第35話 迷宮の口。
「ウチの名はニーナ、おまいらのニャは?」
「僕はブラッド、こっちがクリスです」
「んにゃんにゃ、なら早速――」
「待ちなさいニーナ。我々は了承などしていません」
リグの手をブンブン振って勝手に話を進めようとするニーナをクラリスが制止する。ニーナはなんとも不思議そうに首を傾げた。
「にゃ? 王国からブレスコールドにくる冒険者は大概イカれてるにゃ。幾ら魔物が強くたって金にならないし寒いし、なのに来るなんてもう末期にゃ。その年でその境地に至ったならそれはもう完全なキチにゃ」
…………。
『キチ』がどういう意味かは分からなかったがニュアンスはなんとなく分かる。けれどリグは何も言い返せなかった。
目的は別にあるとはいえ更に強くなれるとの思いもあった。そして確かに金にはならない。
ブレスコールドは貧しい国で、クエストの難度と報酬が全然見合わないのである。ゆえに余所から冒険者がくることなど滅多にない。
「とりあえず話を聞こうクリス。ニーナは何を頼みたいんですか?」
「アレにゃ!」
ニーナが指さした方向には何もなかった。真っ白な雪原が広がるだけである。索敵にも反応はない。
するとニーナが雪玉を作って、指さした方向に思い切り投げつけた。
すると雪玉が途中で、フッと消失し周囲が水面のように波打った。
「どうにゃ? あれヤバすぎるにゃ。放っておいたらウチの村まるごと呑まれてしまうにゃ」
リグとクラリスは険しい表情で互いの顔を見る。
魔空間、魔界の断片、悪魔の口、呼称は様々あれどゲームでは迷宮と呼ばれるものであった。
迷宮の入り口は突如として自然発生する。
発生原因は不明であり、放っておくとその入り口が段々と広がって、いつかは周囲一帯に魔物を撒き散らす魔物災害が起きる。
解決するには迷宮に入って魔核を破壊する必要があるも、迷宮にはたくさんの魔物がいて、そのうちの一体に魔核を宿している。
迷宮は入ったが最後、魔核を壊すまでは出られない仕組みとなっていた。
だが、正直リグは迷宮について腑に落ちていない。
レベルもステータスもないこの現実世界において、迷宮はいかにもゲーム的であり半信半疑な存在として捉えていたからだ。
それが目の前にある。しかも入り口が視認できないタイプの迷宮は決まってSランク以上の高難度と聞く。
「という訳でサクッと行ってサクッと解決してきて欲しいにゃ」
ニーナという猫耳少女のなんとも軽いノリ。リグは眉をひそめて首を横に振った。
「急には無理ですよ。相応の準備と情報を集めてからでないと」
するとニーナの猫耳が垂れ下がる。その目には涙が溢れていた。
「……にゃ。もう10人が行って二日も帰らないのにゃ。一刻も早く助け出さないと」
どうやら先ほどまでは大したことのない迷宮を装ってリグたちを巻き込む魂胆だったらしいが、今度は感情に訴えかけてきた。
「中にはウチの兄貴もいるのにゃ! でもニーナ来るなって! おまいは村を守れって……お願いしますにゃ、助けてくれにゃブラッド、クリス」
そう言うとニーナはひざまずいて頭を下げた。
クラリスの目にも光るものが……。家族を想う気持ちは痛いほどよく分かった。
困ったリグは仕方なく了解する。
「分かりました。正直僕たちも迷宮には興味があったので」
「ホントにゃ!? なら、お願いしますにゃ!」
リグたちは迷宮の入り口手前まで進む。迷宮に入る前に何か情報はないかニーナに訊こうと振り返ったその時――
ドン、と思い切り押されてリグの身体が迷宮の入り口に呑み込まれていった。
クラリスはニーナを殺さんばかりに睨みつけながらもリグを追って、すぐさま中に飛び込んだ。
ニーナは歓喜の雄叫びを上げた。
「ニャーハッハ! 騙されやてにゃんのー! 王国の奴等なんてみんな死ねいいのにゃ! バイバイにゃー――にゃっ!?」
なぜかニーナは足を取られてすっころんだ。その足首には風の鎖が繋がれている。
「……へ?」
「いや、最初から気づいてましたよー」
迷宮の入り口から聞こえてくるリグの声にニーナはギョッとする。その鎖を外そうと手を伸ばすよりも先に物凄い勢いで足が引っ張られた。
「んにゃぁああああ!? 死にたくないニャアアアアア!?」
そのままニーナの身体も迷宮の入り口へ吸い込まれていった。
≒≒≒
「すみませんにゃ。何でもしますから、その剣おさめて欲しいにゃ」
観念したように綺麗な土下座を決めたニーナは謝り倒す。
今にもその首切り落とさんばかりに怒り狂うクラリスとフェリルをリグがなだめた。
「もう許してあげよクリス。フェリルも落ち着いて。ニーナの気持ちも分かるんだ。獣人族がなぜこの地で暮らさなければならないのかを考えればさ」
言われクラリスは溜飲を下げた。自分も魔族であり、また迫害を受けた身である。
するとニーナは苦々しげに立ち上がって土埃を払いながら言う。
「同情なんていらないにゃ。弱いヤツは死ぬし土地を追われるし奴隷にもされる、ただそれだけの世界にゃ」
その短い言葉に獣人族の歴史が詰まっていた。
「で? ウチはどうしたらいいのにゃ? 前を歩かして餌にでもする気にゃ?」
自棄っぱちになったニーナにリグは真面目な顔して言った。
「そんなことしません。それよりも後で体術を教えてくれませんか?」
「……にゃ?」
理解不能な言葉にニーナはただただ固まった。
そして迷宮に進んだ先、ニーナはリグたちの異常さに震え上がることとなる。
――――――――――――――――――――
あとがき
次話より本格的に第二章とバトル展開が始まります!
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