第9話 最凶のバーサーカー。

 バーサーカーの振り下ろしの一撃――リグは半身となって紙一重で躱した。


 空を切った大剣が地面をえぐり、轟音と共に砂けむりが舞う。


 その威力を目の当たりにしたリグは飛び退きながら思った。


 (あぁもう! セバスの嘘つき!)

 

 セイバスは柔よく剛を制すと言っていた。だが、このバーサーカーは柔も剛も兼ね備えている。こんなの聞いてないし知らない。


 細い腕から想像しえない膂力があり、かつその動きは流麗でしなやかだ。


 それでも『血塗れのバーサーカー』は魔法らしい魔法を使えない。


 使えるのはごく単純な身体強化のみだけなのだが、このバーサーカーの場合、その身体強化の度合いが常軌を逸していた。


 人の許容をはるか超える身体強化によって、爆発的な力を生み出している。


 バーサーカーの肉体の硬さを鉄の塊にたとえるなら、リグは絹豆腐であった。


 リグが身体に纏わせた『風魔』は高密度の魔力層であり、主に瞬発力を上げたり面による衝撃を防ぐためのもの。身体は絹豆腐のままであって剣との相性は最悪だ。


 その切っ先がかすっただけでも、リグの肉体は容易に爆ぜるだろう。


 リグは距離をとっての戦いを得意とする。近接タイプ相手には特にだ。


 だが、今回はそれも叶わない。


 バーサーカーはリグと同等の移動速度をもつ。リグが間合いを取ろうとすれば、その分だけバーサーカーが詰めてくる。


 追う側と追われる側、複雑な動きを要するのは常に追われる側であり、しかも人間の目は横に付いていない。背を向けるなど愚の骨頂であった。


 リグは逃げることを諦め、バーサーカーの猛攻を躱すことだけに専念し全神経をそそいだ。


 上段からの逆袈裟――間髪なき斬りあげ――刺突の十連撃――突貫からの薙ぎ払い。


 放たれる剣技すべてが必殺であり非の打ち所がない。そのすべてを全力でなんとか躱し後退しながら、リグは反撃の糸口をさがす。


 すると違和感をおぼえた。


 バーサーカーの剣の軌道はつねにリグの身体の中心軸からズレていた。


 さらに違和感は膨らむ。


 バーサーカーでありながら殺気を感じない。それはまるで殺すことを意図していないような……



 ――生け捕りにすることが目的か!? バーサーカーが人を殺せないなんて角落ちもいいとこ、ならっ!



 バーサーカーの薙ぎの一閃――その軌道上にリグはあえて心臓を差し出す。


 無だった少女の目がわずかに見開き、すんでで剣の軌道が上方へと変わる。


 生まれたほんの一瞬の隙。リグは絶対に逃してなるものかと食らいつく。


 無理に逸らした剣の軌道上に、渾身の風矢を放った。


 命中した剣はいなされ、バーサーカーの右腕が上空へと持っていかれる。


 重心を崩したバーサーカーに、リグはすかさず間合いを埋める。


 回避不可能、ゼロ距離から風刃を放った。


 ただし、バーサーカーの鉄塊のような肉体では風刃は恐らくかすり傷程度でしかない。だから唯一弱点ともいうべき目を狙った。


 正確無比に放たれた風刃は、バーサーカーの両目を同時に摘み取った。


 視界を失ったバーサーカーは地面を転がってもがき苦しむ。


 それでも矜持だろうか、声は発さない。



 ――――勝負はついた。



 リグはすぐさま思考を先へと進める。


 彼女を殺すべきか、生かすべきか。


 殺すのは容易い。


 身体強化は主に皮膚や筋組織を強化している。眼への攻撃が有効であったことからバーサーカーも例に漏れないだろう。


 その開いた口、あるいは目に、風弾をありったけ撃ち込んで内から壊せばいい。


 だが、『血塗れのバーサーカー』はシナリオ上重要な役割を果たす。


 主人公パーティーと遭遇すると問答無用で戦闘不能に陥らせ、パーティーは崖から滑落する。落ちた先で初めてフィアと出遭うのである。


 しかしどうだろう、彼女は脅威であり狂気だ。


 そのイベントが起こるのは7年後のこと。


 今、放置すれば更なる狂気と成り果て、手の付けられない存在となるはず。


 今回は好条件が重なったことで、リグはたまたま命を拾ったに過ぎない。


 それに最悪、彼女の役割は自分が変装してこなせばいいだけ。


 この物語に彼女が必要とは思えない。


 リグはそう結論づけると冷たく見下ろし右手を翳した。


 その手に魔力を込める。


 足下には目を押さえ苦しむ十代中頃とおぼしき、か弱き少女が映ってみえた。


 その華奢な身体は死を予感してか、生にしがみ付くように小刻みに震えている。


 リグは奥歯をギィと噛み、つばを飲みこんだ。思えばこれが初めての人殺しである。


 リグは固い決意をもって風弾を最大出力で解き放った。



 ――――――――!!



 それが少女に当たることはなかった。


 かわりに追っ手と思われる男への威嚇射撃となる。


 男は勝ち目がないと悟ったか、その場を後にした。


 一連の行動を見届けたレイメルがリグの肩に現れ、厳かに言う。


「その行いは尊うべきもの、ボクは賛辞を惜しまない。なれば祝福を与えよう」


 レイメルは震える少女に飛び移ると彼女の上着をめくる。


 露出した腹部には禍々しい黒い蛇の紋様が刻まれていて、リグは驚く。


 レイメルはそこに乗っかると眩いばかりの光を放った。


 黒い紋様は消え、赤い髪が黒に変わり、少女は眠るように気を失う。


 レイメルはリグを見つめて微笑んだ。


「ねぇリグ、この子がリグを襲ったことは事実だよ。けど真実は必ずしもそうとは限らないよね。リグは掛け値なしに彼女を助けることを選んだ。ボクはその決断が嬉しかったんだ。今回は特別だよ……ちょっと疲れたから休むね」


 レイメルはそのまま姿を消した。


 リグは血塗れのバーサーカーに呪いが付されていたことも、操られていたこともまったく知らなかった。


 ただ単純に思っただけである。



 ――ラスボスを救おうという悪役がバーサーカーくらい救えなくてどうする、と。



 リグは彼女の瞼に手を触れ、治癒魔法をかけた。


 風の治癒は回復力が高くない。


 それでも身体強化のおかげか少女の傷は浅い。問題なく治るだろう。


 今回の件はいくつもの疑問をリグに投げかけた。


 なんの目的でリグを襲ったのか、果たしてこの先どうなるのか。


 ある程度の想像はつくし、次打つべき手も考えられる。


 けれど、たった一つの疑問だけは分からず、リグの頭をもたげた。



 ――果たしてこれもシナリオ通りなのか。



 それを教えてくれる者はいない。



 名も知らぬ少女を腕に抱え、リグは街に戻ることにした。


 眠る彼女の顔を見れば、やはりあどけなさを残した少女でしかなかった。


 帰路の途中、リグは考えれば考えるほどにフツフツと怒りが沸いてきた。



「……僕は悪役なんだろ。なら、ただじゃ済まさないさ」



 リグは決意する――黒幕をぶっ潰す、と。



――――――――――――――――――――

あとがき


次回、バーサーカーのお話です。


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