第34話 雪面。
「あらあら、フロスティアってばどうしたの。とっても嬉しそうな顔をしちゃって、うふふ」
淡青色の髪と目をした女性グレイシャがしとやかな口調でからかうと、フロスティアは緩んでいた口元を慌てて引きしめる。
「……ち、ちがうの」
するとフロスティアのお腹がぐぅーと鳴って、新雪のような顔にわずかな赤みがさした。
「あらま、せっかくのお料理さんまた食べなかったの。あんなに楽しみにしてたのに。見栄なんて張っても――」
「そ、そんなことないから!」
これ以上の追求されたくないのか、フロスティアはグレイシャのドレスをクイクイと引っぱって先を急ごうとする。
「早く行こママ」
「あーはい、じゃあ帰りましょうね」
二人は護衛とともに馬車に乗り込むと北へと向かった。
グレイシャ――彼女はブレスコールド自治国を治める女王である。
ブレスコールドは元々レイスランド帝国の一部であったが、帝国が解体されたと同時に独立した。
ブレスコールド領は小さな北国で寒冷地帯にあり、一年を通して寒く、痩せた土地か永久凍土としかない。
まともな農作物が育たたず目立った基幹産業もない。狩猟で食糧を得て、危険と隣り合わせの鉱山資源で財源を賄う貧しい国である。
***
リグとクラリスは防寒着を着込むとブレスコールド自治国を目指した。
大狼ほどの大きさのフェンリルの背に乗って二人は北へと突き進む。
ぐんぐんと気温が下がり、荒涼とした大地は遮るものが何もないため、北風が容赦なく吹き付けてきた。
クラリスは白い息を吐きながらニマニマ顔して言う。
「そんなにあの子のことが気になるんですねー、リグ様ってばー」
「いや、そういう訳じゃないんだけど。魔物が強いし――」
「ふふ、素直じゃないリグ様も素敵です。あ、それにしてもすごく寒い!」
クラリスはそう言って後ろからギュッとリグを抱きしめた。この時ばかりは抱きつき放題なので、クラリスは思う存分リグを堪能した。
寒冷地に行けば行くほど魔物の身体は大きく強くなると聞く。ブレスコールド領の西には5000メートル級の山々が南北に連なっており、魔物の主な生息域となっていた。
フェンリルは寒さをものともせず向かい風を進んでいると急に風がおさまった。
開けた視界にはどこまでも真っ白な雪原が広がっていた。
初めて見る景色にフェンリルは大興奮、巨体化を解いて雪の絨毯に頭から突っ込んだ。そしてすぐにリグを見上げ鳴いた。
「くぅん♪」
リグはやれやれと言って雪をすくって握ると、雪玉にして空に投げた。
フェリルは飛び上がると雪玉を空中キャッチ、口にくわえたそれをリグに向かって器用に返して着地する。リグはそれを更に遠くへと投げた。
クラリスは一面の雪景色とそれを背景としたリグに見惚れていた。
背負ったバックから大事そうに高級魔導具を取り出す。パシャりと音がすると視界に映った世界が一枚の紙に閉じこめられた。
(またリグ様の新しい笑顔が手に入った。半年分のお給料とクエスト報酬をこれに費やしてまったけれど、本当に買ってよか――――ぶべっ!?)
クラリスの顔面に雪玉が直撃した。あともう少しズレていたら高級魔導具が壊れるところだった。
――犯人はフェリル。なんでも器用にこなすあの子が目測を誤るはずもない。
そう思うとクラリスはフルフルと怒りに震え始める。調子に乗ってやってしまったフェリルはワナワナと震えてリグの後ろに隠れた。小鳥のメルはリグの肩で爆笑した。
クラリスは雪面に両手を突っ込んでギュッと雪を握った。そして大きく振りかぶった。
手に握られたそれはもう雪玉ではない。氷塊という名の凶器だ。
迷いなく振り抜かれた腕――――凶器は砲弾のごとく空を裂いてリグとフェリルに襲いかかる。
リグは一ミリも動くことなくジッとした。氷弾はリグの股下を通過するとフェリルの毛をシュッとかすめて地を這うように消えていった。
――フェリル! 今日こそは許しませんからね!
そう、叱ろうとしたその時であった。
「にぎゃぁーーーー!?」
はるか遠くから悲鳴が上がった。
リグとメルが顔を見合わせ青ざめる。
これは間違いなく人の声。やってしまった。とうとうクラリスがやってしまったと。
***
救護に向かうとやはり少女が倒れていた。右肩をおさえ門絶している。
だが、人とは言っても人族ではなく獣人の少女であった。
10才のリグと同じほどの背丈の少女がうめいている。
雪原に溶け込むような白い毛皮を全身にまとっていたが、そのフードからは茶色の三角耳が覗いていた。
けもミミをヒクつかせた丸顔の少女は苦悶の表情でぐちった。
「うぅ~痛いニャ~。あり得ないニャ。なんて威力、どこのどいつニャ、絶対に許せないニャ……」
リグは慌てて謝罪し、その肩を癒そうとしたその時であった。
伸ばした腕が絡め取られてリグの視界が反転した。そのまま関節を決められ雪面に突っ伏す。
リグはただただ驚いた。油断していたとはいえ自分より速い身のこなしと無駄のない動きに感嘆する。
一方で起き上がった猫耳少女の首筋にはクラリスの大剣があてられている。
「……やっぱり只者じゃないニャおまいら。避けてなかったらウチの脳みそマジで爆ぜてたニャ。ここは我らが土地、なにが目的ニャ?」
「それよりも先ずはその手を離しなさい。殺しますよ?」
「おまいが剣を退くのが先ニャ。下手な真似したらこの爪で首を裂くニャ」
一触即発の状況に、リグは努めて穏やかな口調で言う。
「やめてクリス。そもそも悪いのは僕たちだし」
「――ふニャ!? フシャーーッ!!」
未だかつて感じたことのない魔力密度を感知した猫耳少女は本能で飛びのいた。
リグは何事もなかったように立ち上がる。
外れた肩の関節を顔色ひとつ変えることなく元に戻す人族の子を見て、猫耳少女はさらに戦慄する。
「……や、ヤバいニャ。コイツ頭イカれてるニャ」
「初対面の相手にそれ言いますか。まぁ、それよりも申しわけありませんでした。雪を見るのが初めてでして。ついはしゃいでいたら投げた雪玉がそっちに向かってしまったようで。無事で本当に良かったです」
「嘘つくニャ! 狙撃に決まってるニャ!」と猫耳少女が反論しようとしたら、クラリスが恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「……え? それまじニャ?」
「はい、本当です。狙撃でも偵察でもなくただの雪合戦なんです。僕たちはブレスコールドで冒険でもしようかと――」
すると猫耳少女が素早い身のこなしで詰め寄り、リグの右手を両手に握って言った。
「お願いしますにゃ! そのお力を見込んで、どうか助けて欲しいにゃ!」
まん丸の目を潤まし懇願する猫耳少女を見て、手のひら返しが酷いなと苦笑するリグ。
とりあえず話を聞くことにした。
――――――――――――――――――――
あとがき
リグよりも素早い動きをする猫耳少女、彼女はいったい……
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