続くと信じていた。
そして私が15になって新たな流派を立ち上げようとした矢先――――
最愛の父は殺された。
長らく眠っていた狂気が目を覚ます。
赤く染まる視界のなか、父を殺した者全員を一心不乱となって斬り殺した。
すべてをやり終え、父の墓前に手を合わせた時、私は生きる意味をなくし気を失った。
目を覚ますと、なぜかお腹に黒い蛇の紋様が刻まれていて私の狂気を増幅させた。
誰とも分からぬ者に指示され、言われた通りに人を殺めてしまう。
人を殺すたび、親に捨てられ父を殺された怨嗟が増し、さらに狂気が増した。
同時に自我と感情を失っていった。
何度かそれを繰り返すうち、心の奥底から微かな悲鳴があがった。
――このままじゃ忘れてしまう。穢してしまう。
――大好きだった父のこと、父に学んだ剣のこと、父がくれた大切な名前さえも。
靄がかかった思考の中、新たな命が下る。
幼い冒険者をひとり攫ってこいとのこと。
なんの感情も湧かないまま、私は命ぜられるがままに彼女を襲った。
彼女はとても強かった。
結果、私は負けた。
ようやく死ねる、父のもとに逝けると思った。
けれど、今までの自分の行いに鑑みれば、どう考えても父には逢えない。
そう思うと怖くて怖くて身体が震えた。
すると私の頭の中で声が聞こえた。
『うんうん、今まで本当によく頑張ったね』
(……誰? けど私はお父さんにもう――)
『逢えるよ、ボクが保証する』
(ほんとうですか? 本当に逢えますか?)
『死ねば逢える、それは間違いない』
(じゃあ、早く死なせ――)
『けどね、これからの人生、すっごく楽しいのになぁー勿体ないなぁー』
(そんな訳ないです。だって――)
『そんな訳あるよ、最高に決まってるさ! だってあの子がいるんだから!』
(…………?)
『まぁ、それは君自身が決めることだけどね。お父さんにはいつだって逢える。それは約束しよう。だから君は君なりに、まずは恩を返してみたら?』
(……恩 、ですか?)
『そうさ。君がまだ生きているのなら救ってくれた人がいるはずなんだ。かつてお父さんが君を拾い育ててくれたようにね』
(――!? なんでそれを!)
『もうこれで大丈夫。ボクは疲れたから少し休むとするよ。あとは自分で決めるといい。それじゃあまたね』
そのまま私は眠りについた。
久々に、本当に久しぶりに穏やかな眠りにつけた気がした。
手が温かくて、身体が温かくて、心がとても温かかった。
目が覚めると靄は晴れ、狂気は消え、視界は澄みきっていた。
目の前にはとても綺麗な黒目黒髪の女の子が私の手を優しく握ってくれていて、そのおかげで温かかったのだとすぐにわかった。
私はそんな彼女を攫おうとしたのか。
もし攫っていたら彼女はどんな目に遭っていたか。そう考えると恐怖と申し訳なさで心が一杯になった。
彼女は私の顔を心配そうに覗いて訊いてくる。
「お怪我はありませんか? 大丈夫ですか?」
「もう大丈夫です。本当に申し訳ありませんでした」
頭を下げると彼女は一転して笑顔に。ちょっといたずらっぽい笑顔がすごく可愛いらしい。そんな彼女はまくし立てるように言う。
「本当に良かったです。僕の名前はリグって言います。よろしければ僕の騎士をしてくれませんか、あ、メイドでも構いませんので。それからそれから、できたなら剣を教えて下さい……いえ、あのっ! 是が非でも教えて下さい! お金ならいくらでも弾みますので!」
「ぶふっ」
私は思わず吹き出してしまった。
小さな子供が身振り手振り、鼻息を荒くして私を買収しようとしている。しかもあれだけ強いのにもっと強くなりたいとか。
これを笑わずにいられるだろうか、無理だ、私には絶対に無理だ。
そこでふと気がついた。
父が死んで以降、初めて笑ったことに。
あぁ、夢のお告げの言う通りかもしれない。これから楽しい人生が待っている。
不満そうに顔をしかめる女の子の頭に、私は手を乗せると迷わず答えた。
「私はクラリス=スカーレット。是非ともお願いしますリグ様。妹が出来たみたいで嬉しいです」
すると彼女は顔を真っ赤にして言った。
「僕、男なんですけど!?」
「ふふ、冗談がお上手ですね」
とても愛嬌があって慈悲深い主人に出逢えた。
また生きる理由を見つけられた。
――お父さん、もう心配いらないからね。
私はリグ様を抱きしめ笑った、そして泣いた。
――――――――――――――――――――
あとがき
いずれ最狂となる少年、その騎士はバーサーカー(狂剣士)です。
次回、リグがクラリスのために動きます。
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