第38話 氷の国。

 薄明かりの灯った地下室、獣人村クライトロンの村長バースは手紙に目をやる。


『ウチは冒険者になるにゃ。二人はウチを助けくれた恩人にゃ。だからもっともっと強くなって帰ってくるにゃ。それまで待ってて欲しいにゃ。 クライトロンの戦士ニーナより』


 村長でありニーナの父でもあるバースはわずかに口の端をあげた。この汚い字、要領の得ない内容、残念な言葉遣いは間違いなくニーナのもの。


 そして“クライトロンの戦士”という言葉があれば、脅されて書かされたものではないことを意味する。


「もうほおっておけ、アイツは村を捨てた」


「!? で、ですが長! 心を操られての可能だって――」


「異論は許さんっ!! それに考えてもみろ。手紙が届いたんなら村の居場所が完全に割れてる。だが襲撃はない。その理由を述べてみろ?」


 集められた村の精鋭たちが口ごもると、


「それよりもだ、ニーナをひとり行かせ、みすみす蛮族を取り逃がしたのはどこのどいつだ? あ? この責任は誰がもつんだよおい?」


 ヒリついた語気に周囲の者たちが一斉に目を落として無言を貫く。


「ハッ、案ずるな。もとよりこんな所に閉じこめて置けるようなタマじゃなかったのよ。アイツは絶対に強くなって帰ってくる。その時まで待とうじゃねーの」


 これはある種の運命なのだと彼は思った。そしてニーナが強くなって戻ってくるとの確信があった。


 ちょうど500年ぶりに生まれた雷属性の“異形者”あるいは先祖返り。


 操られて死ぬような、そんなやっすい人生ではないはずだ。彼女には獣人族をいずれ背負ってもらわなきゃ困る。


 バースはそう自分を納得させていた。


 内心、可愛い娘を心配し一番気落ちしていたのバースであったが、そんな様子、村をおさめる長としておくびにも出さなかった。




 ◇◇◇



「やっぱり死になさい!」


「ンにゃぁあああ!? やめろ鬼! 話違うニャ! 助けてアニキ!」


 氷の国を目指す道中、クラリスの絶え間ない連撃をすれすれで避けつづけるニーナ。クラリスは内心リグを突き飛ばしたことをまだ根にもっていた。


 リグはその動きを余すことなく観察しながら歩く。ニーナの宙返りからの予測不能な足裁き。まるで人族ではお目にかかれない身のこなしだ。


 それでも風魔を纏った自分ならばそれが可能だと思ったリグは、


「クラリス、もっといける?」


「はい、畏まりました!」


「ンにゃーーーーー!?」


 はからずも魔力総量を少しあげてげっそりとしたニーナと共に、リグたちは氷の国ブレスコールドに到着した。


「すごいなぁ……」


「はい、圧巻です……」


 リグとクラリスは眼前の景色に感嘆した。外壁がぐるりと囲んだ街はマルシアとどことなく似ていた。街マルシアは円形であったが、氷の国ブレスコールドは前方後円墳のような形をしてた。


 それだけでなく決定的に違うところがあった。外壁すべてが氷で出来ているとのだ。そそり立った20メートルほどの高さの氷壁は水晶のように透き通っていて外からでも街の様子がうかがえた。


 間違いなくただの氷ではないだろう。


「にゃ? ぼーっとしてないで早く行くにゃ」


 見慣れているニーナは猫耳をしっかりとフードで隠して二人を促し南門へと向かう。


 鬱陶しそうな顔でこちらを見る門の守衛だったが、クラリスの身分証を見るや否や途端に手のひらを返す。それどころか急に萎縮してしまう。


「こ、これはこれは……ささ、お通り下さい」


 ニーナは自前の偽造証を見せる必要もなく街へと通された。


「……アニキ達一体何したにゃ?」


「僕は知らないよ。クラリスは?」


「え? 私も特には。強いて挙げるならリグ様を毒牙にかけようとした不届き者の腕を粉微塵にしたとか、血祭りにあげたとか、その足を――」


「もういいにゃ……」


 コートの中の猫しっぽをダラリ垂らしたニーナは、この女やっべぇ、本物のキチはコイツにゃと心底思った。


 街に入れば、温暖な気候で陽気な人の多いマルシアに比べ、人はまばらで閑散としていた。どこかよそよそしい雰囲気もあり視線も冷ややかに感じる。


 それは寒冷地特有のものなのか、ここに住まう人々の気質か。


 リグ達は宿を確保するなり、冒険者ギルドへと足を運ぶ。


 ギルドに着けば、白いあご鬚を蓄えた老齢のギルド長ケルトをはじめとする職員たちが総出となって入り口で出迎えた。そして深々とお辞儀する。


「遠路はるばるこんなところまでありがとうございます。お寒かったでしょう、ではどうぞ中へ」


 リグ達がここに来ることは事前に知らせてある。そもそもここは自治国であり他国。クランに無所属のよそ者がおいそれと入れる訳もなかった。ゆえにリグはコーネルに便宜を図ってもらっていた。


 コーネルのパーティーもまた、かつてここを活動拠点にしていたことがあり、その時の功績にはギルド長も恩義を感じているらしい。だからこその手厚い歓迎である。


 応接間に招かれるも、リグは堅苦しい挨拶や自己紹介などそっちのけ。クラリスに丸投げしてクエスト一覧の紙を食い入るように見つめる。


 ギルド長は目を細め笑った。


「聞いた通りのお方で。とっておきの裏クエストがございますよ」


「本当ですか!? SS級以上ありますか!?」



 …………。



 椅子から身を乗りだし意味不明なことを言うリグにその場にいた職員たち全員が凍りついた。そうそうSS級のクエストなどある訳がない。いやむしろあっては困る、縁起でもないと。


 ケルトは顎髭を擦りながら笑った。


「流石にSS級とはいきませんがS級ならいくつかございます。それでいかがかな?」


 途端、目に光を失って黙り込むリグ。明らかな落ち込みように周囲の職員たちがざわざわし始めた。クラリスが慌てて間に入るとクエストの受注に関する話を進める。


 受注を終えてギルドを出るとすかさずクラリスから「まったくもう、リグ様ってば毎回!」と小言を言った。


 それでも「ごめんねクラリス」とリグが一声かければクラリスの機嫌はたちまち戻った。


 リグたちは早速、カネル火山へと向かう。



 ◇◇◇



 氷の国ブレスコールドから西に10kmほど進めば、前方には大陸を東西に分断するロスト山脈がそびえ連なっている。悠に5000m級の山々が並び、とりわけカネル火山は活火山であった。


 受注したクエストはカネル火山の現地調査。


 最近、火口から噴煙をあげる頻度があがり噴火の可能性があるらしい。


 リグ達は付近に棲息する魔物の調査と異常行動のみられる魔物の討伐を依頼された。


 カネル活火山の南には魔鉱石が採れるアラル鉱山があるため、道中の安全を確保するのが主な目的である。



 カネル火山の麓、初見のA+級魔物を目にしたリグの口がニヤッと笑った。



 そしてもはや愛剣とも言うべき黒い魔剣を抜いて、ひとり駆けだす。



――――――――――――――――――――

あとがき


次話、展開が加速していきます。


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