第24話 最狂たる悪役の所業。
リグは風の加護を受けた“人”であり、フロミスは風の加護を受けた“精”である。
かつてセイバスが修練で毎日リグに魔力を分け与えていたように、同じ属性の魔力は融通し合える。
リグは身体に魔力が大量に流れ込んでいくのを感じた。
すでに三割を切っていた魔力が全回復する。
フロミスに飼われた魔獣がクラリスを背に乗せて、黄金色の葉を茂らせた大樹まで運んだ。
リグの眼の前には禍禍しい巨大な化け物が蠢いていた。
大森林に残っていた魔物、三万以上を全てを取り込み、異形と化した黒い粘性の巨魁。
(なるほど、そう言うことか)
この大きさなら幻影結界をはみ出る。物理的な許容量を超えれば幻影は見せられないとリグも納得だった。
黒い塊からおびただし数の触手が一斉に飛びだす。触手には無数の目があった。取り込まれた魔物の眼であろうか。
その先端は蛇の頭をしていて、噛み千切ろうとリグや魔獣たちに襲いかかる。
リグはタクトを振るうように指を空に滑らせた。
すると風斬となって強靭な触手を難なく斬り落とす。
「……おやまぁオカシイですねぇ。こんな魔法はなかったはずですが」
黒い塊からヤツの声が発せられるも、それは単なる誤解だ。
リグは手の内を明かしてなかったわけではない。魔力消費が高すぎて効率の悪い魔法を今まで抑えてきただけ。
くわえてフロミスの加護により、一度に放出できる魔力が急上昇し威力も跳ね上がっていた。
そして今ならありったけの魔法が使える。
消費した分だけ、魔力が直ぐに補充されるのだから。
周りに目をやれば箱庭の一部が枯れていた。つまり箱庭自体がフロミスの魔力倉庫の役割を果たしているのだろう。
間を置かず、リグは次なる一手を打つ。
黒い化け物の頭上に透明な球面が顕現すると、そこから幾千もの風槍が振り注く。
それらが次々に黒い巨大の身体を貫き通ると、様々な魔物の悲鳴と共にその巨体が削られてバランスを崩しよろめく。
体勢を整えようと起き上がった巨体の正面には誰もいない。
その背後、手をかざしたリグは極小の球体を放った。
黒い巨体に触れた瞬間、球体が一気に膨れ上がる。その空間に呑み込まれた黒い塊にポッカリと空洞ができた。
粘性の身体は直ぐにその穴を埋めるが化け物の体躯はすでに七割程度にまで縮んでいた。
「………いやはや、ここまでとは。これは参りました」
数万の魔物を取り込んだとっておきの怪物が手も足も出ない割に、男の声音は随分と余裕があった。
リグはヤツの言葉の裏を読み、感覚を研ぎ澄ませた。
それはフロミスの索敵を感覚共有したもの。
箱庭の黄金大樹から張り巡らされた根が魔力回路となって大森林一帯を覆っていた。
フロミスは箱庭を守るため、常日頃から大森林に異常がないか気を配っていた。
ゆえにフロミスは一ヶ月にわたるリグの行動を知っていた。だからこそ用心深いフロミスも契約するに足る相手だと決心がついた。
その索敵により、リグは森の中にひとつの生命反応を見つける。
右手に握られた魔剣にありったけの魔力を込めて、リグはそれを撃ち放った。
魔剣は軌道上の大木すべてを打ち倒しながら一直線に向かい、その生物の腹を貫く。
「ぶほっぇ!? ……キ、キサマァアアアアア!! がはっ、ごほっ――」
声とリンクするように目の前の黒い化け物がのたうち回る。
ようやく薄っぺらな敬語を使うヤツの本性を見た。
「それが本当の貴方ですか?」
「クックク、クククッ、まぁいい、まぁいいさ! オレは生命核を35個持ってるんだ! この程度じゃ死なないんだよボケカスがッ! キサマは絶対に殺す! 次逢うときはクラリスを酷たらしく殺した上でお前を殺してやる! 覚えとけリグ!」
そう言うとヤツの言った通りに生命反応が数十にも分かれて散開した。残された粘性の黒い化け物は赤黒く発光しボコボコと膨れ上がっていく。
次と言っておきながら油断させて自爆しようだなんて、随分とチャチな終わり方だな、とリグは感心する。
「最後に質問いいですか?」
「キャハハハハハッ! 冥土の土産に答えてやる、言ってみな!」
「貴方は誰の指示で動く何という方でしょう?」
「オレ様はフェルゴール! フィア=ノア=ロスト様の忠実なる下僕さぁ!」
フェルゴール? 知らない、まったく知らない。
あぁ、つまり原作には出て来ない。
死んでもまったく問題ない奴だ。
それよりも、
そう、それよりもだ。
お前みたいな下劣な生物が、
フィアの名を語ることは許さない。
何よりクラリスを苦しめたこと、断じて許さない。
――――――消えろ。
黄金大樹の前に立ったリグが両手を天に翳した。
前後左右あらゆる方向から横風がリグに集まって上昇気流を生む。
そよ風から始まったそれは段々と風量を増す。突風となり、旋風となり、暴風すらも超えて、残虐なる烈風へと姿をかえた。
フロミスが数百年と溜め込んだ魔力すべてを、リグは破壊の限りを尽くす魔法へと変換したのだ。
それはまさに悪役たる所業。
大森林の木々が根こそぎ切り刻まれながら烈風へと飲まれていく。
「イギャアァアアアア!!??」
フェルゴールの分体も生命核もすべて漏れなく切り刻まれたうえに烈風に巻き込まれて天高く舞い上がった。
上空、すべての細切れがひとつの巨大な球体に圧縮されて閉じこめられる。
最後、大地に何とか留まっていた赤黒い粘性の巨塊が大空へと打ち上げられた。
おおよそ20,000ものA級魔物のエネルギー体。
それがフェルゴールの身体をふくんだ圧縮球体に呑み込まれたその瞬間――――
―――――――――――――――――。
途轍もない閃光と衝撃波をはなって爆散し、すべてを無に変えた。
……………………………。
衝撃波によって散った雲、その雲間からぬける太陽光に燦々と照らされた灰が粉雪のようにキラキラと舞い落ちる。
フロミスとその子ども達は切なげに空を見上げた。
黒い魔剣だけがそのまま形を残して大地へと突き刺さる。
唯一残った黄金大樹は魔力を枯らし、数百年にも及んだ生を閉じるようにゆっくりと萎れていく。
一本の枝葉に黄金の種をつけるとポトリとリグの手に落として朽ちた。
こうしてルーセント大森林は完全に消失した。
奇しくもそれはリグの手によってもたらされたのである。
フロミスはどこか吹っ切れたように、呆れたように笑っていた。
子ども達もその様子に安心して彼女にそっと寄り添った。
リグはクラリスを抱くと、力尽きて眠りにつく。
すべてを静かに見届けたレイメルはしみじみ思った。
フロミスを助けてくれて本当にありがとう、リグ――
この恩、いつか必ずや返そう――
それはそうとね、見渡すかぎりの荒涼とした大地――
だれもここまでは望んじゃない――
――――君、最高に狂ってるよ
――――――――――――――――――――
あとがき
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