第39話 元、アルカナ

 2223年2月14日、木曜日。

 息を吸えば、いつもと変わらぬ空気の味がする。しかし毎年の如く、この日は、今にも胃もたれしそうな程の甘さが混ざる。

 チョコレートを譲渡あげる側か、受取もらう側か。或いはその両方か、そのどちらでもないか。街を歩けば、人々の一喜一憂が垣間見える。

 ただ今年の今日は、例年に比べて、少しばかり熱気が偏っていた。


「さてさて、そろそろライブも終わりだけど~? 今日はビッグサプライズ! 私達の手作りチョコを! この中の1人にプレゼントしちゃいまーす!」


 今日は、シオンがボーカルを務めるヴィジュアル系バンドtarotsタロットのライブが開催された。ゲリラライブではなく、新人類計画云々よりも前から公表されていたライブである。

 ただ、今日のtarotsタロットのライブには、ゲストがいる。ライブ会場に居るファンの中には、件のゲストが見たいが為にやって来た者もいる。

 そのゲストとは、同じ事務所のシンガー、クローネ・ミナトである。

 ヴィジュアル系バンドと、シンガーのコラボライブ。少々異色かと思われたものの、チケットは即完売。挙句は特設サイトが長時間のサーバー落ちしてしまう事態にまで至った。

 ライブは佳境。最後の曲を歌い終え、告知無しのサプライズが行われた。


「実はさっき、舞台袖でシオンのチョコ見たんですよね、私」

「ww……見せた見せた」

「あのー……正直私が食べたいくらいの出来栄えでした」


 シオンとクローネの会話に、会場の来客達は大いに沸いた。

 この会場へ訪れた者達には、番号付きの整理券が配布されている。最初は何の番号かと皆が首を傾げたが、今になって、自らの整理券番号の意味を知り、一斉に番号の確認が始まった。


「では! これから抽選を行います! 勿論ランダムなので、選ばれなくとも怒らないで下さい! それでは! チョコレートゲットの抽選……スタート!」


 シオンの合図で、会場上部のモニターに数字が表示され、高速で数字が切り替わり始めた。

 言わば、それはルーレット。シオンがスタート合図、クローネがストップ合図を出すことで、4桁の番号が決定。そしてその番号を与えられた来客に、2人の手作りチョコレートを手渡しする手筈である。


「…………ストップ!!」


 クローネの合図で、モニターの数字が停止。1372を表示し、途端に客席がどよめいた。

 違う。違う。外れた。ぐぁ。おふ。違う。んぐ。ひでぶ。……。ふぁ。ひぃ。

 各々が自らの整理券を確認し、刹那、会場内にどんよりとした空気が漂い始めた。


「番号は1372番! 1372番の方は、配布されたサイリウムを青色に変えてください! それ以外の方は、サイリウムを消灯してください!」


 会場の来客達は、大人しくシオンの指示に従い、色鮮やかだったサイリウム達は次々と消えていった。

 そしてその中で1つ。青い光を輝かせる男が居た。

 青い光を確認した警備員達が急ぎ足で駆け寄り、男の整理券を確認。照合が完了し、警備員達の誘導により"選ばれた男"が来客の群れを突き進んだ。

 選ばれた無かった者達は、たった1人の選ばれた男を荒んだ目で見つめ、羨望と嫉妬を込めた視線を突き刺す。

 しかし選ばれた男は、その視線に優越感さえ抱き、内心では「今日は酒が美味いぞ」と考えていた。

 警備員に連れられ、さながらモーセの十戒が如く、道を空ける群れの中を悠然と歩く。その行先はシオンとクローネの待つステージ上。男は、ステージに立つシオンとクローネを見つめ、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。


「1372番さん、おめでとうございます!」


 選ばれた男は、ジェインであった。ジェインはシオンの招待によりライブへ訪れていた、完全プライベート状態である。

 ジェインがステージに上がると、それを待ちわびていたシオンが駆け寄り、少し遅れてクローネが歩み寄った。

 この時、シオンとクローネのマイクは意図的に切られ、ジェインとの会話が殆ど聞こえない状況になった。


「番号、絶対ランダムじゃなかっただろ」

「あ、バレた?」


 今回のサプライズ抽選は、出来レースであった。初めから、招待されていたジェインの番号を報告し、その番号を「あたかもランダムで表示したかのように」モニターを操作した。


「整理券配ってたのがメリスって時点で普通じゃない。番号の操作は……ライラか?」

「さすがジェイン。全部お見通しね」


 ステージ上で2人がヒソヒソと話していると、若干ニヤけた様子のクローネが会話に乱入してきた。


「私達のチョコは市販品じゃないんですよ。もっと喜んでくれてもいいのでは?」

「クローネの言う通り。ほらほら、来たよ」


 舞台袖から、ピエロが登場した。そのピエロの正体は、ライブの会場受付で整理券を配っていたメリスである。

 一輪車を操縦するメリスの両手には、白い包装がされた箱と、黒い包装がされた箱の、計2つの箱が乗せられている。

 メリスは一輪車でステージ中央まで向かい、白い箱をクローネに、黒い箱をシオンに手渡した。


「やあラッキーガイ! 美女2人のお手製チョコだよぉ? もっと喜びたまえ!」


 メリスは一輪車を巧みに乗りこなし、さながら煽っているかのようにジェインの周りをクルクルと移動する。さらには、どこから出したのか、3つのカラーボールを用いてジャグリングを始めた。


「おやおやぁ? もしかしてもしかしてぇ、ラッキーガイの正体はぁ……素直に喜べない奥手なシャイボーイなのかなぁ?? プップー! この恥ずかしがり屋めぇ!」


 煽りレベル99。ピエロとして活動するメリスは、同業者からそう呼ばれている。


「前よりウザさが増してやがる……早くハケやがれ」

「おお、怖い怖い! それではアデュー!」


 一輪車とは思えぬ高速ペダリングで、メリスはステージ上から袖へ逃げた。その後ろ姿をギロリと鋭い目で見つめながらも、ジェインのその表情はどこか嬉しげだった。


「ほらほら、受け取って。アルカナにあげる義理チョコじゃない、限りなく本命に近いチョコだよ」

「今度、感想聞かせて下さいね」


 ステージ上で、2人からチョコレートを受け取ったジェイン。その様子をスタッフルームから眺めていたライラは、静かに微笑んでいた。


(あの頃よりも楽しそうにしちゃって……)


 ジェイン、シオン、ライラ、メリス。

 4人がアルカナを抜けてから、1年。

 4人は、各々が最大限楽しめる人生を歩んでいた。

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