第33話 硝子の皇女。

「とってもお似合いですリグ様! あ、でもでも先ほどのも捨てがたいし、リグ様の素晴らしさ最大限に引き立たせるためには……うーん、これなんかも――」


 クラリスが爛々と目を輝かせてリグに新たな服を着せた。


 もう十着目である。リグは遠い目をして思考を手放していた。


 その服の大半はクラリスが自腹を切って用意したもの。リグは自分を着せ替え人形か何かと勘違いしてるのではないかと思った。


 ようやく服が決まって人形から解放されたリグは控え室の椅子に腰かける。


「うぅ~、早く冒険がしたいぃ~」


 身も心もすでに冒険に染まっていたリグは禁断症状で貧乏ゆすりを始めるも、


「リグ様、行儀の悪いことをしてはいけませんよ?」


「はいっ!」


 クラリスはすっかりメイドが板についていた。フリフリのメイド服を完璧に着こなしていた。そして怒ると怖い。目が怖い。


 床では暴虐の化身であるフェンリルことフェリルが大人しく待機している。この二年で少し身体が大きくなったもののちょっと大きめの仔犬程度である。


 霊獣は魔力を介して肉体を収縮、膨張させることが出来るため普段フェリルはリグに一番可愛がってもらえる最小の姿で過ごしている。


 リグが屈んでその頭を撫でてやれば「くぅーん♪」と鳴いてしっぽを横に振った。なんて愛くるしい子だろうとリグはいつも癒やされていた。


 時間ギリギリまで渋っていると今度はセイバスに怒られて、ようやく重い腰をあげて会場入りする。 


 ここは王都レイスラート、旧帝国派と呼ばれる貴族たちが半年に一度、会するパーティーである。


 贅を尽くしたシャンデリアが煌々と照らす会場では、まっ白なテーブルに彩り豊かな料理がならび、グラスを手に持った貴族たちが品よく歓談している。


 リグは会場の隅の椅子にポツンとひとり座って料理の皿と睨めっこした。口に運んだ白身魚のムニエルに眉をひそめる。


 冒険者たちの荒っぽくもにぎやかな会話と定食屋の濃い味に慣れきっていたリグにとって、そのすべてが薄味に感じられた。


 そして話し相手のいないこの疎外感、あらためてフロウレス家の力のなさを実感する。


 リグはただただ時が過ぎるのをじっと待っていると、そこに同い年の少女が真っ直ぐ向かってきた。


 リグはトイレに行くふりして席を立つも駆けよってきて袖をグイとつかまれた。


「……まって」


 内気そうな少女がささやくように言った。


「痛いです、フロスティア様」


「……ごめんなさい」


 彼女はフロスティア=ブレスコールド――ひと言で表すなら硝子の少女であろうか。


 淡青色の髪は腰まで伸び、透き通った同色の目はガラス玉のようで、その肌は血が通っているのか疑問に思うほど白かった。


 触れれば簡単に壊れてしまいそうな繊細で整った容姿は、人を惹きつけると同時に近寄りがたさを纏っている。


 いつもぼっちだったリグは毎回、貴族パーティーで同じくぼっちだった彼女に話しかけていた。


 別に異性として好きだったからではない。リグは単純にフロスティアが同じ境遇に感じられて興味を持っただけである。


 話せば暇つぶしになったし意気投合とは言わないまでも、お互い気まずい雰囲気もなくごく自然に話せた。そんな他愛もない間柄であった。


 フロスティアはうつむきがちにリグの袖を掴んだまま小さな声で言った。


「……なんで話しかけてくれないの?」


 リグは言葉に詰まった。


 はっきり言って彼女にどう接していいか分からなかった。


 彼女はとても美しい。10才にして可愛いさよりも美しさが際だっていた。


 そんな彼女はブレスコールド自治国の皇女であり、氷魔法の天才との噂を最近耳にした。



 にも関わらず――――



 彼女はゲームに登場しない。



 学園編はレイスラート王立魔法学園を舞台としている。


 周辺自治国の皇子皇女は王国の学園で学ぶのが習わしとなっていた。


 氷魔法の才能をもった美しい皇女、そんな彼女が学園編に登場していないなんてどう考えてもあり得ない。間違いなくヒロインになれる存在だ。


 リグはルーセント大森林と町マルシアの一件も含めこの二年で思い知っていた。



 ――シナリオの強制力の恐ろしさを。



 そして最近、こうも思い始めていた。


 自分は疫病神ではないのか。自分のせいでああなったのではないか。これ以上関わると彼女にも良くないことが起こってしまうのではないかと。


 だからリグは余計にパーティーに参加したくなかった。


「……嫌いになったの?」


「いえ、全然違います」


「……ならいい」


「じゃあ手、離して下さい」


「……だめ」


「わがまま言わないで下さい」


「なら行かないで、あと敬語もイヤ」


 彼女はそっと手を放すとそのまま隣の席に座った。言われたとおりリグも座ったが声をかけることもなく時計の針が進んでいく。


 それでも居心地は悪くなかった。居場所のなかった二人が身を寄せあうだけで充分に孤独を埋められた。


 年を重ねるにつれ身体は大きくなっていったがその関係に変わりはなかった。


 ふと声がした。


「……よかった」


 それは簡単に聞き逃してしまえるくらいに小さなフロスティアの声だった。リグは思わず聞きかえす。


「え?」


「なんでもない」


 フロスティアはちょっと拗ねたような、それでいて安心したような口ぶりだった。リグは意味が分からなかったが負けじと言った。


「なら、僕もよかった」


 するとフロスティアは小さくクスッと笑った。


 リグは彼女の笑顔を見て、弱気になっていた自分を恥じるとともに前向きに考えることにした。


 どんなに努力しようともシナリオ通りに物ごとが進んでいることは間違いない。


 それでもシナリオの枠内に収まっていれば自身の望む結果には変えられる。


 ならばそれもひとつのシナリオ改変と捉えよう。


 リグは昔みたいに気兼ねなくフロスティアに話しかける。


「このお魚、僕はもうちょっと濃い方が好みかな」


「……そ」


「本当はお肉もっと食べたいんだけど、やっぱり行儀悪いかな?」


「……ん」


「あれ、フロスティア様は食べないの?」


「……いい」


 けれど今度はフロスティアが全然まともに答えない。


 さっきのお返しとばかりに素っ気ない態度をとってリグを困らせる。そんなフロスティアはどこか得意げでもあった。

 

 それからしばらく互いに言葉はなかったが二人は終始穏やかな表情をしていた。


 最後に「次はちゃんと声かけてね」と言って彼女は会場をあとにした。



 ………………。



 だが、原作知識をもつリグはこの後の未来を知っている。


 次がないことを知っている。


 それでもフロスティアについては何も語られていない。


 つまり彼女の未来は変えられる。


 だからこそリグは腹を括ることにした。


 これから起こる出来事に目を背けるのはもうやめよう。


 次の目的地は決まった。



 ――――氷の国、ブレスコールドだ。



――――――――――――――――――――

あとがき


次話、クラリスがやらかすそうです。


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