第8話 狂気の眼。

 魔法には必ず対となる魔法が存在する。


 光には闇、火には水、雷には氷、癒には壊、風には地――。


 対となる魔法は互いに干渉し反発しあい混じり合うことは決してないという。


 また、人族の肉体はあまりに脆弱だ。


 魔族ほどの堅牢さはなく、獣族ほどの敏捷さはなく、精霊ほどの再生能力はない。


『身体強化』なくして、この世界を渡り歩くことなどまず不可能であろう。


 つまり人族がその生息域を確保し維持してきた背景と『身体強化』は切っても切れない関係にあった。


 そして身体強化は〈地〉に属する魔法である。


 よって〈地〉と対にある〈風〉の加護を受けし者は身体強化を行えない。また付与もできない。


 ゆえに風の魔力をもつ者の肉体は脆弱なままであり、魔物と直接対峙することなど不可能であった。


 長年にわたり常識であった人族の定説――――風魔法は最下位の魔法。


 それに楔を打つ者がいた。


 セイバスという名の冒険者である。


 そして彼の意思を継ぎ、今まさにその楔に風穴を開けようとするが者いる。


 その者は一体何を成し遂げるのだろうか。


 


◇◇◇




『リグー! これ食べたーい!』


 宿に帰る途中のこと、メルが脳内でおねだりしてきた。


 光精なのにご飯とか食べるんだ、とリグは驚きつつ促されるままに出店の串焼きを買って宿屋に戻った。


 リグはすでに食事を済ませていたので、メルのお食事を見て癒やされることにした。


 小鳥のメルは小さなくちばしと足爪を使って串から鳥肉を器用に外すと、ハムハムとついばんだ。


「ん~、甘辛くておいしぃ~」


 これって共食いなのでは……とリグは思ったが無粋なので口にしないでおく。


 とにかく可愛くて癒やされた。


 主人公との遭遇や魔物狩りで心身ともに疲労していた。


「ねーリグ? なんで風の庇護者は除け者にされてるの?」


 メルがなんの躊躇いもなく訊いてきた。リグはどう答えたものかと少し悩んでから、


「身体強化が出来ないからかな」 

 

 とりあえず分かり易い理由をひとつだけ述べておく。実際のところ挙げればキリがない。


「じゃあリグやルカみたいに『風魔』で身体を覆えば良いのにね」


 風魔、初めて聞いた言葉だった。セイバスが生み出したその魔法はかつて風魔と言われていたらしい。


「魔力制御が難しいから。それに身体自体を強化してる訳ではないからね」


「ふーん。はむはむ、おいしー!」


 メルはちょくちょくルカという言葉を口にするも、リグがそれを訊くことはしない。


 訊けば答えてくれるかもしれないが、自分もメルの問いに答えなくてはならなくなる。


 前世や原作知識のことをメルに話して良いのかわからず、リグは棚上げすることにした。必要となった時に伝えればいいと。


 リグはいつものように広範囲索敵を展開させてから眠りについた。



◇◇◇



 明け方、リグは飛び起きた。


 索敵に反応があったのだ。


 対象者はひとり、尋常でない魔力を発しているのを感知した。


 こちらに急接近すると宿の裏手で待機したまま。気配を消す様子もまるでない。


 目的はおそらくリグだと思われるもなんとも不気味である。


 急襲しないのは街で騒ぎを起こしたくないからか、それとも……。


『リグどうする?』


「さすがに宿や近隣住民に迷惑はかけられないよ」


『うーんだよね。なら気味悪いし逃げてみる?』


「あぁ、僕もそう思ってたところ」


 逃げ足に圧倒的な自信をもつリグは着替えをすませると窓から飛びだす。


 まだ日の明けきらない朝靄の石畳を風魔をまとって全速力で駆けた。


 目を凝らさなければ、ただ風がぬけたと勘違いするほどの速さ――だが、


『――リグ!? 追いついてきてるよ!』


 レイメルが驚くのも無理はない。


 追尾者はリグの速度に肉薄していた。


 リグだって内心では驚くも頭の中は常に冷静を心がける。


 可能性として相手は速度向上を付与できる属性、風、雷といったところか。


 魔力量自体は互角、或いはわずかにリグが上回る程度か。


 だが、リグは決定的に経験が不足する。とりわけ対人はセイバス以外に経験がない。


 不安しか覚えのないこの状況で、新たなに複数の影が前方に出現した。


 その影にそこまでの脅威は感じないものの、追尾者と同時に相対することなどまず不可能だった。


 それらを避けるよう移動すると、もはや街を出るほか選択肢はない。 


『リグ! 完全に誘導されてるって!』


「……わかってるよ」


 まったくその通りだが、あまり煽るのはやめてもらいたいとリグは苦笑する。


 街の外に出たあとも、リグは速度を落とさず移動を続けた。


 追ってくるのはひとりだが、その他を完全に振り切ったと確信がもてるまでは駆けた。


 周りに何もない荒野でリグはようやく足を止めた。


 追尾者はリグと10メートル程の間合いで立ち止まる。


 灰色の褪せたコートで全身を包み、その姿はわからない。


「僕になんの用でしょうか?」


「…………」


 何も答えることなく追尾者は背から大剣を軽々と引き抜き、正眼に構えた。


 敵が確定する。


 リグはすかさず風を圧縮した風弾二発を立て続けに放った。


 敵は一歩も動くことなく大剣を素早く捌く。


 真ん中から斬られた風弾は左右へと散った。


 その風が外套をかすめると、フードがめくれ敵の顔が露わとなる。



 血に濡れたような赤い長髪、深紅の虹彩、透き通るような肌をした少女であった。だが、その顔に表情や感情と呼べるものはない。



 リグは彼女を知っていた。



 名前は知らないが『通り名』だけは原作知識で知っていた。


 

 作中において、ステータス未知数のイカれたキャラ。



 最凶にして最悪―――目に入るものすべてを死に誘う存在。



 “血れのバーサーカー”

 


 そのバーサーカーが一歩を踏み出した時、リグは思った。



 常々、死線を潜りたいとは思ってたよ――



 けど、けどさ――



 初手でこれはない。ヤバすぎる……。



 バーサーカーの眼からのぞく異質すぎる狂気にリグは戦慄する。



 そして大上段からの大剣がリグの眼前へと振り下ろされた。



――――――――――――――――――――

あとがき


まさかの最凶バーサーカー登場です。

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