第25話 何度でも紡ごう。
目を覚ますと見慣れない天井があった。
ふわふわとした意識のなか、わたしは体を起こす。身体中が痛かった。
筋肉痛なんていつぶりだろうか、そしてここはどこだろう。
ふと窓に目を向ければ、差しこんだ陽射しがまっしろな漆喰の壁を照らしていた。
まぶしくて思わず目を細める。とても広くて明るい部屋だ。
肌触りの良さそうな絨毯が一面に敷きつめられていて、高そうな飾り棚や机、立派な鏡台、よくわからない絵画、そして大きなベッドが置かれていてる。
わたしはそのベッドの上で、未だかつて感じたことのないフカフカを感じていた。まるでどこかの国のお姫様になったような気分。
ふふ、きっと夢でも見ているのだろう。
ぽやぽやとした心地のよい夢、けれどそれはある言葉を思い出すのと同時に一気に覚醒する。
――――リグ。
「そうだリグ様! リグ様は!?」
飛び起きるもそのままもつれ床に転んだ。
思うように力が入らない。狂気に身を委ねすぎて筋組織がボロボロになってしまったらしい。それでも這いずるようにして扉に向かう。
すると目の前のドアがひとりでに開いた。
そのむこう、ずっとずっと逢いたかった姿がわたしの瞳にうつった。
「リグ様ぁ、り、ぐ、さまぁ……」
わたしは、もう溢れる涙を堪えられなくて、その小さな身体をめいっぱいに抱きしめた。
「身体がまだ回復してないようですね。もう少し休みましょうか」
リグ様は私の身体に風をまとわせると小さな腕で私を持ちあげた。
お姫様みたいに大事に抱えられて私はベッドに戻される。
リグ様のとても優しい言葉や態度が、かえって申し訳なくて、今まで溜め込んできた罪を懺悔するように吐きだす。
「リグ様ぁ、ごめんなさい、本当にごめんなさい、わたし、ほんとうは魔族で、忌み子で……けどリグ様には嫌われたくなくって……リグ様が貴族って聞いたら余計に言えなくなっちゃって、ずっとずっと言わなきゃと思ってたけどこわっくて、どうしようもないくらいにこわっくて――」
リグ様は何を思うのだろうか、ずっとわたしの手を優しく握ったまま黙って聞いていた。そして一度吐き出してしまえば、延々閉じこめてきた想いが溢れだして止まらない。
ずっとずっと悪夢にうなされてたこと、一緒に冒険者をやれなくてすごく寂しかったこと、実家に連れて行ってもらえず不安だったこと、リグ様の騎士なのにいつか足手まといになるかもしれないこと、本当の自分はよわくてよわくてどうしようもないこと――
すべてを吐き出してしまえば、リグ様に嫌われてしまったのではと不安に駆られて顔を上げた。リグ様はやさしい表情のまま言う。
「僕はどんなクラリスであろうと大好きです。魔族であろうと変わりありません。迷惑ならたくさんかけてください。僕もたくさん迷惑をかけてます。今まで不安な思いにさせてごめんなさい。そして黙っていてごめんなさい」
なぜかリグ様が頭を下げて謝ると、耳のピアスを外した。
驚くことにリグ様の顔が変化した。
黒目黒髪の色素がうすくなって翠色の目と栗毛の髪に変わり、中性的で美しい顔立ちはそのままに少し凛々しくなった。
「これが僕の本当の姿なんです。クラリスが黒目黒髪がお揃いで妹みたいだと、可愛い可愛いと嬉しそうだったから言えなくて。気づいたらズルズル伸ばしてしまいました。黙っていてごめんなさい。こんな顔でも嫌いにならないでください」
わたしは思わず「そんなわけない! リグ様がどんな姿であろうと関係ない!」と叫びそうになるも、咄嗟に口をつぐんだ。
そうか、リグ様もずっと同じ気持ちだったんだ……。
わたしに嫌われたくなくて言えずにいたんだ。それなら、わたしが魔族であることなんてリグ様は本当になんとも思ってないんだ。
その事にようやく気が付くと、今まで渦巻いていた不安が嘘のようにすぅーと消えていった。
リグ様は一転して真剣な面持ちで言う。
「クラリスは僕の騎士です。何度でも言います、僕の剣であり盾です。これからも僕のことを守って下さい。宜しくお願いします」
そう言って二枚の身分証を渡された。
一枚は貴族リグレットのメイドとしての“クラリス”。
もう一枚は冒険者ブラッドの姉としての“クリス”。
暗闇を漂っていた自分という存在にようやく光が当たったような気がして、手に取った身分証を思わず胸に抱いた。
「……はい、こちらこそ宜しくお願いします」
するとリグ様が申し訳なさそうに言った。
「お父さんの姓であるスカーレットを表記できなくてごめんなさい」
「いいえ、もう充分すぎます……」
クラリスはありふれた名。けれどスカーレットは剣の名家。スカーレットを名乗ればすぐに自分の身元が割れてしまうことは分かっていた。
「僕の用事はこんなとこですかね。今はゆっくりと休みましょう」
「……はい、えと、あの、」
「たくさん迷惑をかけて下さい。僕はそんなクラリスも大好きです」
「……なら、もう少しだけ、ここにいて貰えませんか」
「よろこんで。ゆっくりと休んでください」
もうどっちが年上だか分からないくらい、わたしは甘えるようにリグ様の手を握って目を瞑った。
そして誓った。
――――心からリグ様の騎士であろうと。
◇◇◇
クラリスがすぅーすぅーと寝息をたて始めてしばらくしてから、リグは音を立てないようにそっと部屋を出た。
いつの間にか肩に乗ったレイメルが茶化すように話しかけてくる。
「リグって本当に器用で不器用なんだねー」
…………。
「クラリスってば色々抜けてるよね。魔族だなんて分かりきってたのに」
メルの言う通りだった。クラリスは見た目は完全に人なのだが、あの身体強化は明らかに人の域を超えていた。狂気で髪や目が紅く染まるのも人らしからぬ現象である。
ちなみにリグはクラリスが魔族であることをこれっぽっちも気にしていない。なにしろ推しのフィアは魔族でありラスボスなのだから。
「ボクはねリグ、キミの優しい嘘が大好きだよ」
「……気のせいさ」
リグのついた嘘――リグは本当の顔を明かすことにためらいなどなかった。あえてクラリスが大切なことを打ち明けるまで待った。
お互いさまだよね、とクラリスが思えるように。
それをわざわざ口に出すこの小鳥は不粋だとリグは思う。
なのでその小さな嘴を風の輪っかで縛ったのだが、「ん~!ん~!」と本気で息苦しそうなので解除すると、
「ぷっはぁ~~ボクを殺す気か! ここには鼻の穴もあるんだよ、もうっ!」
「あ、そうなんだ。ごめんこめん」
「まぁそれはそれとしてリグ、この子どうするの? ホントに躾けられるの?」
「くぅーん♪」
足元にはしっぽをふりふりして見上げる白銀狼の赤ちゃんがいた。
「……まだ考え中」
リグはなぜか戦慄していた。
――――――――――――――――――――
あとがき
次話、最恐のもふ爆誕します。
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